第45話 異世界での転換点1

 これまでに見たことが無いようなベアトリクスの厳しい表情とあまりのプレッシャーに、俺はし潰されそうになっていた。


 アンネローゼのように剣を抜いて身構えたいという、根拠の無い衝動にられるが、そんな事をしたらますます状況は悪化してしまいそうだった。それに何より、俺はトラウマの影響で戦うことが出来ないだろう。


「ベアトリクス、それにバリーも、一体これは何の騒ぎでしょうか?びっくりしましたよ」


 努めて平静をよそおって二人に話しかけた。この状況が普通ではない事はわかってるけど、だからこそ慌ててはだめだと思った。


「シン、あなたに聞きたいことがあるの」


「僕にですか?」


 全くわけがわからないが、少なくともベアトリクスの話し方は、この騒ぎが俺達と関係があると確信しているかのようだ。


「あなた、この男達と面識は?」


 そう言って、黒ずくめの男たちの方に視線を送る。さっきバリー達が戦っていた黒ずくめの男たちは、全員、王国兵士に殺されているようだった。


「いえ、僕はこういった方々との面識は一切ありません」


「本当に?」


「間違いありません。と言うより、何故なぜ僕にそれを聞くのでしょうか?」


 ベアトリクスの言葉の端々から、完全に俺を疑っているような雰囲気を感じる。一体何なんだ?


「シン、悪いけど、ちゃんと顔を確認してもらえる?」


「そこまで・・・。わかりました。けど、無駄だと思いますけどね」


 本当に一体何なんだよ!ベアトリクスの奴完全に俺を疑いの目で見ている。一体どういう了見で俺をそういう目で見るんだよ!しかも、何を疑われているのかも全然わかんねーよ!


 俺は半ばやけ気味で、男たちの顔を確認していく。男たちは全部で4人。一人ひとりフードをめくっていく。


 まず一人目。知ら無い顔だった。だが何だろう?どっかで見たことがある気がする。俺はそう思いながらも、続けて二人目の顔を確認する。やはり一人目と同じ。俺はこいつを知らないが、どこかで見たことがある顔だ.そして3人目。また同じ印象を感じた。


 何なんだこれは!?


 俺は確かにこいつらの事を知らない。だが、確かに3人共どこかで見たことがある気がするんだ。


 一体どうなっている・・・。そしてなんでベアトリクスは、俺に確認しろと言って来たんだ。まるでこの事態をわかっていたみたいじゃないか・・・。


 俺は困惑しながら4人目のフードを取り払った。そこには、20代後半くらいの男の姿があった。


「マ、マルセル・・・」


 そこには、ハイランドを治めているというフォンシュタイン家の兵士であり、俺を失敗した適格者候補として殺そうとした「マルセル」の姿があった。


「あら?やっぱり知り合いかしら?」


 俺の一挙手一投足も見逃さないようにしていたベアトリクスが、間髪入れずに声を掛けて来た。


「し、知り合いと言うより、俺を・・・俺をハイランドで殺そうとした奴です・・・」


 俺は体中の力を振り絞って、なんとか声を出すことが出来た。ティルデの元同僚で、ハイランドでずっと適格者の育成と処分を行ってきたフォンシュタイン家の兵士・・・。


 失敗作の烙印を押された俺を、こいつが殺しに来たあの夜の事は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。


「あっ!」


 俺は思わず声を出していた。さっき、マルセルの前にフードをめくった男達、知らない奴なのにどこかで見た事のある男達。あいつらは、俺のハイランドでの最後の日、マルセルと一緒に俺を殺しにきた奴らだよ!どうりでどこかで見たことがあると思ったんだ。


「すみません。全く知らないというのは撤回します。彼らはハイランドで僕を殺そうとしていた男達です」


「そう」


 ベアトリクスは、俺の回答にはあまり興味がないような返事を寄越す。そして次の質問をしてきた。


「ではあなたは適格者なの?」


 ベアトリクスから「適格者」も言葉が出てくるのには違和感があるが、考えてみれば、自分が適格者候補だったことについてはティルデがリバーウォールで説明しており、それがリバーランドの大貴族の娘であり、テレジア大公の部下であるベアトリクスに伝わっていても不思議ではないだろう。


「適格者候補でした・・・」


 俺は消え入るような声で回答していたかもしれない。ここまでされたら、いくらにぶちんの俺でもわかってくる。


 ティルデから聞いた話によると適格者と言うのは、リバーランド王国内にある「南リップシュタート」に突如現れたという「現代神」に対抗するための兵士の事らしい。


 なのでリバーランドにとってみれば適格者と言うのは、自分たちの領土に侵攻しようとしているハイランドの、排除すべき「敵」なんだ。そして俺はリバーランドから、適格者なのでは?と疑われているんだろう。


 そう考えると、バリーやベアトリクスがこんな夜中にすぐに賊に対応できた理由もわかる。いつからかはわからないけど、たぶん俺は見張られていたんじゃないだろうか。

 

「ベアトリクス、あなたが、いえ、リバーランドが僕を「適格者じゃないのか?」と疑う気持ちはわかります。しかし、リバーランドに来てからの僕の行動を見てくれればわかるはずです。僕にやましい所は全くありません。監視もしていたのでしょう?」


「理解が早くて助かるわ。そうね。この国に来てからの行動には何の疑問もない」


「だったら・・・」


「でもこの男たちが、ハイランドからわざわざあなたと接触を取ろうとした理由はどう説明するの?」


「それは・・・殺し損ねた僕を確実に仕留しとめるため・・・だと思います」


「そうね、それは正当な理由として成立するわね。でもこのタイミングなのはどうしてかしら?」


 このタイミング?このタイミングってなんだ?


「えっと、このタイミングでとはどういう事なのでしょうか?」


 俺を襲うのに、このタイミングでは何がおかしいと言うんだろうか?


「二つあるわ。一つはあなたには黙っていたのだけれど、あなたがこの街に来てから、すでの数十件もの不審な集団のアジトを発見しているの」


「どういう意味ですか?」


「あなたは「適格者から逃れた者」としてこの地に亡命したように見せかけ、今日今ここで、あの黒ずくめの男達や不審者達と連絡を取ろうとしていた。これは間違いないかしら?」


 ベアトリクスは、まるでそれが事実だと言わんばかりの表現で俺に質問して来る。


「ちょっと待ってください!その考えは矛盾しています!あなたの言葉からすると、僕はここに来た当時から、もしかしたらロックストーンに居た頃から監視対象だったように思えます。違いますか?」


「違わないわね」


「だったら!僕がそんな事をしていないのは、あなた方が一番わかっているじゃないですか!」


 馬鹿馬鹿しい!ずっと監視されている状態で、どうやったらそんな事が出来ると言うんだよ!しかも、俺の家を襲おうとした連中に、これだけ素早く対処できるほどの監視網だぞ。


「それはこちらが気にする問題ではないわ。私たちは可能性だけを考えるの」


「そんなバカな・・・」


 これじゃいくら完璧なアリバイがあっても疑われるって事じゃ無いか・・・。


 ふとアンネローゼの方を見ると、バリー達への警戒心は解いてはいないが、俺たちの会話の内容にかなり困惑している様子は伺える。そりゃ、俺が王国から疑われてるような人間だって知ったら、誰だって驚くだろう。


 本当は狙われる価値なんかゼロなんだけど、それを証明できる方法は今の俺には無い。


 ベアトリクスやバリーは、俺が「適格者」だったから俺に近づいて来て、俺の案を採用すると言って、自分たちの側に置いて監視していたのか。そして俺は全部が全部ではないが、それを自分の功績だと真剣に考えていた。


 くそっ!くそくそくそっ!結局俺は、日本から転生しても何も変わってはいなかったんじゃないか・・・。


「そしてもう一つ」


 もうなんでもいいよ。どうせ囚われて、奴隷として強制労働させられたり、尋問受けたりするんだろう?もしくは存在を抹消されるのかだ・・・。


「リバーウォールが侵攻を受けたタイミングで、あなたの所にハイランドからの黒づくめのお客様が来たことよ」


「・・・は?」


 今こいつなんて言った?リバーウォールが侵攻を受けたって言ったのか?


「ちょっ、リバーウォールが侵攻を受けているって、一体どういう事ですか!?」


「あなたを奴隷としてロックストーン送りにしたアルフレート・アイヒマンが、あなたの作った著作権システムを改悪したものをリバーウォールで実施して以来、民衆の間では不満がくすぶっていたのね。そして領主に対する反乱が起きた・・・」


 リバーウォールで反乱!?しかも領主に対してだと・・・。ちょっと待て!


「ちょっと待ってください!ティ、ティルデやアリーナ・ローゼンベルグはどうなりました!?無事なんですか!?」


 冗談だろ!?


 ティルデの亡命許可は、リバーウォール内に限定されていたはずだ。しかも、あの領主の第二王位継承者のレオンハルトなら、ティルデの活動範囲を領主館に限定してるかもしれない。


 ティルデは、かなりのレベルの魔法剣士なので、ちょっとやそっとじゃられはしないと思うけど・・・。


「さあ、それはわからないわ。だって、そのタイミングでハイランドが侵攻してきたんだもの」


 俺はベアトリクスの発言を一瞬理解する事が出来なかった。ハイランドが侵攻してきたってどういう事だよ!

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