第45話

「臆するな!【ディオ・ライト】!」


 ヴァンパイアの姿に初めはビビっていたプレイヤー達だったが、キョウラクのその行動で鼓舞されたのか、それぞれ攻撃を始めた。

 プレイヤー達の攻撃によって身体中から流血するヴァンパイアが一吠ひとほえすると、その流れ落ちた血液がまるで意志を持った生命体のようにプレイヤーを殺そうとするが、プレイヤー達も連携し、盾職タンクが防御している内に後衛が本体に攻撃するなどの作戦をとっていた。

 しかし、痺れを切らしたのかヴァンパイアが大音量で吠え出した。

 なんだ!動けないぞ!

 ステータスを表示させると【恐怖】の状態異常に掛かっていた。


「シュウ君危ない!」


 そう言って俺はアンリに突き飛ばされる。

 そして、ゆっくりと流れる世界の中で俺が目にしたのはこちらに微笑んだアンリの身体を血液の触手が貫く姿だった。

 骨と肉が潰れる音がして、アンリが車に跳ね飛ばされたゴム人形の様に吹き飛んでいく。


「アンリ!」


 近寄って抱き上げると、HPがみるみる減っていくのがわかった。

 急いでポーションを取り出そうとすると、アンリに手を添えられ、止められる。


「シュウ君…」

「なんだ?俺はここにいる…!ここにいるぞ!」


 手を握り返すとアンリはフッと微笑む。


「シュウ君聞いてください」


 嫌だ、やめてくれ。


「最後のお願いです」


 どんな願いだって叶えてやる、だから…最後なんて言わないでくれ!


「どうか、私の分も生き…て…」


 カチリ、アンリのHPが0になり、その姿が光の粒子に変わる。

 無意識に虚空に手を伸ばし光の粒子を掴むが、ホロリと空に溶け消える。

 アンリの重さが、体温が、まだ手の中に残っていた。

 周囲の喧騒が遠くなる、足元が崩壊する様な、そんな錯覚に陥る。

 誰かが俺の名前を呼んでいる。だが、それすらもどうでもいい。

 空いた心の穴に何かドス黒い感情が流れ込み、凝固する。

 その瞬間、俺の思考は憤怒に溺れた。

 周囲に風の幕を展開する。

 その中に血液の触手が侵入してくるのがわかった。

 俺は火魔法の初級魔法である【ファイア】で触手を攻撃すると触手は、乾いた音を立てて破裂する。

 どうやら火属性が効くらしい。もしかしたら攻撃するだけで消えるのかもしれないが。

 そう考える頃には俺はすでに駆け出していた。

 俺に気づいたのかヴァンパイアが吠えながら触手を放ってくるが、あまりにも遅い。

 殺到する触手を火で焼き払い、風で吹き飛ばし、水で押し流した。

 そうしてヴァンパイアにたどり着いた俺は【法則介入】で作り出した銀の剣を、ヴァンパイアに突き刺す。


「グォア!」


 鮮血が舞い、苦しそうな呻き声を上げるが攻撃の手は休めない。

 そのままの勢いで、反対の手に出現させた剣を突き刺し、また両の手に剣を出現させる。


「グォアアア!」


 右手が吹き飛ぶが関係ない。

 火魔法で即席の義手を作って対処する。


「グォッ!」


 左足を砕かれようが関係ない。

 風魔法【浮遊フロート】でバランスを取る。


「クォオオオオン!」


 右半身を消しとばされてもHPが尽きないのなら関係がない。

 火魔法【再生の灯火イモータル】を使用すると炎が右半身と左足を形作り、HPも全快する。


「グ、ォオオオオ…」


 ズンッと音を立て、ヴァンパイアの巨体が地に伏せる。

 そして、光の粒子へと変化するとリザルト画面が表示され、俺のレベルの上昇を知らせたのだった。

 酷く空虚だった。

 勝利したという達成感も、生き残ったという感動もない。

 周囲の喜びや、こちらへの感謝すらもわずらわしい。

 こいつらは何を言っているんだろう?

 全くもって言葉を理解できなかった。

 音としては入ってくるのに、全く意味として理解できないのだ。

 騒いでいる奴らを放っておいて、俺はサッサと宿屋へと帰るのだった。


  ☆


 全くもってやる気が起きなかった。

 アンリを失ってから4日の時が過ぎた。

 しかし、俺は未だに宿屋に閉じこもっていた。

 時折、押し寄せる救えなかったという後悔と自責の念が俺をさいなんで、その度に俺は暴れた。

 その所為で、室内はボロボロになってしまっていた。

 そんな俺をナクは見捨てずに側にいてくれた。

 泣き、怒り、後悔し、懺悔する俺を抱擁して優しく背中を撫でる。


「私はどこへも行かない、シュウを置いていかない」


 そう俺に言い聞かせる様に、何度も何度も呟いた。

 そのお陰で俺はこうして未だ自殺をせずにいられる。

 そんな風にいつもの様にベッドに転がって壁を見つめていると、突然部屋の戸がノックされる。

 のそのそとベッドから這い出して、部屋の鍵を開けると、そこにはおっさんとユウタが立っていた。


「やあ、シュウ君。…アンリ君の事は知っている。今回はその件について話があってきた、中に入れてくれないか?」

「…悪いが帰ってくれ、俺は、もうダメだ」


 ハッキリ言ってアンリのことを考えると死にたくなる。だから、放っておいて欲しかった。

 ユウタはそんな俺の様子を見てドンッと部屋の戸を殴った。


「何を腐っているんだよ!アンリさんは…まだ生きているんだ!」


 アンリが生きている…?ハッ、タチの悪い冗談だ。

 俺は心の中に渦巻く殺意をたっぷりと乗せてユウタを睨みつける。


「嘘も大概にしろよ。これはデスゲームなんだろ?それとも何か?真っ赤な嘘ってか?」

「シュウ君、止めたまえ。ユウタの言っていることは本当だ。今回はその話をしに来た」


 入れてくれるね?

 真剣そうな目でそう言うおっさんに負けた俺は彼等を部屋の中に入れることにしたのだった。

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