第97話 ソフィーの兄

 フィオリーナさんに紹介してもらったマイホームで、俺達、つまり俺とユリアーナにエレオノーレさん、そして新たに仲間に加わったメイドの「ソフィー」は一緒に暮らすことになった。


 俺がフィオリーナさんに捕まっている間に、みんなで買い物などは済ませて来たらしい。今はソフィーが早速メイドとしての本領を発揮して、料理を作っている所だ。


 あーもちろん、奴隷料理なんか食わせないよ。俺達と一緒に飯を食べるように彼女には言っておいた。この世界では奴隷は奴隷料理を食べると言う、人権を無視した凄い決まりごとがあるからな。


 ソフィーも一緒の食卓に着くことを聞いた、この世界の住人であるユリアーナとエレオノーレさんは不思議な顔をしていたが、「アンネローゼもそうしていましたから」と言うと、特に何も言ってこなかった。


なんか、さっきまでソフィーと仲良く話してたから「なんで?」って顔されるとは思わなかった。それはそれ、これはこれって事なんだろうか。こういう所がイマイチまだ馴染めないんだよな。


「じゃあ、いただきます」


 今日の晩飯は羊の肉料理らしい。ソフィーが以前働いていた貴族の家で学んだ料理なんだって。


 一瞬どんな家だったのかを聞きそうになったが、奴隷市場のおっさんが言ってた「前の貴族様の所で夜伽を嫌がった」という言葉を思い出し、それ以上聞くのをやめた。間違いなく彼女にとって良い思い出では無いだろう。


 それにしてもだ。


「ちらっ、ちらちらっ」


 さっきから、ソフィーが俺の方を何度もチラ見している。


 ソフィー本人は俺をチラ見している事が、俺はおろか、エレオノーレさんやユリアーナさんにまでバレているとは、夢にも思ってないだろう。


 しかしさっきからエレオノーレさんはニコニコでその様子を伺っており、ユリアーナに至っては「ニヤニヤ」しながらその様子を見ている。


 ソフィーが俺に対してそのような態度を取る原因は、恐らく昼間に彼女が言っていた「俺が彼女の兄に似ている」という事だろう。


 最初は、人が良さそうなこの3人に自分を「買って」もらう為の作戦か何かかと勘ぐったが、その後もずっとこんな感じだったので、恐らく本当に似ているのだと思う。


 そうは言っても、俺は彼女の兄では無いんだけどな。


「そういえば、お兄さんとはなんで生き別れになっちゃったの?」


「ふぇ・・・?」


 飯を食いながらそんな事を考えていると、ユリアーナがソフィーに話しかけていた。俺、「ふぇ?」なんて返事する三次元の女子が存在するなんて思ってもみなかったよ。


 つーか、なんというデリケートな話題を持ち出すんだユリアーナ!


「ユリアーナさん、それはちょっと・・・」


「いや、興味があるという事では無くて、昼間生き別れたって言ってたから、情報収集の傍ら、お兄さん探しも出来るんじゃないかと思ったの」


「ああ・・・なるほど」


 俺がさすがにこの話題はと思い、ユリアーナさんを止めに入ったらそんな事を言われた。なるほど、ユリアーナも彼女の話をちゃんと聞いていたらしい。


 確かに今回は情報収集がメインなので、ソフィーの兄探しも同時に行えると言えば行えるだろう。


 しかし、だ。彼女は「生き別れた」と言った。死別とかではなくな。


 という事はだよ?なんらかの外的圧力により引き裂かれたって事を容易に想像できるわけで・・・。これって聞いて良い話なのかなあ。


「兄は・・・いまだに良くわからないんですよね」


「良くわからない?」


 俺がソフィーに聞いても良いかどうか迷っていると、そんな答えが返って来た。


「はい。実家はハイランドの田舎にあったんですが・・・」


「え?ソフィーさんハイランド出身なの?」


 ソフィーの返答に、少しだけエレオノーレさんの表情がこわばる。まあ、ハイランドと言う言葉は、俺達にとってはあまり良い響きでは無いからな。


「ハイランドの本当に田舎なんです。そこで家族4人で暮らしていたんですが・・・」


 そこまで言ってから、彼女の言葉は止まってしまう。


「ああ、ソフィーさん、話し難いなら無理に話さなくても・・・」


「いえ大丈夫です!私も兄を見付けたいですし!」


 そう言って再びこちらを向いて話し始める。ちょっと目に涙貯まってるじゃん・・・。


「ある日の夜、突然王国軍兵士が大勢押し掛けて来たんです」


「王国軍の兵士?」


「はい。兄を寄越せと・・・」


「お兄さんをですか?お兄さんは何かこう特別な技術か何かを持たれるような方だったのですか?」


 突然押し掛けて兄を寄越せって、余程優秀な人材か何かで、王国に召し抱えられるくらいしか想像できないぞ。


「いえ、全くそんな事は・・・。けどあいつらは、それに抵抗する父と母を斬り捨てて・・・」


「ごめん」


 ソフィーの言葉は最後まで語られることは無かった。途中でユリアーナが遮ってしまったからだ。ソフィーを抱きしめる形で。


「ごめん、ちょっと無神経だった。ごめんね」


 ソフィーは大粒の涙を目から流していた。たぶん本人も気付いていなかったんだろう。ユリアーナに抱きしめられて、自分が泣いている事に気付いたらしい。


 それからはせきを切ったように大声で泣き始めた。奴隷になってからはそういう事も出来なかったのかもしれない。15歳だもんなあ。色んなものを消化できないままずっと抱え込んでいたんだろう。彼女はしばらくの間ずっと泣き続けていた。


 どれほど経っただろうか?ソフィーも少し落ち着いてきたようだ。


「すみません、ご迷惑おかけしました」


 彼女は目をはらしながらそう俺達に謝ってくる。別に謝らなくてもいいのに。


「大丈夫だから、ね?あ、そうだ!今日はお姉ちゃんと一緒に寝よう!」


 そう思ってたら、ユリアーナが彼女にそう提案していた。


「あら、いいじゃない。今日はたくさんお話し聞いてもらったらいいですよ」


 エレオノーレさんもそれに続く。


「え?でも私奴隷だし・・・」


「大丈夫!もう一緒の家に住んで家族みたいなもんだし!ね、シンちゃん!」


「そうですね、ユリアーナは音楽家なので、音楽の話しとかもいっぱい聞けるかもしれませんよ」


「音楽の先生なんですか!?」


「そうだよ~。色んな楽器演奏できるんだから」


「凄いです!」


「じゃあ、早速ベッドでお話ししようか?」


「あ、でも、まだ片付けが済んでません」


「大丈夫!全部シンちゃんがやるから!」


 思わず「おい!」と突っ込みそうになったが、まあしゃあない。


「はいはい、僕が片付けはやっときますからたくさんお話ししてください」


「あ、私も手伝いますよ」


 俺の言葉にエレオノーレさんも続く。


「あ、ありがとうございます、ありがとうございます!」


「はいはい、いくよ~」


 ソフィーは何度もこちらに向かってお辞儀をしながらユリアーナに連れ去られていった。


 なんだよユリアーナの奴、さっきはソフィーの事奴隷としか見てなかったくせに。40過ぎたおっさんを泣かすんじゃねーよ。


「それにしても気になりますね」


 俺がちょっとだけ感傷に浸っていると、エレオノーレさんがそう話しかけて来た。


「何がです?」


「ソフィーさんのお兄さんがハイランド軍に連れていかれた理由です」


「ああ、そういえば・・・」


 ソフィーによれば、彼女の兄は特殊な能力などを持ち合わせていたわけではないそうだ。にも拘わらず、ハイランド軍に連れ去られた。しかも抵抗する両親を殺してまでもだ。


 いくら軍とは言え、一般人の男女を殺しておいてただで済むとは思えない。という事は、そこまでしても、ソフィーの兄を手に入れる必要があったという事か・・・。


 両親が抵抗するって事は、相当無理やりに連れて行こうとしたって事だろ?そこまでして軍が彼女の兄を連れて行こうとした理由ってなんだ?


「あの、もしかしてなんですが・・・」


「はい」


「彼女のお兄さんは、転生者だったのでは?」


「!?」


 俺はエレオノーレさんの意見に「はっ」となった。


 確かにハイランド軍が出張って来たのなら、そこにはフォンシュタイン家の思惑が絡んでいると思って良いだろう。そしてフォンシュタイン家が動くという事は、幻想神の野郎が背後にいる可能性が高い。


 しかしソフィーによれば、彼女の兄には目立った能力や特徴は無かったようだ。もし転生者なら、この世界とは違う傾向が見られたのでは?


 いや、これはあまりあてにならないな。なぜなら転生者である俺にもそういう能力は無いからだ。


「これは、思ったより面倒な話になりそうですね」


 エレオノーレさんの言葉に俺も黙ってうなずいた。


 だってさ、彼女の兄が適格者になっていたとしたら、俺達と敵対関係になってしまうだろう。そして非適格者となっていたら、今はもうこの世にいない可能性が高い。


 それにしても、15歳という事は、俺や澤田やユーディーと同時期に転生したって事か。一体どんな人物だったんだろう?

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