午後13時16分 地下三階

 ポーンという軽い音がエレベーター内に響き渡り、目の前の白い扉がスライドする。三人が降り立った地下三階は今までの階とは異なり、無駄に広い空間も無ければ、これといった特徴的な機材も置かれていない。簡潔に言うなれば、研究所らしい設備や空間ではなかった。

 地下三階が丸々警備員が駐屯する警備室という体を成しており、一階から三階の要所に備え付けた監視カメラの映像を映し出すモニター群と、緊急用の通信機が一緒に設置されていた。あくまでも万が一の事態に備えてという、非常時や災害時における彼等の姿勢が窺える。だが、目的の品物が目の前にあるのは幸いだ。無駄に動き回って探す手間が省ける。

「スーン、通信機から使える部品を抜き取っておいて。私とトシヤはパワードスーツの予備を探すから」

「了解しました」

 スーンは通信機の前にしゃがみ込むと、持参していた工具でテキパキと外装を取り外し中身の部品の物色に掛かる。ヴェラとトシヤは左手にある警備員の使っていたロッカールームに足を踏み入れ、手当たり次第に中を開けてパワードスーツの部品を探し始めた。

 ロッカーの大半は空であったり、警備員の私物だった物が依然として置かれてあった。ヴェラとは無関係だが、此処に居た人達の末路を想像すると何とも言えないセンチメンタルな気持ちを抱いてしまう。

 一旦その気持ちに蓋をして根気強く探し続けると、漸く念願のパワードスーツを発見した。

「ヴェラさん、見付けました!」

「使えそうかい?」

「オリヴァーさんが壊した運動制御プログラムは、元々この旧式に組み込まれたプログラムを改良したものですから。改良自体は機械に明るいスーンさんに任せれば問題ないでしょう」

「なら、問題ないね」

 ロッカールームの壁に埋め込む形で収納されていたパワードスーツ専用の大型ジュラルミンケースを取り出し、その中のクッション材の窪みに沿ってスーツを一つずつ丁寧に詰め込む。ついでにロッカールームに置かれっ放しになっていた――厳密に言えば警備員の遺物だが――ボストンバックを空にし、それを通信機材の入れ物として利用する事にした。

「スーン、状況はどうだい?」

「ええ、幸いにも注文のブツは無傷な上に全部揃ってました。これなら修理も――」

 その時、スーンの言葉を遮る形でガタンッという音が響き渡った。しかも、例の如く天井裏からだ。

 スーンは作業していた手を止めて不安げに頭上を見上げ、トシヤは両手を封じていたケースとバッグの荷物を乱雑に捨てるように置き、代わって背中の斧に手を回した。ヴェラも背中の斧に手を回そうとした瞬間、バンッとダクトが破壊される音と共に一体のまもりびとがヴェラとスーンの間に降って来た。

 その時のヴェラはタイミング悪く、周囲を見回していた為にまもりびとに背を向ける格好となってしまった。気付いて振り返ろうとするも流石に分が悪く、まもりびとの振るった腕にぶつかり倒れてしまう。

 倒れた彼女に追い打ちを掛けようと、まもりびとは鋭く尖った腕を天に向けて高々と掲げた。

「こ……このぉー!!」

 だが、そこでスーンが男を魅せた。斧を抜いて攻撃するのでは遅いと判断し、全力でタックルを仕掛けて自分ごと相手を転ばしたのだ。相手の背中に圧し掛かり、暴れる両腕を上から抑え込むように封じると、「トシ!」と必死な声色で叫んだ。

 トシヤも彼の言わんとする事を瞬時に理解し、斧を手に倒されたまもりびとの横に立つ。そして大昔の処刑人の如く掲げた斧を容赦なく振り下ろし、まもりびとの首を刎ねた。

 一体仕留めても他に追撃が来ない事を確認するとホッと胸を撫で下ろし、スーンは恐る恐る跨っていたまもりびとから退いた。

「助かったよ、スーン。ナイスファイトだったよ」

「ははは、そりゃどうも……。自分でも何をしたのか分からない程に一杯一杯でしたけどね……」

「それでも助かったのは事実よ。礼を言うわ」

 スーンの肩に置かれた励ましを意味するヴェラの手が離れ、代わりに差し出すような手に代わる。それを見遣ったスーンは迷うことなく彼女の手を握り、そのまま引っ張られる形で立ち上った。

「話は戻るけど、部品は全部揃っているの?」

「ええ、全部揃っています。これなら向こうの言う修理もバッチリですよ」

 自信タップリにスーンが指差す先には綺麗に分解され、一つ一つのパーツとなった通信機の部品が揃っていた。それら一つずつに目を配り、任務を果たして感無量と言った表情を浮かべていたヴェラだったが、最後の一点が目に入った途端「ん?」と眉を顰めた。

「スーン、このパッドは何なの?」

「ああ、昨日僕のパッド壊れてしまったじゃないですか? トシから貰った小型のヤツがあるんですけど、やっぱり僕的には大きい方が操作的にも扱い易さ的にも良いなぁと思いまして……。それで、此処に置かれてあったパッドを頂戴して壊れたパッドの修理に充てようかなぁと……」

 しどろもどろに言葉を綴るスーンの話を聞いて、ヴェラもそう言えばと昨日の出来事……スーンのパッドがトシヤに踏まれて壊れていた事実を思い出した。すっかり小型パッドを扱うスーンの姿が板に付いていた為、本来はトシヤからの貰い物である事をすっかり失念していた。

「まぁ、此処には使う人ももう居ないからね。どうせ持って帰っても構わないでしょうし、良いんじゃない?」

 ヴェラから許可の言葉が降りるとスーンはあからさまに安堵の溜息を零した。それを見て見ぬ振りをしたヴェラは、トシヤにスーンがバラした部品をボストンバッグに詰め込むよう指示を出した。

「トシ、バッグに部品を入れて頂戴。これさえ詰め込めば、あとは脱出するだけよ」

「了解」

 トシヤがバッグに部品を詰め込むのを横目で見送ると、何気なく首の切断されたまもりびとに目を遣った。このまもりびとも血に汚れた白衣を身に纏っており、此処の研究者であった事を物語っていた。

 そして視線を死体から外そうとした時、まもりびとの下にキラリと光る物体を目敏く発見してしまう。ヴェラは死体を僅かに退かせて物体を手にした。

「身分証?」

 それは施設の関係者である事を明かす身分証であった。銀色に輝く裏面から、名前と顔写真が貼られた表面へと何気なくひっくり返した瞬間、彼女は思わず瞠目した。

「これは……!」

「どうしたんですか?」

 彼女の息を飲む音に只ならぬ何かを察知してスーンがヴェラの肩越しから身分証を覗き込む。そして彼も息を飲んだ。何故なら、身分証明書に記された名前は『ケンジ・トリイ』……ヴェラが手に入れた日記帳の持ち主だったからだ。

「まさか、この人が日記の……?」

「それ以外に考えられないね……。他に何か手掛かりらしい物はないかしら?」

「ちょ! ヴェラさん! まもりびとに触って大丈夫なんですか!?」

「もう既に首を落とされているから大丈夫よ」

 そう言いながら白衣の内側から外側に至るポケットを手探りで探ると、二つのペン――普通の黒ボールペンと黒塗りの万年筆――が出てきた。日記を書き記していたのだから、ペンの一つや二つ持っていたところで何らおかしくはない。しかし、スーンは片方の万年筆を拾い上げるとマジマジと観察する様に眺め、そしてヴェラの方に顔を向けた。

「ヴェラさん、これ万年筆じゃありません。万年筆の形をしていますが、ボイスレコーダーですよ」

「ボイスレコーダー?」

「ええ、見て下さい。一見すると万年筆ですが、キャップを外すと……ほら、ペンじゃなくってレコーダーが組み込まれているでしょう?」

「本当だわ……。これ、音声とか聞けるの?」

「ちょっと待ってください。……多分、これですね」

 スーンが万年筆型のボイスレコーダーを隈なく観察すると、キャップの天冠に出っ張ったスイッチがあるのを見付けた。そしてスイッチを押すと、万年筆から行も絶え絶えな男の声が流れてきた。

『このメッセージは……恐らく、私の遺言となるだろう……。最も、この絶望的な状況下で私のメッセージが届くとは思えないが……それでも一応伝えておきたい。この変異体になり掛けている私自身の気持ちや気分に付いてだ。運が良ければ、今後の研究の材料となるだろう……くくっ。

 変異体になり掛けているせいか、意識が朦朧としているのだが……不思議なことに、全く苦しさや痛みは無い。寧ろ、快感すら覚える程だ。既に皮膚の七割以上が樹皮化し、恐らく体内にある内臓や血肉が作り変えられているのだろう。言葉に表現するのは難しいが、体内に凄まじいエネルギーの流れとも言うべき通り道が出来上がりつつあるのが分かる。

 ととと特にや、奴は……ホンダは変異体に興味を持っていた。確かにアレの能力は一目置く価値があるし、研究材料としても申し分ない! だが、ヤツの目的は分かっている! ヤツは変異体となった生物を制御する方法や術の開発に没頭していた! 即ち、ヤツの目的ハ……ヤヅハァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

 人間の理性が崩壊し、まもりびとの野生と狂気に飲まれる雄叫びがマイクから溢れ返る。その叫びにヴェラとスーンは絶句し、やがて聞くに耐えられなくなった彼女はボイスレコーダーを奪い取るように手にすると、スイッチを切った。

「ヴェラさん、今のって……」

「一人の研究者の末路ってヤツね。全く、死に直面しても研究に付いて言及するなんて……救いようがないね」

 研究者と呼ばれる人間が最後まで研究を思うのは立派な行いと言えるかもしれないが、彼等が生み出した変異体ことまもりびとのせいで、大勢の人間が死んだのだ。そう思うと立派云々よりも、無責任ではないかと愚痴を呟きたくもなる。

 だけど、既に死人となった人間に愚痴を零したところで状況が好転する訳でもなく、ヴェラは苛立ちを募らせた溜息を吐き出した。そして今のボイスレコーダーで言っていた『ホンダ』という人間の名前が気に掛かり、ジッと手中にある万年筆に似せた録音機に目線を落とした。

「しかし、今のホンダって名前が気になるね。恐らく研究員の仲間なんだろうけど、何者なんだろう?」

「この一件が終わった後で、リュウに聞いてみたら如何でしょうか? 彼なら何か知ってるかもしれませんよ」

「そうだね。まぁ、その頃には日本から脱出している―――」

 『かもしれない』と続く筈の台詞は、突然マイクから鳴り響いた雑音で掻き消されてしまった。突然のノイズに三人とも驚いたものの、直ぐにマイクの向こうから陽気な声が聞こえると驚きの代わりにイラッとした苛立ちが込み上がった。

『よう! 大丈夫かい!? 突然会話が途切れちまって心配しただろう!? でも安心しな! 俺はこの通り元気だぜ~!?』

「……オリヴァー」

『ん、どうした?』

「戻ったらアンタの腹を思い切り殴らせて。理由は聞かないで。説明するのも面倒だから」

『待て待て待て!? どうして急にそんな物騒な話になってんだよ!?』

 慌てるオリヴァーの後ろから「ちったぁ落ち着けよ」と呆れたリュウヤの声が割り込んだ。そしてマイクから聞こえる通信の主がオリヴァーからリュウヤに変わると、ヴェラは内心で込み上がった怒りのマグマを何とかして鎮まらせた。

『すまないな、こっちの通信機を繋いでいたパワー・カップリングが突然ぶっ飛んじまってよ。何分、調整が難しいという欠点もあるし、今こうやって話せてはいるけど、何時またぶっ飛ぶやら……』

「丁度良かった、実はリュウに聞きたい事があったのよ」

『俺に?』

「ホンダって男の事を知っているかしら? こちらで見付けたトリイと言う名の研究員の日記に、その名前が――」

『おい、ちょっと待て。トリイにホンダだと!? まさかケンジ・トリイとマサル・ホンダの事か!?』

 突然彼の声色が真剣味を帯びた硬いものへと変わったのを耳にし、大当たりだと確信するが一方で良からぬ気配も感じ取った。

「その様子だと、どうやら聞き覚えがあるみたいね?」

『ああ。二人とも良く知っている。何せ、それぞれ五芒星の一角を担っていたからな』

「五芒星?」

『NG社のGエナジー研究全般を総括する五人の最高責任者グループの総称だ。五人からなる事から、何時しか五芒星という名前が付けられた。俺達平の研究員からすれば憧れであり、雲の上のような人物さ』

 リュウヤの言葉には尊敬や憧れといった感情がヒシヒシと伝わってくるが、トリイの研究欲と野心が詰め込まれた日記を見てしまったヴェラは、意外という信じ難い感情しか湧き上がらなかった。トリイなる人物は、あくまでも表面上は研究者の見本のような振る舞いをしていたのだろうか? だとしても、今となっては知る術は無いし、知る必要も無いが。

『しかし、トリイさんは死んじまったのか。惜しいなぁ、もし生きていたら、それこそアメリカとかでGエナジー関連のVIP研究員として優遇されただろうに……。そんでもってホンダの方だが、最初の通信で完全に言いそびれたが、俺が言い掛けた言葉を覚えているか?』

「ええ、確か大魔縁の大司教の名前……だったわね。それが何か?」

 ヴェラが意味深げに尋ねると、マイクの向こうでリュウヤの重い溜息が聞こえた。そして息を吸い込むと、彼は意を決して答えを口にした。

『マサル・ホンダは……今言ったNG社のGエナジー研究全般を総括する最高責任者グループ『五芒星』の一人であり、現在は災厄のグリーンデイ以降ユグドラシルを心棒する宗教団体『大魔縁』の大司教だ』

「何ですって?」

 ヴェラは思わず聞き返しそうになった自分の気持ちに制動を掛け、黙って彼の言葉に耳を傾けた。

『ホンダは五芒星と呼ばれる最高幹部の中でも若くしてナンバー2の座を勝ち取った、超が付く程に優秀且つ才気に富んだ人間だった。そんな秀才が、災厄後はユグドラシルを信奉する過激的な宗教組織の首領になったって知った時は、俺自身も驚きの余り言葉を無くしたぜ』

「私達が手に入れた情報によると、ホンダはまもりびとに強い興味を持っていたみたいなの。そして私達が今居る施設では、まもりびとは変異体と呼ばれて極秘裏に研究されていたみたいよ。それも災厄が起こる、ずっと前からね」

『何だと!? そんなの初耳だぞ!?』

「貴方自身が言っていた情報統制と秘密主義の賜物というヤツでしょうね。どうやら貴方の所属していた会社、奥深い闇を抱えているみたいよ。」

『マジかよ……』

 そう呟いたままリュウヤは沈黙してしまった。無理もない、自分の命を奪おうとした化物が、実は自分達の所属する会社の産物だったなんて知りたくなかったに違いない。けれども彼は何か言わなければいけないと考えたのか、「あー……」と言葉迷わせながら次なる質問に漕ぎ着けた。

『それで他には何か書かれてあったのか? そのホンダがまもりびとに興味を持って、何かをしようとしていたとか?』

「残念だけど、そこまでは……。でも、貴方が言っていたわよね。大司教がNG社の研究員を強引に掻き集めていると。もし、その話が事実だとしたら研究員を掻き集めている理由が見えてくるかもしれないわね」

『まさか研究員を掻き集めている理由は、そのまもりびとの研究を続ける為なのか? だとしても何の得がある? いくらまもりびとに興味があるからって、あんな化物共を研究する価値よりも失う物が多過ぎて割に合わんだろう?』

「……荒唐無稽な話だけど、もしも彼がまもりびとの力を手に入れようと画策しているとしたら、どんな方法があると思う?」

『まさか……まもりびとを手懐ける気か!?』

 リュウヤの口調は有り得ないと言外に言っているも同然だが、一方で仮に実現したらどうなるかと訴えかけている気もした。無論、そんな仮説が実現したらなんて想像するだけでも悍ましい。

 ヴェラも出来る事ならば彼の意見に同意したかったが、ホンダという男が野心を持っている以上、この研究成果を手放しにするという可能性は捨て切れない。現に彼は研究員を掻き集めているのだ。寧ろ可能性は残念な事に大きいと言えよう。

「恐らく、そうでしょうね。もしもまもりびとを制御し、自分の思うがままに操る事が出来れば……」

『まもりびとのみで結成した軍隊の誕生も夢じゃないってか。想像するだけで恐ろしいぜ』

「まもりびとに火器は通用しない。食料も要らない。ゾンビ以上にタフで動きも俊敏、まさに最強最悪の軍隊となるでしょうね」

『……で、どうやってホンダを止めるんだ? まもりびとを手懐ける方法が研究中だとしても、向こうには大魔縁の信者という厄介なシンパ達がごまんと居るぞ?』

「それは私達の仕事じゃないわ。今の話を含めた日本の危機的状況を通信で伝えれば、きっと海軍はアメリカ本国にどうするべきかと相談という形で話を持って行ってくれるわ。そうしたら国際社会も必ず動いてくれる」

『時間は掛かりそうだが、それが確実かもしれんな。で、その肝心の通信機の修理に必要となるパーツは揃ったのか?』

「ええ、バッチリよ。オリヴァーのコングの修理に必要となるパーツもね」

『そりゃ良かった!』切羽詰まったオリヴァーの声が鼓膜を叩いた。『こっちはミドリの面倒で精神的にも肉体的にもクタクタだ。これなら愉快な仲間達と一緒に肩を並べて仕事をしている方が遥かにマシだよ!』

「良い勉強になったでしょう? それとオムツの向きは覚えたかしら、シッターさん?」

『ええ、おかげさまでね。でも、一度顔に小便を掛けられて漸く悟ったよ。俺にこの仕事は向いちゃいないってね』

「そう? イケメンのベビーシッター……ママさん達の間で売れそうだよ?」

 愉快気に揶揄うと通信機の向こうから「勘弁してくれよ……」と心底弱り果てた声が返って来た。どうやら彼にはベビーシッターという仕事は不適格だったようだ。そう思うと今さっき抱いた苛立ちが自然と消化されていった。

「それじゃ、今すぐに戻るから。待ってて頂戴」

『おう、心待ちにしているぜ』

 その言葉を最後にリュウヤとの通信は切れた。振り返れば既にトシヤもボストンバッグにパーツの詰め込みを終えており、あとは此処からの脱出を果たすだけだ。

 ……いや、違う。ヴェラにはもう一つだけやらねばならない仕事が残っていた。それは本来の仕事には含まれないが、彼女個人として果たしておかなければならない使命感みたいなものであった。



 エレベーターが上がって研究室に戻ると、ヴェラは二人を呼び止めた。

「悪いけど、あっちの出口で待ってて貰えるかしら。直ぐに終わるから」

「ええ、それは構いませんけど?」

 二人ともヴェラのお願いに首を縦に動かし了承したものの、彼女が何をする気なのかは全く分かっていない。そして言われたとおりに二人が出口に向かって歩き出すのに対し、ヴェラが歩いて向かった先は、あの試作型の発電装置だった。

 装置の扉を斧で焼き切り、中で捕らわれていた彼女を見下ろした。身体中に無理矢理付けられたコネクトが痛々しく見えるだけでなく、犯永久機関として利用される為に体内のGエナジーを吸入され続けたせいか、他のまもりびとよりも遥かに痩せ細っていた。例え凶暴な化物という認識を持っていたとしても、この姿を見ると同情を禁じ得なかった。

「待ってなさい、今楽にしてあげるからね」

 当初は装置の一つに組み込まれたまもりびとも警戒感を露わにした唸り声を発していたが、ヴェラが灼熱の斧を頭上に掲げると、喉奥から出していた唸り声をピタリと止めた。

 自分を地獄の苦しみから解放してくれると理解したのだろうか。装置のまもりびとは深々と頭を擡げて動かなくなった。その姿は、死を待ち望む人間と何ら変わりなかった。

 そしてヴェラは両手に力を籠め、燃え滾る斧を振り下ろした。赤熱した刃は彼女の頭から胴体までを易々と切り裂き、唐竹のように真っ二つに割れた身体からは微量のGエナジーしか零れ落ちなかった。それが彼女を苦しめていた年月の長さを物語っていた。

 再び実験室がオレンジ色の非常灯の光で包み込まれ、電力装置に深刻な異常が起こった事を知らせるアナウンスが流れ出す。しかし、ヴェラはアナウンスの声に気にも留めずに、出口で待っていた二人の仲間と共に研究室を後にした。


 その場に残ったのは無数のまもりびとの死骸と、忌まわしくも人類の夢と謳われた装置と、その装置に縛られ続けた彼女の死体だけであった。

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