午前11時46分 T-02にある総合病院 中央棟一階のフロアロビー

 ヴェラ達が階段を下りてフロアロビーに戻ると、早速院内に侵入した大魔縁の一部隊と遭遇した。彼等は聞くに堪えない宗教妄想を垂れ流した日本語を頻りに叫び、ヴェラ達に向かってマシンガンを乱射してきた。

 咄嗟の攻撃ではあったが幸いにもフロアロビー内はユグドラシルの木で埋め尽くされており、攻撃を遣り過ごすにはこの上なく適した場所である。しかし、向こうは銃撃が不利な場だと気付いていないのか、一心不乱に引き金を絞り続けている。

 これはチャンスだ。そう睨んだヴェラは仲間達――クローンの入ったボックスを肩に担ぐトシヤを除く――と一緒に木の陰から別の陰へと移る様に物音を立てずに迂回し、攻撃してきた大魔縁の部隊の傍へと近付く。大魔縁はヴェラ達が移動した事なんて知る由も無く、彼女達が先程まで居た方向に向かって必死にマシンガンを撃ち続けている。

 やがてマシンガンの弾が尽き、全員がほぼ同時に空になった弾倉を取り換えようとした瞬間、ヴェラ達は一斉に木陰から飛び出し相手に襲い掛かった。

 虚を突かれた部隊の一人が咄嗟にマシンガンそのものを振り回して対抗しようとするも、ヴェラが振るった斧に弾き飛ばされてしまう。そして無防備になった所を横合いから飛び出したオリヴァーに殴られて卒倒し、それを見た他の隊員達も浮足立たせてしまい、部隊という強みを発揮できぬままやられる一方だった。

 いや、そもそも彼等は軍隊ではなく素人の集団なのだ。教わってもいないのに、軍隊のように部隊行動を取るという事自体が無理難題というものだ。

 そして残りの隊員達も大体似たり寄ったりな感じで銃器を奪われた挙句に殴り飛ばされ、あっという間に決着が着いてしまった。呆気無さ過ぎる気もするが、まだまだやるべき事が山積している今、物事は単純且つスマートに済むならそれに越した事はない。

「どうする、俺達を追って来ないように縛っておくか?」

「放っておきなさい。そもそも縛れる物を探す時間も惜しいわ」

 ヴェラの言葉にオリヴァーも同意し、「そりゃそうだ」と頷いて手にしていた斧を背中に懸けた。

「でも、武器だけは壊しておきましょう。後々追い駆けてきたとしても、丸腰なら怖くありません」

 トシヤの提案を聞き入れ、相手が持っていた全ての武器をヒートホークで破壊すると、ヴェラ達は敵の増援が来る前にフロアロビーを後にし、リュウヤの言っていた中央棟の北口に向かって行った。



 北口は主に救急車から直接緊急搬送される専用通路となっているらしく、部屋は少なく薄暗い通路が長々と続くばかりだ。通路を通っている途中で何体かのまもりびととも遭遇したが、それも問題なく処理して一行は只管に先へと進んだ。

 やがて北口の通路を潜り抜け終えると、四人は救急車専用の室内駐車場に出た。0のような縦長の円を描いた駐車場には、埃を被った救急車が環の内外に沿うように停車している。罅割れた天井にある蛍光灯からは、白雪のような冷めた明かりが辛うじて肉眼で見渡せる程度の光量を確保しているが、それでも気味の悪い不気味さは拭い切れていない。

「おいおい、二十台近くあるが……どれを探せば良いんだ?」

「リュウは通信が途切れる前に言っていたわ。無傷の救急車が置かれていて……ってね」

「じゃあ、無傷の救急車を探せば良いんですね」

 大半の救急車が真下から突き出したユグドラシルのせいで横転していたり、蔦が竿に巻き付くかのようにユグドラシルの根に取り込まれている救急車もある。

傷や凹みを始め、大破した救急車は無数に置かれてあるが、傷一つない無傷の救急車は片手で数える程度しかない。そして「先にミドリを乗せた」という旨の発言をしていた為、彼女が乗った救急車を見付ければ、それが自分達の逃走車両だという事を意味する。

 四人は二人一組――トシヤとオリヴァー、スーンとヴェラ――に分かれて、薄暗い駐車場を歩きながら無傷の車両を探し始めた。

「しかし、救急車で脱出か……。病院を題材にしたホラーゲームなら、そこでハッピーエンドなんだがなぁ」

「私達のエンドは、この国から脱出する事よ。まだまだ先は長そうだけどね」

「はぁ~、マジか……」

 通信越しでも分かるオリヴァーのうんざりっぷりに内心で同情しながらも、ヴェラは無傷の救急車を発見して中を覗き込んだ。しかし、そこにミドリの姿も無ければリュウヤの姿も無く、ハズれであると物語っていた。

 そして次の救急車を見に行こうとした時、ヴェラの視線がハズれだった救急車のフロントガラスに止まった。フロントガラス越しに映った背後の天井に何かが張り付いていた。よくよく目を凝らして見詰め続けると、漸くその正体が分かった。人馬体型に変形した妊婦型だ。

 スーンもフロントガラスに反射した妊婦型の姿に気付いたのか、「ヴェラさん……」と緊張で凍結した声と共に錆び付いたブリキ人形のように彼女の方を見遣った。

「慌てないで、ガラスに映っているまもりびとが動くのと同時に飛び退くのよ」

「は、はい……!」

 フロントガラスに映った妊婦型は、グッと赤ん坊の前足と母体の後ろ足を折り曲げ、今にも飛び掛からん姿勢に入る。そして車の前で止まった――実際には窓に映る妊婦型を見ている――二人目掛けて、妊婦型は折り曲げた脚部をバネのように伸ばして飛び掛かった。

「今よ!」

 ヴェラとスーンはそれぞれ左右に飛び、直後に二人の立っていた場所に妊婦型が突っ込んだ。完璧だと思われた奇襲を避けられたせいか、前足を担当する赤ん坊は二人が立っていた救急車に頭を激突させ、妊婦型の動きが僅かに鈍った。その隙を突く形でヴェラとスーンが妊婦型に駆け寄り、左右から斧の挟撃を食らわした。

 ヴェラは母体の胴体を、スーンは赤ん坊の頭部を。それぞれを切断する事で妊婦型は行動を停止し、力無くその場に倒れ込んだ。

「オリヴァー! 気を付けて!! 此処にもまもりびとが居るわよ!」

「ああ、今さっき気付いたよ!!」

 それを聞いてオリヴァーの方へ振り返れば、普通のまもりびとが数体ほど彼に群がろうとしており、それをトシヤ共々協力し合う事で何とか蹴散らしている最中だった。それを見てヴェラが駆け出そうとするも、再び天井に張り付いていた妊婦型が彼女の前に降り立ち、立ちはだかった。

「くっ、邪魔をしないで欲しいわね!」

 ヴェラが徐に斧を振るい、自分の顔目掛けて迫って来た母体の爪を弾き返す。斧を振るおうにも対象と距離が近過ぎるせいか返って振り辛差を覚えたヴェラは、一先ず相手との距離を置こうとした。

 ところが、引こうとした体が突然ガクンと揺れて止まった。違和感を覚えたヴェラは視線を足元に落とすと、母体と繋がった赤子がカマキリのような爪を交差させて彼女の足にしがみ付いていた。そして交差した両腕を引き込むようにぐいっと下げ、彼女の足を掬い上げた。

 バランスを崩され転倒したヴェラは起き上がろうと上体を起こすが、既に好機と見た妊婦型が彼女の細い体に覆い被さろうとしていた。彼女は斧を横に構えて向こうの攻撃に備えたが、「ヴェラさん!」と言う呼び声と共にスーンが間に割って入り、飛び掛かろうとしていた赤子の前足を受け止めた。

 スーンが妊婦型の攻撃を受け止めている間にヴェラはバッと素早く立ち上がり、妊婦型の側面に回り込むのと同時に斧を真っ直ぐに振るい落とした。彼女の一撃で母体と赤子に分離され、ヴェラはそのまま母体の首を刎ね、スーンも赤子にどうしようも出来ずにもがく赤子の背中に斧を振り下ろしてトドメを刺した。

「オリヴァー!」

 一息付きたいのも山々だったが、ヴェラとスーンは未だにまもりびとに纏わり付かれているオリヴァーを救援せんと、彼等の元に駆け寄った。

 敵に不意を突かれたのか、オリヴァーの背中に一体のまもりびとが張り付いていた、オリヴァーもそれを追い払わんと必死に抵抗するが、背中のそれは意気地になったかのように中々彼から離れようとしない。トシヤも援護に向かいたいのも山々だろうが、彼も目前のまもりびとを片付けるので手一杯のようだ。

 やがて彼の背に張り付いたまもりびとが鋭い爪を、彼の首元に滑り込ませようとした時、ヴェラが通信越しに叫んだ。

「オリヴァー! 背中を向けな!!」

 ヴェラの声に反応し、オリヴァーは理由も尋ねずに彼女の方へ背を向けた。するとヴェラは赤く熱したヒートホークを石器時代の棍棒よろしく放り投げ、見事オリヴァーに張り付いたまもりびとの背中に深く突き刺さり、寿命が尽きた蝉のように彼の背中から呆気なく落下した。

「助かったぜ。あのまま殺されちまうんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」

「大事な戦力を失わせる訳にはいかないからね」

 チラリと視線をトシヤの方へ向かわせれば、応援に回ったスーンと一緒になってまもりびとを蹴散らしつつあった。そしてトシヤに頭を切り落とされまもりびとが最後だったらしく、再び場は元の静寂な空気に包まれた。

「漸く終わったか……。で、車は見付かったのか?」

「まだよ。今ので大幅に時間を取られたから急がないと―――」

 そう言い掛けた時、彼女の音響センサーが幼い赤子の泣き声を捉えた。それは彼女だけでなく他の三人も同様であり、皆が皆、顔を見合わせて頷き合った。

「ヴェラさん……! この声は……!」

「ええ、間違いない。ミドリよ……!」

 四人は泣き声に導かれるように駆け出すと、救急車が発進する出入り口の脇に停まっていた救急車に辿り着いた。そして慎重に中を覗き込むと、運転席には鍵が刺さりっ放しになっており、その隣にある助手席に救急車の天井に向かって手を伸ばすミドリの姿を発見した。

「ミドリ……!」

 ヴェラはすぐさま扉を開け、泣きじゃくる彼女を抱き上げた。彼女も自分を抱いてくれる存在に安堵を覚えたのか、泣き声も徐々に小さくなり、遂に目から零れ落ちていた涙も止まった。

 それにホッとヴェラは嬉し気な笑みを浮かべるが、直ぐに彼女の心は凍て付くような寒気を覚える事となる。

「ヴぇ、ヴェラさん……あれ……」

 傍に居たスーンが声を震わせながら、ある場所を指差した。彼が指差したのは、ミドリが乗っていた救急車と駐車場の壁との間にある僅かな隙間だ。そこから人間の足と思しき物体が出ており、身に覚えのある――否、リュウヤが着ていたのと全く同じチノパンの裾が見て取れた。

 オリヴァーとトシヤが意を決して隙間を覗き込むと、気持ち悪い物を見たかのような呻きを上げて身を引いた。

「オリヴァー?」

 二人の態度に不安を覚えて近付こうとしたが、それをオリヴァーは掌を突き出すようにして彼女を制止した。

「来るな! 見ない方が良い。恐らく……いや、体型からして間違いなくリュウだ」

「頭と両腕が……その……無くなっています……」

 トシヤの説明を聞いてヴェラは一瞬強い吐き気に襲われた。ついさっきまで行動を共にしていた仲間が呆気なく命を落とした挙句、無残な姿になっているのだ。この残酷なまでの現実に、吐き気を覚えても何ら不思議ではない。

 仲間を守れなかったという悔いがある一方で、命懸けでミドリを守り抜いた彼の行動力と覚悟にヴェラは感謝の念を抱いていた。

「ごめんなさい、リュウ。貴方を守れなくて。そして有難う。貴方に代わって、私がこの子を絶対に守り通してみせる」

 既に冷たくなったリュウヤから返事は返って来ないが、それでも構わない。死者となった彼と交わした約束は、果たさなければならない重い責務となった。そして彼女はそれを全うすべく、仲間の方に振り返った。

「行きましょう。此処を出れば、あとは全てを終わらせるだけよ」

 五芒星の手と目を獲得した今、彼女達がやるべき事は大魔縁の総本山と化したNGの本社に赴き、極秘のデータを集めるだけ。そうすれば全てが終わる―――彼女はそう自分に言い聞かし、他三人もそうなる事を信じて首を縦に動かした。

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