あいつが離婚するそうだ

さきくさゆり

あいつが離婚するそうだ

 あいつが離婚するそうだ。

 成人式のため、実家に帰ったときに母さんから聞いた。


「いつ聞いたの?」

「昨日よ。結構相談に乗ってたんだけど駄目だったみたいね。ついには他に女作って出ていったんだってさ」

「じゃシングルマザーになるのか」

「そうなるわね。今いるアパートは引き払って実家に帰るんですって。と言ってもここ一年はほぼ実家にいたけどね」


 あいつの実家、それは俺の家の隣だ。


「ふーん。これから大変だよなぁ」

「今でも不思議よ。あんたらが結婚どころか付き合ってすらいなかったなんて」

「そんなもんだろ。幼馴染なんてさ」


 嘘だ。

 付き合ったことはある。たった三日だけ。

 まあ、その間にあったカップルらしいことと言えば、付き合った初日に俺の家で二人で会ったことがあるくらいなんだけど。


「今日はどうするの?」

「んー少し散歩でもするかな」



 俺は家を出てのんびり散歩しながら、コンビニにでも行くかなーと思ってると、昔よく遊んだ公園の前を通りがかった。

 なんとなく懐かしくて公園内に入る。

 すると丁度『夕焼け小焼け』が流れてきた。

 俺の家の門限は夕方五時半で、この曲が聴こえたら帰る合図だったから、なんとなく帰らないと行けないなあと思ってしまった。


 公園内にいた子供がパーっといなくなっていく中、男の子が一人だけブランコで立ち漕ぎをしているのを見つけた。

 ものすごい勢いで立ち漕ぎをしていて、もう少しで地面と平行になりそうだ。

 しばらくブランコの近くにあったベンチに座って眺めていると、男の子はブランコから飛んで俺のそばの地面に着地。


「お見事!」


 つい声を上げてしまった。

 男の子はそこで俺の存在に気づいたらしい。

 怪訝な顔をしつつも満更でもなさそうで、俺に向かってペコッと頭を下げた。


「すごいなお前。さぞモテるだろうな」


 近くで見ると大きな目にキレイな二重が目立つ顔をしていた。

 この顔でこの運動神経なら立ってるだけで女の子から寄ってくるだろう。


「モテないよ僕。モテるならこんなとこで一人で遊ばないよ」


 言われてみれば確かにと納得する。


「おじさんこそ一人でいるなんて友達いないの?」

「ぐっ……」


 いないわけじゃないが、どうせ成人式で会うからと連絡してないだけだ。


「あとおじさんは彼女もいないと見た」


 そう言って男の子は仁王立ちで胸を張る。

 なんとなく微笑ましい。


「おじさんは止めてくれ。俺はハタチなんだからさ」

「はたち?」

「二十歳ってこと。小学校でやったろ?」

「僕まだ四歳だよ」


 マジか。

 結構大きいからてっきり小学生だと思った。


「ずいぶんデカイんだな」

「うん。僕、みんなより大きいからみんな遊んでくれないんだ。怖いんだって」


 あー幼稚園児でこのデカさじゃなぁ。


「今はそうでもあと……十年もすれば大丈夫だぞ。顔が良くて背が高くて運動神経抜群なら、多少頭が悪くてもモテモテで友達いっぱいできるさ」

「ふーん。友達はいっぱい欲しいけど、モテなくてもいいや」

「まあ今はそういうのはわからんかもなぁ」


 幼稚園児にはまだ早いかね。

 そう言うと、男の子はううんと頭を横に振る。


「僕のパパはいろんな女の人と仲がいいんだ。そういうのがモテモテっていうんでしょ?でも、ママがそういうパパを見るといつも泣くんだ。だからモテモテはいらないや」


 なるほど。

 父親がよく浮気しているのか。

 まあこの子の父親なら顔もさぞかしいいのだろうな。


「まあ浮気はよくねえな。男は一途に相手を思ってこそだ」

「ん?」


 よくわかってないらしい。

 俺はつい男の子の頭をクシャクシャと撫でてしまった。

 すると男の子はちょっと驚いた顔をした後にニヤニヤと口元を緩ませた。


「ついやっちゃったけど、嫌がらねえのな」

「嫌じゃない。なんかホヤホヤする」


 ホヤホヤね。


「母さん……ママは大事にしろよ」

「うん。僕ママが好きだから大事にする!」

「つかそろそろ帰らなくていいのか?」

「うんもう帰るよ!」


 と言ってニッコリ笑う。


「そうか」


 じゃ俺も帰るかな。


「一緒に帰るか?」

「大丈夫!」


 そう叫びながらすごい速さで公園内を突っ切ってそのまま見えなくなった。


「はやっ」



 *****



 俺が住んでいた市の成人式は中学の同窓会も兼ねている。

 そして懐かしい面々に会うたんびに言われることは「あいつとはどうなったか」、もしくは「あいつのことは気にすんなよ」のどちらかが大体だった。


 前者は高校での顛末を全く知らない人、後者は高校での顛末を知っている人の言葉だ。


 適当に言葉を濁しつつ、二次会のカラオケは欠席して俺は家に帰った。



「あ……」

「え……」


 そして家の前で俺の母さんと話しているあいつ……美紗に会った。


「なにあんた緊張してんの?」

「いやそうじゃないって」


 何も知らない母さんは俺を茶化すが、あいつをチラッと見ると俯いていて顔が見えない。


「まあ久しぶりに会ったんだしあんたの部屋に上がってもらいなよ。お茶くらいしか出せないけど」

「え?」

「いいからいいから」


 少々、いやかなり強引に美紗の手を引っ張って家の中に連れ込む母さんを俺は止めることができなかった。



 部屋の真ん中に座布団二つ。

 昔と同じように向かい合って座った。

 久しぶりに見た美紗は長かった髪をバッサリと肩口で切っていて、綺麗だった肌は少し荒れていた。

 大きな二重の目の下にある隈は、荒れていても白い肌のために非常に目立つ。

 相当疲れているのだろう。


「あー母さんがすまん」

「ううん、いいの。なんていうか……ひ、ひさしぶり…だね」

「そう…だな。ひさしぶりだ」


 まともに話をしたのはいつぶりだろうか。


「元気そう……でもないか」

「うん……。おばさんから聞いたの?」

「ああ、昨日な」


 そう言ったっきり俺らは黙ってしまった。

 困った……。

 思ってたよりも気まずするぎる……。


 と、そこに母さんがお盆を持って現れた。


「なに、あんた本当に緊張してんの?そんな青白い顔久しぶりに見たわ」


 お盆を置きながらそう俺に言ったあと、ごゆっくりーと言って部屋を出ていった。

 また沈黙。


 俺は耐えられずにお茶を飲む。


 すると、美紗が突然口を開いた。


「その……今更こんなことを言うのもどうかと思うんだけどさ」

「…………謝るとかならやめてくれ」

「……え?」


 あいつが目を見開く。


「謝られると……その……上手く言えないけど……困る」

「…………」


 また沈黙。


「あのさ」

「なに?」

「あの三日間はすごく楽しかった」


 俺は前から言いたかったことをせっかくなので今言うことにした。


「あの三日間はすごく幸せだった。今でも忘れられないよ。まあ最後はああなったけどさ」

「うん……」

「だからその……」

「…………」

「ありがとう」


 いつか言おうと思っていた言葉。

 三日間の幸せをくれてありがとう。


「なんで?」

「ん?」

「なんでありがとうなんて言うの?私は裏切ったんだよ?」

「裏切ったって……それはあの男をだろ?だから俺はあの男には何も言えなかったし言わなかったんだ」


 知らなかった俺が悪かった。幼馴染としてずっと一緒にいたなら気づいて然るべきことだった。知らずに告白した俺が悪かったんだ。

 俺はそう思う。


「まあ、本当に今更ごちゃごちゃ言ってもしょうがないからさ。だからこれでこの話はおしまい。そしてあの時のこともこれでおしまい。無かったことにはしないけど思い出の一つにしようぜ」

「…………ありがとう」


 美紗はそう呟き静かに泣き出した。

 俺は美紗が泣き止むまで見ていたが、途中から見づらくなったので目を閉じて、小さな泣き声を耳で聞くことにする。

 その声はどこか懐かしいような気がした。



 その後、泣き止んだ美紗との話はすごく盛り上がった。

 俺は大学の話、美紗は子育ての苦労話やあの男の愚痴で。

 特にあの男の愚痴は凄まじい量だった。

 まあ内容を聞いたら離婚して当たり前だと納得した。


 窓から明るい光が入ってきて、一晩中話していたことに気がついた。


「あーそろそろ帰らないとなぁ」

「そうだな」

「また話を聞いてくれる?」

「もちろんだ。いつでも電話してこい。まあいつでも出れるかはわからないけど」

「アハハ!そうだね、出られるときに出てくれればいいよ!」


 まだ話し足りないが俺は大学が、美紗は子育てが待ってる。


「こっちに来れそうなら、子ども連れて来いよ。案内するからさ」

「ほんと?!行きたい行きたい!あ、でも泊まるとこ……」

「俺の家に泊まればいい。布団ぐらい用意しとく」

「じゃあ、うちの子にも話しておくね。多分行きたがるだろうなあ」



 美紗を見送って家の中に戻ると、母さんが玄関に立っていた。


「うわぁ?!いきなり立ってるなよ!」

「あんたら一晩中話してたのね」

「まあ、久しぶりで積もる話があったからさ」

「ふーん」


 そう言って母さんは自室に引っ込んだ。


 そういえば、昔は美紗を見送った後は、母さんによく茶化されてたなあと思い出した。


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