第37話 コレナガシンはレベルが上がった

 結果から言うと、新法案の発表会は無事終了した。発表は研究所名義で行われ、説明自体はルーカスが行った。貴族様達の発表会は、そりゃあ俺の想像を遥かに超えたものだったよ。


 普通発表会ってさ、椅子とかに座った聴衆を前に関係者が説明するって思うじゃん?ところが貴族様達の発表会は、ほぼ立食パーティーのそれで、法案の発表なんぞ無いに等しく、帰り際に中身も見ずに資料だけ持って帰りやがった。まあ、家令かれいみたいな人に全部お任せなんだろうな。


 で、次の日が平民の皆様向けの発表だったんだけど、さすがにこちらは皆真剣だった。何しろ自分達の生活がかかってるからね。これまでと何が変わるのか?とか、何故登録に料金が必要なのか?だとか、質問の嵐だった。


 でもある程度、こういう質問が来るだろうとの想定の元、発表会の準備をしていたんで、特に混乱もなく終了した。


 最初は登録にお金が掛かるようになるって聞いた皆さんから、悲鳴のような声が上がったが、登録に掛かる料金の安さと、国が著作権を保障するシステムを理解すると、拍手が沸き起こってたよ。間違いなくテレジアとベアトリクスの株は上がったと思う。


 で、システムの理解を深めてもらうために、今後半年間で説明会を何度か開き、その間に、マザープレートのシステム変更などを行う事に決まった。法令の施行に伴う、色んな問題に対処する為のサポートセンターの設置や職員の教育などは、約1年を掛けて行う予定だ。


 一番心配なのが詐欺なんだよね。恐らく登録手続きの代行業者なんかも現れると思うんだけど、詐欺業者に著作権を取られたりとかさ。なので、代行業者に関しては、領主への登録を絶対条件にして、許可証を発行する事にした。安易に他人に頼らないようにねって注意も行っていく予定。


 んで今日は、計画の報告にテレジアの元をルーカスと共に訪れている。ベアトリクスは、別の部署で起こったアクシデントの収拾を図るために、同席しなかった。


「順調みたいね」


「はっ!平民からの質問や苦情への対応も、シン・コレナガを中心に事前に対策を練っていたおかげで混乱はほとんど見られず、プロジェクトをスムーズに進めることが出来ています!ただ・・・」


 テレジアの言葉に、ルーカスはやや緊張気味に答えていた。そりゃ緊張するよなあ。俺だって最初は緊張したもん。最近ようやく慣れて来たけど、第一位王位継承者の大公様だからなあ。


「貴族からのクレームでも来てるのかしら?」


「はっ、実は、非公式ではありますが、何故平民と同じ手順を踏まなければいけないのかという抗議がそこそこ来ておりまして・・・」


「なるほどねえ」


「現在の所、ベアトリクス様のご実家の「ヴァンデルフェラー家」も、この条件を受け入れておられる事から、表立っての非難は無い状況ですが・・・」


「エプシュタイン家あたりが出張って来たら、ヴァンデルフェラーの名前だけじゃ抑えきれないか・・・」


「恐らく・・・」


 さっきから話を聞いてはいるが、ファンタジー世界らしく、貴族様の平民への認識ってのは、俺が想像していたのと差異はないようだ。まあ、散々そういう話は聞かされてたから知ってたけどね!


 しかし、やはりベアトリクスの家は、リバーランドでもかなり上位にあたる家柄なんだと再認識。本人見てると、とてもそうは思えんけど。


「まあいいわ。上位貴族が異議を挟んで来たら、全部こちらに回しなさい」


「よろしいのですか?」


「こんな時の為に、私には大公という肩書があるのよ」


 かっけー!テレジアさんマジかっけーっす!確かに、大公にいちゃもん付けられるのは王様くらいのもんだろうしな。まあ、その王様もテレジアさんに内政は丸投げみたいだから、実質、リバーランドの実験を握ってるのはこの人だと言って良い。


ルーカス「わかりました。では、今後も計画通り進めていきたいと思います」


テレジア「頼むわよ」


 テレジアのその言葉を合図に報告会はお開きとなり、俺とルーカスは部屋を出ようとした。つーか俺、来なくても良かったんじゃねーの?


「シン・コレナガ」


「はい?」


 そんな事を考えてたら、突然名前を呼ばれたので間抜けな返事になってしまった。


「あなたには別件があります」


「別件ですか?」


「それでは、私は先に失礼致します」


 うやうやしく頭を下げながら、気を利かせたルーカスは部屋を退室していった。先に退室したと言っても、俺が来るまでは馬車で待っているんだけどね。


「悪かったわね、急に引き留めて」


「いえ、とんでもありません」


 てか、よくよく考えてみたら、引き留められる理由に思い当たる事が無いんだけど・・・。はっ!もしかして、また奴隷に逆戻りとかじゃないよね!?いやだぞ俺!せっかく手に入れた平民の称号、絶対手放さないぞ!


「何唸ってるのよ、変な人ね」


 あう、声に出してたか・・・恥ずかしい!いやでも、本当に思い当たる事が全くないんだけどな。計画に関しては、全部ルーカスが話していったし・・・。


「はいこれ」


 俺が一人で悶絶していると、テレジアが数枚の紙を俺に渡して来た。


「なんですこれ?」


爵位しゃくい証明書よ」


「どなたのですか?」


「あなたのに決まってるでしょ」


「・・・・・・えええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 ちょ!ちょっと待ってどういう事!?ドッキリ?ドッキリなのこれ?


「別に驚く事じゃ無いわよ。ロックストーンの環境改善や、今回のプロジェクトへの取り組みを評価したら、これじゃ少ないくらいだもの」


「えっとでも、本当に良いのでしょうか?」


「私が良いって言ってるんだから良いのよ。詳しい事はベアトリクスかルーカスに聞きなさい。尚、士爵ししゃくの贈呈は書類での贈呈になるから」


 そう言われて、俺はテレジアの執務室を追い出された。なんか今日は「すっごいやることいっぱいあるのよ」という事らしい。


 珍しくため息なんかついてたからそうとう忙しいんだろう。てか、爵位の授受って、こんな書類だけで終わるもんなの?


 馬車に戻ると、やはりルーカスが俺を待っていてくれた。そしてテレジアに言われた通り、もらった書類をルーカスに見せてみる。


「やったじゃないかシン!これで君も貴族の仲間入りだ」


 そう言って親指を立ててくる。


「いやでも、俺なんかが爵位をもらっても良いもんなのか、すげえ不安なんだけど・・・」


「そんな肩肘を張る必要はないよ。言い方は悪いけど、これはリバーランド内でも、最下位の爵位だから」


 ルーカスは俺がもらった「士爵」についての説明をしてくれた。


 一般的に爵位持ちの人には領土が与えられるんだけど、士爵ってのは、大きな功績を遺した一般人に与えられるもので、子や孫に受け継がせる領地がもらえるわけでも無く、爵位の子への引継ぎなども無い、1世代だけの当人だけに与えられる爵位らしい。


 国によっては貴族として認められていない場合もあるらしいけど、リバーランドでは下級貴族として認識されるようだ。


 そういや今でもイギリスなんかでは、騎士の称号をもらえたりするみたいだから、そういうものなのかも。いや、式も無いくらいだからもっと下かもしれんな。


「なるほどねえ。じゃあ、遠慮なく頂いたほうがいいんだろうか?」


「そりゃそうでしょ。最下級とは言え、平民と貴族では扱いが全然違うよ。そもそもテレジア閣下からの褒賞ほうしょうでしょ?断れるの?」


 そりゃ断れないね。うん。


「しっかしいいよなあシンは。ベアトリクス様だけじゃなく、テレジア様とも仲良さげだし。そもそもテレジア様自らが連れて来たんだっけ?」


「うん。鉱山で働いていた所を拾ってもらったんだ」


「鉱山!はあ、シンって本当に奴隷だったんだねえ。今でも信じられないよ」


「ははは・・・」


「まあ、領地はもらえないけど、小さな家とメイドはもらえるみたいだから、一応の格好は付くんじゃないかな」


「そっか・・・。は?家?メイド?何それ?」


「あれ?書類読んで無いの?なんかね、4部屋程の家と住み込みのメイドがもらえるみたいだよ」


「ええええええええええええええええええええええ!」


 3級から奴隷から、いきなりレベルアップし過ぎだろう・・・。冒険者レベルは相変わらずだけどな。

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