第139話 テナント

「テナント!?」


 俺の言葉に皆がそう問いかけてきた。まあ、こっちの世界でテナントなんて言葉は無いだろうからな。


 テナントと言うのは、例えば俺がでっかいビルを持ってるとして、その中の1室、あるいは階全体を誰かに有料で貸し出すことを指すんだ。


 スーパーやデパートの中に、ハンバーガーショップやカフェなどがある場所があるだろ?あれもスーパーの経営者がショップにスーパーの中の一部を有料で貸し出している場合も多いんだ。それもテナントと言える。なので俺はそのまま皆に説明することに。


「テナントと言うのは、自分が所有する建物の一部を有料で貸し出す事です」


「所有物をですか?という事は、この屋敷を貸し出しましょうと言う事ですか?」


 さすがエレオノーレさん。でもちょっと惜しい。俺が思っているのは屋敷を貸し出すことじゃない。あくまで俺が考えているのはテナントなんだ。


「えっと、一度部屋に戻りましょうか?食事もしたいですし」


「そうね、少し落ち着いた所でゆっくりその話しを聞きたいわ」


 俺の言葉にティルデが賛同の声を上げる。その声は少し興奮しているように聞こえた。


◇◇◇◇◇◇


「で、何なの?そのテナントってのは?」


 食事を終えるなり、ユリアーナが俺にそう聞いてきた。こいつはお茶もまだ飲んでないというのに、ちょっとは落ち着いて話させろっつーの。


「さっきも話しましたが、今回は屋敷の一部を貸し出そうと思います」


「屋敷の一部・・・ですか?」


 アリーナが眉をしかめて問いかける。まあ、何のことやらさっぱりだよな。


「はい。建物そのものを貸し出すとなると、相当資金がかかりますし、何より借りてくれる人も限られてしまうでしょう」


 こんなでっかい建物を丸ごと借りれる奴が都合よくいるとはとても思えないしな。


「じゃあどこを貸すのよ?」


 ユリアーナの言葉に俺は今いる部屋指でを指す。


「この部屋自体をですよ」


「部屋?」


「そうです。えっと、あの、この国の通貨は何と言うんでしたっけ?」


 俺はシステムを説明しようとして、この国の通貨の名前を知らないことを思い出した。なのでティルデに尋ねた。


「リオンよ。1リオンが1リバーと考えてもらっていいわよ」


「ありがとうございます」


 さすがティルデ、俺が通貨の価値もわかってないと察してくれたんだろう。きっちりとそこまで説明してくれた。くそー、もっとスマートに説明に入りたかったぜ。


「えー、例えばこの部屋をユリアーナさんにお貸しするとします」


「え?私が借りるの?」


「例えばですよ例えば。で、一時的に部屋のオーナーとなったユリアーナさんがこの部屋を1泊1000リオンで誰かに泊まらせるとします」


「えー!この部屋1000リオンは安すぎるよ!せめて5000は取りたい!」


「あーもう!だから例えばって言ってるじゃないですか!」


 例えの相手をエレオノーレさんかアリサにしときゃ良かった。話が全然進まねえ。


「えーそれでですね、1000で貸したとして、そこから僕は手数料を取るわけです。20%とかね」


「あー、つまり1月いくらで貸すとかじゃなくて、お客さんが入るたびに手数料として賃料をもらうってことかしら?」


「そういうことです」


 さすが商会の娘アリサ、話が早い。


「でもそれでしたら、1月毎に契約したほうが面倒も少なくて良いのでは?毎回客が入る度に手数料を徴収していたのでは、双方事務手続きなんかが大変なんじゃなくて?」


「それも考えたのですが、どれくらい客が来るかわからない状態で、1月分の家賃を払うことにリスクを感じる人も多いのでは?と考えたんです」


「なるほど。家賃払ったのに客が全然来ない・・・そんなリスクを考えたら、テナント契約にも二の足を踏んでしまう可能性はありますわね」


「そうなんです。でも歩合制、つまり客が入る毎に手数料を払うシステムなら、借り手のリスクもかなり軽減できるはずなんです」


 大体、この屋敷が悪評名高いオルオル様の屋敷ってことはみんな知っている。そこにいきなり金払って借りろって言ったところで誰も借りないだろう。


「で、どうですか?詳細はもっと詰める必要があると思いますが、大体の概要はこんな感じです」


 そう言って俺はみんなの反応を待った。


「い、いやあ、私よくわかんないけど、それでいいんじゃない?」


 ユリアーナが「えへへ」と苦笑いしながら一番手にそう言ってきた。


「ええ・・・」


「実は私もよくわからないのですが、コレナガさんが良いというのなら・・・」


 あんたもかーいエレオノーレさん。


「あ、あの私すごくいいと思います!」


「あ、ありがとうございますソフィ」


 ソフィは自分の両の拳を胸の前に持ってきて、俺を励まそうとしていた。いやもう別にいいんだけどね・・・。


「詳細を詰めるという事には賛成ですけど、おおまかな所は良い線行ってると思いますわよ」


「ホントですか!?ありがとうございます!」


 いやあ、アリサに言われるとなんか自信湧いてくるわー。


「ちょっとお、私の時と反応が違うんですけどー」


「ソンナコトナイデスヨー」


「完全に棒読みじゃん!」


 ユリアーナの言葉に俺が棒で返すとユリアーナが怒ってきた。それを見て笑ったり呆れたりする皆。今朝の状態からはちょっと考えられない雰囲気だ。


「ねえシン、本当になんとかなるのかしら?」


俺がユリアーナから追いかけられていると、ティルデがそう俺に尋ねてくる。


「そうですね。断言はできません。しかしこれで、最低限の資金でなんとか出来る道筋は出来たと思います。後は僕らがどれだけ頑張れるかでしょう」


 俺がそう言うと、ティルデも深く頷いた。


「そうね、なんとかするしかないんだものね。私もできる限りの事はやるわ!」


「ええ、お願いします。それと明日以降、女王陛下に面会することは可能でしょうか?」


「大丈夫よ。そうね、陛下にこちらに来て頂きましょう」


「いいんですか?僕らのほうからお伺いしますけど?」


「陛下に今回の計画を説明するのでしょう?だったらこの場所で実際どのように展開するのか、見ていただいたほうが良いのではなくって?」


 ティルデに代わってアリサがそう言ってきた。


 確かにティルデとアリサの言う通りだ。陛下相手だからって遠慮している場合じゃないな。もうなりふり構っている場合ではないしな。


「それからアリサとブリジッタ」


「なんですの?」


「な、なんでしょうか!」


「二人には頼みがあります」


「頼み?」


 俺の言葉にアリサとブリジッタは顔を見合わせる。


「はい。バリー商会とサランドラ商会に、この温泉宿のPRをしてもらいたいんです」


 両商会とも、それぞれ国内に取引先は山ほどある。だったらそれを利用して、この温泉宿の宣伝をしない手はない。


「別に私は構いませんけど、商会としてはもっと現実的なメリットが欲しいところですわね」


「メリットですか?」


「商会として動くわけですから、それ相応の大義名分が必要ですわ」


 なるほど・・・。そりゃそうだな。いくらアリサが知り合いとは言え、だからと言って無条件で商会を動かすのは難しいだろう。でも、大義名分ならちょうどいいのがあるんだよな。


「では、バルサナ王国の女王陛下との太いパイプが出来るって辺りで如何いかがですか?」


 アリサは「ふむ」と頷きながら、「それで結構ですわ」と言った。


「それじゃあ宣伝のほうは・・・いや待ってください。サランドラはそれでは動かないかも」


「どういうことですの?」


「そうですよ!王女様とのコネクションが出来るのは商会にとっても良い話だと思いますよ!」


 アリサだけじゃなくブリジッタまでもが怪訝な表情をしている。


 実はさ、サランドラ商会のアルターラ支部のフィオリーナさんは、バルサナの女王陛下の現状を知っているようなそぶりだった。だとすると、落ち目の女王陛下とのコネクションでは動かない可能性が高い。


 俺はそのことをティルデの手前、「落ち目の」なんて言葉は使わずに、「苦境のさなかにある女王陛下」等と、オブラートに包みながら二人に説明した。


「なら問題ありませんわ」


「え?どういうことです?」


「バリー商会は動くようです、って言えばサランドラも動きますわよ」


「ああ、なるほど!それは良いかもしれませんね」


 バリー商会が動くとなれば、女王とのコネを作ることに何らかの利点があるという風に取ってくれるかもしれないというわけだ。そう上手くいくかはわからないが、フィオリーナさんなら何かを察してくれる可能性は高い。


「ブリジッタさん、もしフィオリーナさんが難色を示すようなら、今のようにお伝え願いますか?サランドラ所属のあなたにお願いするのも変な話ですが、私としては両商会に利益となるよう、全力を尽くすつもりです」


「あ、はい!わかりました」


 さて、後は女王陛下への説明と、計画の細部の打合せだな。

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