第90話 挨拶
フォレスタ王国のグリーンヒルにも秋の風が吹いていた。
ちょっと前まではかなり暑かった記憶があるんだけどなあ。
そんな事を北アメリアの中央地区から帰る途中の橋の上で、河原を見ながらぼんやりと考えていた。
今日はサランドラからスタンドプレートが届いたので、それをエミリアちゃん家に届けに行ってたんだ。
そして例のおばさん3人衆も、エミリアちゃん家に集まって一緒に受け取ることになってたんだ。
そこでちょっとだけ話をしてきたんだけど、エミリアちゃんのお母さんのお父さん、つまり現領主さんだが、これがかなり厳しい人らしく、「結婚したからにはそこがお前の家族だ」つって、不必要に頼ってくることを許してくれないらしい。
つまり、彼女の現在の環境は、彼女とその旦那さんとで作り上げて来たものなんだと。
これを例のおばさん3人衆に力説されてしまった。
あの人ら、てっきりエミリアちゃん家の権力みたいなものにべったりなのかと思ったけど、クリスティーナさんの人柄に付いてきているっぽい。
あと、サランドラ商会と正式な契約も締結することが出来た。
笑っちゃうんだけど、どうもアスタリータ商店は「最重要取引先」に指定されたらしいよ。
まあ、領主と(実際には娘だが)交友関係があるとわかれば、そういう展開にはなるかもな。
アスタリータを担当しているフィリッポさんの会社での立ち位置も、かなり良い方に変わって来るんじゃないか?
まあそういうわけで、かなり順調に物事が進んでいるとは思う。
後は俺達がいなくなった後のアスタリータ商店の人材について考える必要があるな。
だって、家族3人では今現在の焦点を運営するのはちょっと無理がある。
リーノの奴がどうするかは知らないが、少なくともあと二人は欲しい所だ。
「シンちゃんシンちゃん!」
「え?」
「アスタリータに着いたよ!」
ユリアーナに言われて外を見ると、商店の前に馬車が止まっていた。
あ、そうそう。今日は貴重品を運搬するので、サランドラが馬車を用意してくれたんだ。
あと、人も何人かつけてくれた。
「もう!何ぼーっとしてるのよ?」
「すみません、考え事をしていました」
「え?また何か上手くいかなかった時の対策?」
「なんでそうなるんです!?」
上手くいかなかった時の対策ってどういう意味だ?
「いやだって、シンちゃんが考え込んでる時って、大体ネガティブな事が多いよね」
「違いますっ!今後のお店の従業員の事について考えていたんですぅ!」
「何それ?」
「今日の夜にでもお話ししますよ」
ユリアーナは「ええっ!今話しても良いじゃんー」とか文句を言っていたが、商店の事なので、アスタリータ家の面々が揃っている夜の方が良いに決まってるからね。
俺はブーブー文句を言っているユリアーナを引っ張って、店の中へと入っていった。
「あらあら、お帰りなさい皆さん」
そう言って俺達を出迎えてくれたのはロザリアのお母さんのソフィアさんだ。
「おう、今帰ったぜ」
「お疲れさまでした。ささ、早くあがって頂戴。お茶を淹れますからね」
ソニアさんはそう言うと、先に家の中へと入っていった。
すぐにでも結果を聞きたいだろうに、とりあえず俺達の労をねぎらってくれる所が凄いよな。
なんかこのおっさんとソニアさんに育てられたロザリアが、あんな風に良い子に育った理由もよくわかるぜ。
「ウルバノさん」
「おう、なんだ」
「今日の夜、皆が揃った時にちょっとお話したいことがあります」
「・・・そうか。わかった」
ウルバノのおっさんはそれだけ言うと、家の中へと入っていった。
まあ、そろそろ別れの時が近づいてるのはおっさんもわかってるんだろう。
このまえちょっとだけだが、そんな話もしたからな。
そして俺も、おっさんの後に続いて家の中へと入っていった。
**************
その日の夜、俺は晩御飯を食べてティータイムに入ったころ合いを見て、今後の事について話をした。
そろそろ、自分達の当初の目的である人探しを再開したいと言う事をだ。
ユリアーナは完全にその事を忘れていたらしく、「あ、そういえばそうだった・・・」とか口走っていたのを俺は見逃さなかった。
「ええ!せっかく色々上手くいって、みんな仲良くなれた所なのに・・・」
「すみません」
ロザリアの言葉に凄く申し訳ない気持ちになってしまった。
俺も若干ではあるが、中途半端に投げ出してしまっているんじゃないか的な気持ちもあるんだよねえ。
「よさないかロザリア。そもそもこれは、俺たち家族が解決しなきゃいけない問題だったんだ。それをよくもここまで・・・。お前達には感謝の念しか浮かばない」
そういってウルバノのおっさんは頭を下げる。
「そうよロザリア。こんなにしてもらって、これ以上望むことなんて無いでしょ?」
ソニアさんもウルバノのおっさんに続く。
「もう!違うの!」
だけどロザリアは、その言葉に頬を膨らませて怒る仕草を見せていた。
「何が違うの?」
「せっかく仲良くなれたのに、どこかに行ってしまうのが寂しいの!」
ソニアさんの言葉に、ロザリアは泣きながらそう返事をしていた。
「ロザちゃん・・・」
見ると、ユリアーナもロザリアの涙に釣られたのか、少し目を赤くしている。
そしてそんなユリアーナをエレオノーレさんが慰めていた。
でもさ、ロザリアの言葉を聞いて、俺は寂しいとかって感情は全くわかなかったんだよね。
それどころか逆に嬉しかったんだよ。
俺達と過ごした日々を、そういう風に寂しいと感じてくれるまでに受け入れてくれてたんだな~って。
考えてみれば、これまでロクな別れ方を俺はしてこなかった。
現代日本からは事故死という形でお別れした。
ハイランドからは、軍から追われて逃走した。
リバーウォールでは、奴隷として連れていかれた。
ロックストーンでの別れは偽物だった。
リバーランドからは、ハイランドのスパイ容疑から逃げるようにリップシュタートへやってきた。
「コレナガさん大丈夫ですか?」
俺は気が付くと、エレオノーレさんから背中をさすられていた。
「え?あれ、エレオノーレさん?いや俺はなんとも・・・」
「何言ってるのよ・・・。そんなに目からいっぱいの涙流しといて!」
ロザリアが鼻声で俺にそう言ってきたので、自分の頬を触ると、涙ですげえ濡れてたよ。
ああそうだよ!だってすげえ居心地良かったんだ!
色々問題もあったけど、結局俺だってここを離れるのは寂しいんだよ・・・。
「ホント、ありがとなお前ら」
ウルバノのおっさんがそんな事をいうもんだから、ユリアーナが号泣、それにロザリアもつられて号泣、そして涙を我慢していたエレオノーレさんとソニアさんも泣き始め・・・。
え?俺?号泣に決まってるだろ・・・。
「アスタリータ家の皆さんには本当にお世話になりました」
「馬鹿言え、世話になったのは俺達の方だろう。ありがとな」
そんな事言われたら、またユリアーナがごうきゅうしちゃうでしょうがああ!
そしてしばらくの間、アスタリータ家のリビングには皆の泣く声だけが響いていた。
「あのう・・・」
「え?」
そんな時だった。
皆の泣き声が少し収まってきたかな~って時、リビングの端の方から声が聞こえて来た。
「お取込み中申し訳ないんですが、私、そろそろ寝てもいいですか?」
あ・・・。
そこには、リビングの端っこの方で、所在無さげにしているマリアンナちゃんが居た。
すっかりマリアンナちゃんのことを忘れてたわあ・・・。
「あ、はい、もちろん。今日はお疲れさまでした」
「すみません・・・」
そう気まずそうに苦笑いをしながら部屋を出ていくマリアンナちゃん。
つーかあの子、この空気感の中ずっとこのリビングに居たのか。
それはそれですげえな。
その後しばらく、アスタリータ家のリビングが微妙な空気になったのは言うまでもないだろう。
さっきまでの感動を返せ。
「あー、それでですね、お話と言うのはそれだけじゃなくてですね・・・」
マリアンナちゃんの発言で、アスタリータ家がちょっと落ち着いてきた頃、俺はもう一つの話を切り出した。
「今後のアスタリータ商店のスタッフについてです」
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