午後12時44分 地下2階の通路奥

 壁と見間違う程の巨大な鉄扉が目の前に立ちはだり、ヴェラ達はその重厚感に只々圧倒された。だが、彼等の関心は直ぐに目の前の扉から、その奥に待ち受けているであろう存在へと切り替わった。

「ヴェラさん。ほ、本当に行くんですか?」

「今更怖じ気付いてどうするの、スーン。もうあの化物達とは何回も戦ったでしょう? 別に不安がる必要はないじゃない」

 ヴェラが呆れながら怖がる必要はないとフォローを入れるも、スーンから返って来たのは怯え切った声であった。

「で、ですが……。日記に書かれていた内容が事実だとしたら、この施設で変異体……まもりびととなった人間がこの先にある実験室に押し込められているんですよね?」

「ええ。でも、日記に書かれた情報によると地下三階にアーマーの予備と緊急用の通信機が置かれてあるのは確かだわ。これを手に入れる必要があるわ」

「それに変異体モルモットも居るかもしれませんから、気を付けて進まないといけませんね」

 最後にトシヤが忠告の様に事実の一つを付け加えたところで、ヴェラは右手の壁にある暗証入力機の前に立った。片手には最後の文章が書かれたページが開かれたままの日記帳が添えられており、ヴェラはそれと入力機を交互に見遣りながら慎重に十桁の暗証コードを入力する。

 そして入力が終わるのと同時に、ガシャンッとロックが解除される音と共に扉がスライドして開いていく。開いた先に待ち受けていた濃密な闇に、切れ込みを入れるように一筋の光が差し込まれる。やがて扉が完全に開き終えると、それと連動して丸天井に備え付けられたスポットライトのような蛍光灯が点灯し、真っ白い光が室内に降り注がれた。

 ドーム状の実験場は広く、それでいてガランとした空虚なまでの広さがあった。日記によれば感染した人々は此処に押し込まれたらしいが、その姿は何処にも見当たらない。はて、何処に居る? 警戒心を滲ませながら辺りを見回すと、実験室の最奥にポツンと置かれた装置を発見した。

「ヴェラさん!」

「ええ、見えているわ」

 スーンの言葉に応じると、三人は駆け足で装置の傍に駆け寄った。底の部分を切り落とした卵のような形状をした装置に、剥き出しのコードやパイプやチューブが複雑に絡み合うように連結されている。装置の中心には覗き窓が設けられており、どうやら此処から機械の内部を覗き込めそうだ。

 試しにスーンが装置の前に立ち、覗き窓を通して中を覗き込んだ。だが、装置の中は案外暗く、装置内部の様子を見通すことが出来ない。

「どうだい、スーン?」

「ちょっと待ってください。思った以上に内部が暗くて―――うわぁぁぁ!!?」

 そう言いながらじっくりと凝視するように内部を覗き込んでいると、突如暗闇の向こうからまもりびとの顔が現れた。いくら窓越しとは言え、人間の命を奪う化物の顔が目と鼻の先にドアップで出現したのだ。これで驚かない人間など居ない筈がない。

 そして徐々に装置の中の様子が明らかとなった。装置の中に居るまもりびとの体には無数のコードが接続されており、更に怪物自身がコネクトを外さないよう電気椅子にも似た厳重なロック機構が備わった椅子に座らされ、手足や胴体に至る身体全てが縛られていた。

 その姿を見て、ヴェラは嫌悪感に満ちた表情で呟いた。

「どうやら日記に書かれてあった試作型の発電装置に組み込まれた変異体――まもりびとのようね。こんな姿を見ると、可哀想を通り越して無残ね……」

「び、ビックリした~……」

 驚きの余り腰を抜かしていたスーンも、向こうが手も足も出せないと分かると安心して立ち上がり、再度装置を覗き込んだ。

「成程、これが地下施設の電力源になっていたって訳ですね。数年にも渡って電力を保持し続けたのならば、この日記の著者が言っていた半永久機関の開発も夢ではなさそうですね」

「スーン、今はまもりびとだけど元は普通の人間……それも若い女性なのよ。軽率な発言は止めなさい」

「す、すいません……」

 スーンの無責任な発言を嗜め、ヴェラはチラリと装置の中に居る彼女を見遣った。

 装置の分厚い金属越しからまもりびと―――嘗ては若くて優秀な女性職員の悲鳴が響き渡る。それが余りにも痛々しい悲痛な叫びのようにも聞こえ、ヴェラは耐え切れなくなって視線を逸らした。

 直後、それまで頭上を照らしていた白い電球が一斉に消え、代わりに補助電球を意味する橙色の強い蛍光灯の明かりが部屋を照らした。室内に電力供給に異常を来したことを知らせるアナウンスが流れ、三人は寄り添うように一ヵ所に集まった。

「たった今、音響センサーに反応があったわ。勿論、アナウンスの事じゃないわよ」

「ええ、私の方でもありました。数は複数です」

「……という事は、まさか?」

「ええ、そのまさかよ。……来るわよ!」

 ガンッという衝突音が天井から聞こえ、一秒後に丸天井のタイルの一部が実験室の床に叩き付けられる。そして天井に出来上がった穴から、まもりびとが忍者のように舞い降り、ヴェラ達に襲い掛かって来た。

 最初の一体をトシヤが危な気なく切り捨てると、今度は複数の天井タイルが一斉に突き破られ、そこからまもりびとの群れが続々と降りてきた。

「ひぃぃぃ! うじゃうじゃ居ますよ!!」

 涙声で叫ぶのとは裏腹に、スーンは脇目もふらずに斧を振るい続け、迫って来るまもりびとを手当たり次第に溶断した。時々目の前の敵に夢中になる余り、無防備な背中を敵に晒してしまう時もあったが、そこはヴェラがフォローに入る事で事無きを得た。

「スーン! 自棄になるんじゃない! 一体ずつ確実に倒していくのよ! 無駄に体力を使えば、後々が辛くなる!」

「わ、分かりました!」

 三人一組で固まりながら、確実にまもりびとを一体ずつ仕留めていく。限りなく黄色に近い緑の体液が辺りに飛び散り、非常灯の色に染まった床の上で色鮮やかに発光する。既に見慣れた光景ではあるが、彼等が元人間であったという知識が加わった今、それに対する思いや気持ちは苦々しさが遥かに増していた。

 やがて相手の勢いが衰え出すと、今度は床の鉄製のタイルが破られ、新たなまもりびとが現れた。今までのまもりびとと異なり数回り以上も小柄で、細く顕著な四足で歩行する姿は正に犬だ。恐らく日記に書かれてあった実験動物の一体なのだろう。しかし、その背中には巨大な球根のような瘤を背負っており、異形化が進んでいた。

 犬型はヴェラ達へと一定の距離に近付くと立ち止まり、狙いを定めるかのように彼等を睨み付ける。すると背中の球根が微かに割れ、先端にウツボカズラのような袋を付けた三つの蔓が隙間から伸び出てきた。

 そして袋の口をヴェラに向けると、青緑色の液体を纏った種を弾丸のように吐き出した。種を纏っていた液体が空気に晒されるや、まるでリンを塗りたくったかのように種の表面に青白い炎が舐めるように滑っていく。

 彗星の様に尾を引いた火球と化した種を目にしたヴェラは、寸でのところで回避した。代わりに彼女に襲い掛かろうとした別のまもりびとの体に命中すると、火球は暫しまもりびとの体に付着し、数秒後に種そのものが爆発した。その威力たるや、まもりびとの堅牢な肉体に穴が開く程だ。開いた穴から体液を放出させながら崩れ落ちたまもりびとを見て、ヴェラは二人に警告を出した。

「スーン! オリヴァー! あの犬型に気を付けて! 飛び道具を持っているわよ!」

「気を付けろって言われても……!」

「兎に角! 撃たれる前に仕留めるのよ! この乱戦で飛び道具を使われたら厄介よ!」

 そう言ってヴェラは犬型に向かって駆け出した。犬型は次弾を装填して発射しようとしているのか、蔓の膨らみが上の袋へ向かって進んで行く。

 先に辿り着いたのはヴェラだった。斧を鋭く振り抜き、三つの触手を切断した。攻撃の術を奪われた犬型が鋭い牙が並んだ口を大きく開けて噛み付こうとしたが、反射的に繰り出された彼女の足が口に突っ込まれ、そのまま思い切り踏み付けられた。

 幸いにも犬型は他のまもりびとと比べて大した防御力を持っていなかったらしく、コングの一踏みでグチャリと頭を踏み潰され、数度痙攣した後に動かなくなった。足裏に伝わる生々しい感触にヴェラは顔を顰めてしまうが、直ぐに視線を持ち上げて周囲の状況を見回した。

 するとヴェラの視界に見覚えのあるまもりびとを発見した。ぶよぶよと醜く太った肥満型だ。彼女はまもりびとの群れを潜り抜け、素早く肥満型の前に辿り着くと相手の両足を切り落とした。みるみると赤くなる時限爆弾に目を落としながら、すぐにバッと振り返り二人に向かって叫んだ。

「二人とも! 離れて!!」

 倒れていた肥満型が目に入ったのか、二人とも理由を聞かず一目散に回れ右をし、その場から離れた。そしてヴェラも急いで駆け足で肥満型から離れ、心の中で五秒数え終えるのと同時にヘッドスライディングして冷たい鉄のタイルに滑り込んだ。

 彼女が床に伏した直後、激しい爆発音と共に夥しい液体が辺りに飛び散った。強酸性の体液を体に浴びたまもりびと達の体が脆い泥人形のように崩れ落ちていき、やがてその場に倒れたまま息絶えた。

 そして今の爆発が戦いの情勢を左右する決定打となったらしく、爆発が終わってみればヴェラ達以外に動いている者は誰一人として居なかった。同時に発電装置の異常が自動修復されたというアナウンスが流れ、部屋の中は非常灯の明かりから通常照明の明かりに切り替わった。

「どうやら今の爆発が決定打になったみたいね」

「何はともあれ、命があって何よりですよ。流石にあれだけの数を相手にして、勝てるかどうか不安でしたし……」

 流石のトシヤも思わず肝を冷やしたらしく、口調には弱気な本音が見え隠れしていた。

 そして三人は実験室の最奥に設けられた地下三階へと続くエレベーターに乗り込み、その場を後にした。

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