第66話 アスタリータ商店の娘

「あの・・・大丈夫ですか?」


 その場にがっくりと崩れ落ちた彼女に、おれは慎重に声を掛けてみた。


「せっかく・・・」


「ん?」


「せっかく川まで追い詰めたと思ったのに、横取りされるなんてあんまりですー!」


 そう言って、なんと彼女はわんわんと泣き出してしまった!

 ちょ、ちょっと待って!なんでこれ泣いてるわけ?

 俺は困り果てて、ユリアーナに助けを求めようと振り向いた。

 しかし助けを求めた相手を間違えたことにすぐに気付いたよ・・・。


「あーあ、シンちゃん女の子を泣かしちゃった~いけないんだー」


「ええ!別に俺が泣かしたわけじゃないでしょう!」


「あー!男が言い訳とかするのー?ずるいんだー」


「ちょっと待ってくださいよ!なんかすごく悪い事したみたいじゃないですか!」


「はいそこまでー」


 俺がユリアーナから盛大にからかわれていると、エレオノーレさんがユリアーナの後ろ頭を軽くはたいてから、さっきの彼女のとこへと歩いていった。

 もちろん俺も小走りでそれについて行く。

 最初からエレオノーレさんに聞けばよかったぜ。


「あの、ごめんなさい。私たちもしかして、あなたの獲物を横取りしてしまったのではないですか?」


 エレオノーレさんの言葉で俺はようやく彼女が泣いている理由に気が付いた。

 あのイノシシは彼女が追いかけていて、そして川にイノシシが逃げてきたところを、俺達が仕留めてしまった感じか?

 いや、それにしてもそれだけで泣くような事か?


「いえ!狩りは早い者勝ちです!人生の敗者となった私に、勝者となったあなた方への恨みの言葉を発する資格はありません」


「いやいやいやいや!ちょっと待って人生って何!?別に僕ら、狩りをしてたわけじゃないから!突然出てきたあの動物に驚いて倒してしまっただけだから!ね!?」


 たかがイノシシ一匹で人生の敗者だとか、何言ってるのこの子!?


「そ、そうだよー!このイノシシは、元々あなたが追い詰めてた所を、最後だけ私達が取っちゃったようなもんだし、実質あなたの獲物だよ!」


 ユリアーナも慌てて俺のフォローに入っていた。

 さっきまで俺をからかってた余裕はすでになく、何かこう、ただならぬものをこの子に感じ取ったに違いない。

 久々にデンジャラスな人に会った気がするぜ・・・。


「ええ!?こんな立派な猪を狩っておきながら、私にゆずってくれるのですか!?」


 俺達は「うんうんうん」と一生懸命首を縦に振りましたとも。


「ああ!神様!今日この日に、こんな素晴らしい方々とお会いできた幸運を感謝いたします!」


 この単なる偶然の出会いに神様まで引っ張り出してきましたよこの人。

 あー、早くこの場を立ち去ってしまいたい。


「ところで・・・」


 俺が早く話が終わらないかな~とか考えてる時だった。


「皆様はこんな所で何をなさっていたのでしょうか?」


 ごく当たり前に湧き出るであろう質問を、彼女は俺達に投げかけてきた。

 そりゃそうですよね。


「ああ、それはですね・・・」


 俺は、グリーンヒルに行く途中、近道をしようとして道に迷ってしまった事を話した。


「まあ!グリーンヒルに!」


 俺がその話をすると、彼女はパーッと顔を輝かせてそう言った。

 いやあ、なんかすごく悪い予感がするんですけど・・・。


「実は、私の実家がグリーンヒルで商売を営んでいまして。よろしければ、グリーンヒルまでご案内させてもらえませんか?」


 え?まじで?道に迷って困ってたから、めちゃくちゃ助かる!助かるけど、この人と街まで一緒って事にもなるな・・・。


「あら、じゃあちょうど良いじゃありませんか。ご厚意に甘えましょうよ」


 俺とユリアーナが悩んでいるそばで、エレオノーレさんが前向きな意見を言い出した。


「今からなら日没までに街に到着できますよ。さ、行きましょう!」


 そう言って、グリーンヒルからやってきたという彼女は、さっさと前を歩きだす。

 どうやら彼女とグリーンヒルに向かう事は決定してしまったようだ・・・。


「あ!」


 そんな事を考えていたら、突然彼女が声を出したので、一瞬俺の考えが読まれたのかと心臓バクバクしちゃったぜ・・・。


「えっと、何かありましたか?」


「いえ、そういえば、自己紹介もしていなかったなあと思いまして・・・」


 そう照れながら言ってきた。

 あー、そういえば名前も聞いてなかったし名乗ってもいなかったな。


「申し遅れました。私、ロザリア・アスタリータと申します。以後、よろしくお願い申し上げます」


********************


 ロザリアさんの案内で、俺達はそれほど時間もかからずグリーンヒルに着くことが出来た。

 グリーンヒルは名前の通り、なだらかな丘陵地帯となっていて、丘の最先端の先には広大な砂漠が広がっているそうだ。

 ただ、本当になだらかな丘なので、丘の開始地点なんかただの平地にしか思えず、多くの店や通行人で賑わっている。


 特に、メインの通りに建てられた大型の建物は多くの人で賑わっていた。


「わー、凄い人だねー!なんかのお店なのかな?」


 ユリアーナが、おでこに手を当てながら遠くをみるゼスチャーをしている。

 確かに、あの一角だけ異常なくらい人が多い気がする。


「あそこは、スーパーストア「カンパーナ」のグリーンヒル店です」


 背後に「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」という文字でも見えるんじゃないかと言うくらいのオーラを出しながら、ロザリアさんが答えた。

 な、何かまずい事でも聞いたのか俺達は・・・。


「それはともかく!さ、はりきって我が家にご案内しますね!」


「え!?いやいや、ここまでご案内してくださっただけで十分ですよ!」


 やっとロザリアさんから解放されると思ったのに、家までご招待なんて絶対嫌だ!


 いやさ?このロザリアさん、最初の印象のような危ない人では決してなく、むしろすげえ良い人だった。

 そりゃもう、話を聞いているこっちがうんざりするくらい良い人だったよ。


 俺やユリアーナが「あーだこうだ」と文句の言い合いを始めるたびに、「それはいけません。その言葉は人を傷つけてしまいます」とか言うんだぜ?


 極めつけは、ユリアーナが「澤チン絶対むっつりだよねーwww」とか言い出した時だったなあ。


「本人がいない場所でいうのはただの悪口です。そういう事を一つ一つなくしていく事で、世界が平和になっていくんです。まずは自分の身の回りからですよ?」


 とか言って、延々とユリアーナに説教をしていた。

 おかげで、グリーンヒルに着くまでの間、喋る前に言って大丈夫かどうかを考えてたので、脳みそフル回転させてしまったよ。


 で、娘がこんな真面目な人に育ったって事は、絶対親の教育の賜物だろう。

 そんなのぜーったい無理だぞ?俺だってそんな真面目人間じゃないし、ユリアーナなんて尚更だろう。

 あの人ロザリアさん家に行ったら、しばらくの間、再起不能にされるんじゃね?


「ここが我が家「アスタリータ商店です」」


 うわあ、考え事をしてるうちにロザリアさん家についてしまった・・・。

 もうお断りするのは不可能に近いだろうなあ・・・。仕方ない、腹をくくろう!

 そう思いつつユリアーナを見ると・・・。

 うわ、なんかこう、この世の絶望みたいな顔をしている。

 さっきのお説教が余程聞いてるんだろう。彼女のあんな顔は見たことがねーよ・・・。


「って、アスタリータ商店・・・?」


「はい。食料品や生活必需品などを一通り取り揃えております」


 そう言ってロザリアは俺達を店内へと招き入れてくれた。

 店内には、果物に野菜、そして生活必需品の薪や火打石、それに魔法プレートなんかも売っていた。

 しかし、お店に招き入れてくれたはいいんだけど、お客誰もいないんだが、これは一体どうしたんだろうか?

もしかしてさっきのお店に取られてるのか?


「それにしてもお客さん誰もいないねー。もしかしてみんなさっきの店に行っちゃったのかなあ?」


 そんな事を考えてたら、とんでもない事をユリアーナさんが言い出しました。

 いや俺だって一瞬思ったけど、口には出さなかったんだぞ。

 俺はそーっとロザリアさんの顔を見てみることにした。


 ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!

 ロザリアさん、能面のような表情になっておられます・・・。

 ユリアーナもそれに気付いたらしい。完全に固まってしまっている。


「あの、もしかして、やはりさっきのスーパーが関係・・・」


 エレオノーレさんがそこまで言いかけた時だった。


「おう!ロザリア帰ってきてたのか!で、成果はどうだ!」


 突然店の奥から声が聞こえてきた。

 現れたのは、身長2メートルはあるかと思えるような、超巨漢のおっさんだった。


 ぶっ!

 この、どっちかと言うとかなり細身で色白で、美人の類に入るであろうロザリアさんの父ちゃんが、色黒で超巨漢のおっさんだと・・・!?

 ロザリアさん、一体どこに父親のDNAを受け継いだんだろうか・・・。


「お父さん!あれ見てください!」


 そう言って、ロザリアさんは外の荷馬車を指さす。


「おおっ!3頭もか!お前これどうやって・・・ん?」


 そこでロザリアの父ちゃんは、初めて娘のそばにいた我々に気付いたようだった。

「あの、どちらさんで?」


 そこは「いらっしゃいませー!」じゃないのかよ!と一瞬突っ込んでしまった。

 もちろん怖いので心の中でな。

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