第35話 リバーランド城
次の日、俺はベアトリクスと一緒にリバーランド城に来ていた。てっきり、ベアトリクスがテレジア・ロンネフェルトに会議の結果を報告して、テレジアがそれを採用するかどうかを判断するのだとばかり思っていたんだが・・・。
「発案者のあなたが説明しないでどうするのよ」
などと、ベアトリクスからめっちゃ不思議そうな顔で言われてしまい、仕方なくお供する事にした。いや、お供とか言うと、また変な顔されるかも。
さて、このリバーランドのお城だが、とにかくでかい。ヨーロッパにある古城をイメージしてもらえるとわかりやすいかも。しかも、どでかい湖の真ん中に建設されている為、門をくぐってすぐの橋を渡らなければ城へはいけないという鉄壁の防御態勢。
リバーウォールの領主館もでかいと思ったが、さすが本国、スケールが全く違う。元々この場所は火山だったらしい。いわゆるカルデラ火山てやつだ。で、現在では完全に死火山となっており、そこに作られたのがこのリバーランドなのだとか。
この地方が雨季が長いこともあって、そこら中から湧き出る豊富な地下水によって、ある程度湖の規模は保たれているみたい。で、ここから三方に水が流れて街中の至る所に川を形成している事から「リバーランド」と名付けられたんだと。
城へ向かう馬車に揺られながら、ベアトリクスがこの国の由来を教えてくれた。そしてこの、無意味にでかすぎる城の中で、テレジアに法案の報告を行い、OKが出れば、国の魔法販売店を集めて説明会を行う事になっている。
あー、なんかすげえ緊張してきた。
城の入り口を警備していた衛兵に挨拶をし、城の中へと入ると、中は俺が想像していた以上に雑然としていた。と言うか、なんか、ちらかってるんですけど!?
「今は、城の中を改装中なの」
俺の考えていることが顔に出ていたのか、ベアトリクスが、そう説明してくれた。
「城を改装ですか?」
「テレジア閣下は、意味が無い無駄な事が大嫌いなのよ」
なんでも、以前は城の内部には、リバーランドの威厳を表すような高級な絵画やら彫刻やらを各部屋にちりばめつつ、ほとんど何もないスペースばかりが目立っていたと言う。
1部屋に1つの絵画や彫刻を設置すると言う、超贅沢な使い方をしていたらしい。それもこれも、数世代前のリバーランド王が、王家の威厳やら誇りみたいな物が大好きだったらしく、城の建て替え時に、今の壮大な城を建設するよう命令したようだ。
で、今の国王「ハインツ・ロンネフェルト」は、そこらへんは無頓着な人のようで、娘のテレジアの「もっと有効に使いたい」との要望に、簡単にOKを出したらしい。
「しかし、城を有効活用すると言っても、使い方にも限度があると思うんですが」
だってお城だよお城?一体何に有効活用するって言うんだよ。
「うーん、テレジア閣下は、城の各部屋にある絵画や彫刻などを、すべて謁見の間に集めて飾ってしまうみたいね」
「謁見の間に?」
「うん。そして謁見の間を、平時は一般にも公開して、見学できるようにするみたいよ。その方が絵も彫刻も無駄にならないって」
うーん、やっぱりあのテレジア・ロンネフェルト、変わった人だわ。リバーウォールの領主だった、コンラート・バウムガルデンも、割と庶民に近い感覚を持っていたと思うんだけど、それでも領主館に一般人をむやみに入館させたりはしなかった。
「あの、王族の方々の安全とか、それで大丈夫なんですか?」
だって城を開放するって事はさ、一般人に混じってスパイとかが侵入する可能性もあるわけじゃん。セキュリティー上の問題大ありでしょ。
「それなら大丈夫よ。謁見の間の見学には人数制限を掛ける予定だし、入室した人数と退室する人数のチェックもやるしね」
ああ、さすがにそこら辺は考えてるのね。
「それに、城の2階~3階部分は、リバーランド軍本部にする予定よ」
「ええー!」
「つまり4階以上の階が、王族の方々の住まいとなるって事ね」
いや確かに、1階は一般に開放して、2~3階が軍、そして残りが王室って事なら、セキュリティーにも何も問題は無いな。
それにしても、権力を拡大するならともかく、自分たちの持ち分を減らして一般に与えるって、それどこのファンタジー世界のお話だよって感じだよな。いや、ファンタジー世界なんだけど。
「しかしそれって、内部からの反発とか無いんですか?貴族の方々とか」
「あるわよ。私の実家とかね」
「はあ!?」
「私の家・・・、つまりヴァンデルフェラー家なんだけどね。昔から、ロンネフェルト家の右腕のような存在だったの。なので、ロンネフェルトが栄えれば栄えるほど、ヴァンデルフェラー家も栄えていくわけ」
「は、はあ」
淡々と他人事のように話すベアトリクスだが、内心どう思ってるんだろうなあ。聞きたいけど怖くて聞けねえ。だって王家の右腕って言ったら、間違いなく貴族だろうし、しかも相当の家柄なのだろうと思うわ。
「だから、テレジア閣下のやっていることは、権威の
「・・・」
いやあ、あまりにも重すぎて、何て返事を返せばいいかわかんねーよ。しかし国の運営ってのも難しいもんなんだねえ。平民を見れば貴族が不平をこぼし、貴族を重要視すれば身びいきだと平民から不平が出る。
「さてと、ここがテレジア閣下の執務室よ」
現在リバーランド城は改装中の為、テレジアの部屋も仮のものになっているらしい。とは言え、正式に部屋が完成しても、無駄のない実務に特化したシンプルな部屋になりそうな気はするな。
「閣下、ベアトリクス・ヴァンデルフェラー長官がお越しです」
「入ってもらってちょうだい」
部屋の前で警備を行っていた兵士に取り次いでもらい、俺とベアトリクスは、テレジアの部屋に入室した。
予想通りと言うか何と言うか、部屋の中は至ってシンプルだったんだが、何しろ改装中なのでちらかりほうだいだ。改装に使う道具などがそのまま放置されている。
「悪いわね。改装中でちらかったままなのよ。あ、そこのソファーに座ってちょうだい」
そういうと、テレジアは上座の一人掛けソファーに腰を下ろす。続いて、俺とベアトリクスも、3人掛けのソファーへと座った。
「さてと、ベアトリクスとあなたが来たって事は、法案が完成したって事と受け取っていいのよね?」
「は、はい!お、俺t・・・、いえ、わ、私と所長と他の研究員とで昨日完成に至りました!」
やべえ!緊張のあまりすげえどもっちまった!よく見ると、テレジアが変な顔で俺を見ている。ベアトリクスも同様だ。と言うか、ロンネフェルト家に来る前に、ヴァンデルフェラー家がロンネフェルトに不満を持っているような話をベアトリクスがするもんだから、変に緊張しちゃったんだよ!
だって、両家の人間がここに揃ってるんだよ?そりゃ間にいる俺は緊張するに決まってる!
「ああっ!」
急にベアトリクスが声を出したので、思わずビクッとなってしまった。
「どうしたのベアトリクス。急に声を出して」
「いえ、何故彼はこれほど緊張しているのかを考えていたのですが、理由がわかりました」
「え?」
「あら、ぜひ理由を聞きたいわね。だって彼、私と初めて会った時もこれほど緊張はしてなかったもの」
いや、鉱山で初めてテレジアと会った時も緊張はしていたよ。人生が掛かっていたからね。しかし今日の緊張はそれとは方向性が違うと言うか、変な汗をかいてしまう緊張なんだよ。
「実は、テレジア閣下の部屋へ来るまでの間、ヴァンデルフェラー家が、ロンネフェルト家に対して、現状不満があると言う話をしていまして」
ちょおおおおおおおおお!このお姉さん何言ってんの!?王家の人間に向かって、自分家が不満を持ってるって宣言しちゃたよおい!
「ほう・・・」
やばい!テレジアの目つきが鋭くなっちゃったよ!てか、言ったの俺じゃありませんよ!この女の家の話で、俺は全く関係ないですからね!
「あっはっはっは。我が弟レオンハルトから目を付けられ、あの剛腕バリーからも一目置かれるような人間でも、そのような緊張をすることがあるのね」
すげえ楽しそうにテレジアは笑っている。あれ?怒ってるんじゃないの?どういう事なの?
「それにしても、今回の城の改装に、おじ様はそんなに不満を?」
「はい。あれでは王家の名が落ちてしまう!と、事あるごとに」
「あらら。じゃあ今度、とびっきり美味しいお酒を持参して、ヴァンデルフェラー家に伺う事にするわ」
「そうして頂けると助かります」
一体全体どうなってるんだこれ?そんな簡単な話だったっけ?俺のそんな考えが顔に出てたのか、テレジアが俺に向かって説明してくれた。
「ヴァンデルフェラー家とロンネフェルト家は、昔からの付き合い・・ってのは知ってるのよね?」
「はい、それは伺いました」
右腕がどうとか言ってたからな。
「まあ、昔からの付き合いがあるって事は、このくらいじゃびくともしない関係だって事よ。だって、私も小さい時からおじ様にはお世話になってたしね」
「そ、そうだったんですね・・・。じゃあ、なんであんな話したんですかベアトリクス!変に緊張しちゃったじゃないですかあ!」
俺は涙目でベアトリクスに抗議した。俺が流したあのあぶら汗は一体なんだったんだ・・・。
「だって、王国の権力関係の説明に、他家を持ち出すわけにはいかないでしょう?」
「それにしたって説明が不足し過ぎです!」
頭の上に?マークを浮かべたような顔をしているベアトリクスを見て俺は確信した。この人絶対「天然」さんだと!
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