第91話 グリーンヒルとの別れ

「スタッフ?」


「はい。僕ら3人が抜けた後、従業員の補充はどう考えているのかをお聞きしたいと思いまして」


「これからアスタリータを離れようって奴が、そこまで考えるのか」


 おっさん苦笑いだ。


「いえ、もちろん余計なお世話だとは思っていますが、気になるものは仕方ありません」


 ここまで一緒に頑張って来たんだ。

 今後の事も気になるのは当たり前じゃないか。


「別に余計な世話とか思ってねーよ。まあ、一応考えてはいるし、補充人員のあてもある」


「そうなんですか?」


「おう。実はロザリアの友人がここで働きたいと言ってくれているらしくてな。それで近日中に会ってみるかって話をお前にもしようかと思っていたんだ」


「なるほど。ロザリアさんのお友達なら安心出来そうですね」


「はい!とても良い子なんですよ!」


 俺の言葉に、その場で一緒に俺達の会話に参加していた嬉しそうにロザリアが反応してきた。

 この調子なら、スタッフの補充についても俺が心配する事も無いのかもしれないな。

 そもそもおっさんは、店舗運営に関しては俺よりも経験があるし。


 そんな事より、俺達もそろそろ旅の準備をしないといけないなあ。

 ティルデとアリーナを探す準備をな。


 一応さ、仕事の合間を縫って情報収集はしていたんだ。

 けど、二人らしい人物を見たとかいう情報は入って来なかった。

 あの二人の事だから、他国とはいえ、極力目立たないよう行動している可能性もある。

 もしくは、フォレスタ王国には来ていない可能性だ。


 フォレスタに来ていないとなると、今現在の行動は全て意味が無い物となってしまう。

 いや、フォレスタにはあの二人は居なかったことが明らかになるという意味はあるか。


「コレナガさんどうされました?」


 気が付くと、エレオノーレさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「いえ、ちょっと考え事してただけです。すみません」


「シンちゃんの考え事は、9割がネガティブだからねえ・・・」


 ぐぬぬぬ。反論したいが反論できない・・・。


*****************


 2日後。


 ロザリアが、例の友達を連れてくると言うので、アスタリータ家で軽く面談をするらしい。

 まあ、ロザリアが良い子って言うくらいだから、本当に良い子なんだろうとは思う。

 そこらへんは信頼があるので、おっさんも軽く話を聞くだけみたいだ。

 もしユリアーナがそう言ってきたら、俺は半信半疑で接しただろう。


「ごめんください」


 俺とユリアーナ、そしてエレオノーレさんとで、到着した商品の補充などを行っていると、店の入り口に若い女の子が立っていた。

 たぶん、ロザリアが言っていた友達が来たんだろう。


「あーこっちこっち」


 その証拠に、狩りを休んで店内の作業を行っていたロザリアが、来訪者の所へと走って行った。


「コレナガさん紹介しますね!私の友人の「クリスタ」です!」


「初めまして「クリスタ・ベルニーニです。よろしくおねがいしま・・・・あのどうかされましたか?」


「・・・・・・・・・・・・・」


「あの、コレナガさん?」


「・・・・・・・はっ!すみません、ちょっと次元の彼方に思考旅行をしていました」


「は?」


 やばい!ロザリアとクリスタが変な目で俺を見ている!


「いえごめんなさい。シン・コレナガと言います。こっちがユリアーナ・フォン・ゲーテ、そしてこちらがエレオノーレ・ブライトナー、二人とも私の友人です」


 慌てて自己紹介をしたよ。

 そして、俺から紹介されたユリアーナやエレオノーレさんも、それぞれ挨拶を交わしていった。


「おう、来たか!まあこっちへこいや」


 挨拶をしていると、アスタリータ家から顔だけを覗かせて、おっさんがクリスタさんを手招きしていた。


「はい!失礼します!」


 そういてクリスタさんとロザリアは、アスタリータ家の中に入っていった。


「・・・・・・あの」


 一瞬の静寂の後、そう切り出したのはエレオノーレさんだ。


「言いたい事はわかるよエレオノーレ。私も心臓飛び出るかと思ったもん」


 それに続いたのはユリアーナ。


「やばかった・・・。思わず「あの時の!」とか言いそうになった・・・」


 最後に俺がそう締めくくった。

 そして3人で、クリスタさんが消えていったアスタリータ家の入り口を見つめている。


 まさか、以前ロザリアと路チューしていたあの女の子が、ここで働くことになるだなんて想像もできないだろ?

 びっくりしたぜ!あの子の顔を見た時、一瞬思考停止しちゃったもん!

 

 しかしロザリアも度胸あるよなあ。

 俺だったらとてもじゃないが、同じ職場で働こうとか思えないぜ。


 しかし・・・クリスタさんだっけか?

 俺達がアスタリータを離れるタイミングで本当に良かった。

 彼女と長期間、何食わぬ顔で一緒に働ける自身が俺には全くないからな。


 でも、ロザリアが信頼しているのなら、勤務態度に関しては問題は無いだろう。

 むしろ、彼女とロザリアの関係がバレた時のリーノとおっさんの反応の方が心配だよ・・・。

 まあそれこそ、俺が首を突っ込む問題じゃあないけどね。


******************


 クリスタが面接みたいなものを受けに来てから2週間が経過した。

 あの後すぐにクリスタはアスタリータで働きだした。

 最初は、かなりぎこちなく彼女と接していた俺だったが、ロザリアの言う通り、彼女はとても人当たりの良い女の子だった。

 なので、それほど時間もかからずに彼女とは打ち解けることが出来た気がする。

 アスタリータのお客さんからの評判もよろしいらしい。


 あ、リーノの奴は、俺達がもうすぐここを離れるという話を表面上は神妙な顔で聞いていたが、はっきりいって嬉しさが完全に顔に出ていたのを俺は見逃していない。

 あの野郎、鼻の穴が思い切り開いてやがった。


 しかし残念だったなリーノ。

 ロザリアの心にはクリスタちゃんしかいないのだよ。

 そして今の俺は完全にクリスタちゃんの味方だ!


 まあ冗談はさておき、引継ぎの方もほぼ終えることが出来た。

 実を言うと、クリスティーナさんの紹介で、あれから3台もプレートが売れたんだぜ。

 もう彼女には頭が上がらないよな。

 フィリッポさんは会社での序列もかなり上がったらしい。

 畳むはずだった商会の支部は継続、サランドラは方針を転換し、個人のお店にも注力していくんだと。

 新しいビジネスモデルを提案したとかで、フィリッポさんの支部は表彰もされたらしい。


 あと、カンパーナストアは相変わらず盛況だ。そしてやはり人員不足な気がする。

 それでもやっていけるんだからうらやましい話だ。


「シンちゃんシンちゃん、準備できた?ぼーっとしてると置いて行くよ!」


 俺が最近のアスタリータでの出来事を思い浮かべていると、ユリアーナから準備を急かされてしまった。

 実は今日、これから次の街である「アルターラ」へ向けて出発するつもりなんだ。

 街道沿いには宿泊施設も十分にあるらしいので、情報収集も兼ねて道なりに進むことにしている。


 アルターラは、フォレスタの中では3番目に大きな都市らしい。

 とは言っても、上位二つの都市に比べたら雲泥の差があるのだとか。

 まあでも、でかい街である事には変わりないので、情報収集にはもってこいだろう。


「おう、忘れ物はないか?」


 外へ出ると、おっさんを始め、アスタリータ家の面々とクリスタちゃん、それにフィリッポさんとマリアンナちゃんが見送りの為に待っていてくれた。


「はい、ウルバノさん、本当にお世話になりました」


「馬鹿言え、世話になったのは俺達の方だろうが。改めて礼を言わせてくれ」


 ウルバノのおっさんはそういって俺に頭を下げる。


「そんな!頭を上げてください!僕だって、普段経験できないような事色々勉強できたんです」


 日本でも接客はしていた俺だけど、こんなに真剣にやったことは無かった気がする。

 ここでの経験は本当に貴重だったよ。


「本当に行っちゃうんですね・・・」


 半分泣きながらロザリアが話しかけて来た。

 思えばこの子と森で遭遇していなければ、こんな経験は出来なかっただろう。

 あの時はやばい奴と知り合いになったと、かなり俺はビビってたんだけどね。


「コレナガさん、何か困ったことがありましたら、アルターラのサランドラ商会をお尋ねください。コレナガさんの事はあちらの支部にも伝えておきますので」


「ホントですか?ありがとうございます」


 フィリッポさんがありがたい申し出をしてくれた。

 知らない街でも頼れるところがあるのは心強いな。


「もちろんです、サランドラの業績をを押し上げ、改革の風を吹かせてくれた英雄に嘘はつきませんよ」


「ちょ!フィリッポさん、それ大げさだから!」


「大げさではありませんよ。事実サランドラでは顧客の皆さんと、これまで以上に蜜に連絡を取り合い戦略を練ると言う方針も打ち出されました。これはアスタリータ商店の成功によるものなんです」


 すげえ真面目な顔で返されちまった・・・。


「ひゅーひゅー、シンちゃんカッコイイね!」


「うるさいので黙っててください」


「なんでよー!誉めてんのにー!」


「冷やかしてるだけじゃないですか!


 あんなにやけた顔で誉める奴がどこにいるんだよ!

 100%俺をおちょくる気だったろうが、このローフィルの姉ちゃんは!


「まあ、それくらいにしとけ」


 俺とユリアーナがギャーギャー騒いでいると、おっさんが「そこまでだ」と言わんばかりに割って入って来た。

 気が付くと、全員「また始まったよ~」みたいな顔で俺とユリアーナを見ている。

 っく、またやってしまった・・・。


「お前さん達は、俺達にとって家族も同然だ。何かあったら、出来ることがあるかはわからんが、頼ってきてくれ」


「おっさ・・・ウルバノさん・・・」


 やばい、ちょっと泣きそうになった!

 あと思わず「おっさん」とか言いかけた。不意打ちはやめてくれよ!


 そんな会話をしていると、ちょうど乗合馬車がやってきた。

 グリーンヒルまでは歩きできたんだけど、さすがにアルターラは徒歩じゃきついという事で、乗合馬車で行く事にしたんだ。


「さて、じゃあ行きますか?」


 俺はエレオノーレさんとユリアーナにそう話しかけた。

 長かったグリーンヒルでの旅は終了。これからアルターラへ向けて出発だ。

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