01-2 女王様の「おしおき」よっ!
「さあてと……。準備はいい」
ここは深夜の夢世界。藤田なんとかってストーカーの夢の、すぐ外側。まあステージで言ったら、舞台裏ってとこ。といっても視覚的には、単に白一色の世界。そこに私とリンちゃんが浮かんでるだけなんだけど。ちょっとだけまぶしいわ。
「あっああ……」
リンちゃんはもじもじしてる。恥ずかしいのね、きっと。だって舞台衣装として、チョー派手な革のSMボンデージ着させたからさ。普段のポニーテールも解いて、挑発的で妖艶な(と言うには子供だけど)髪型に整えてある。
レオタードは、もうハイレグ&胸丸出し寸前って奴。黒光りする革製で、ところどころブラウンの留め具で締め付けてるの。それに黒の網タイツ穿かせてる。デザインは、「マゾッホの眷属」
「あっあのさ。この服、体の線丸出しじゃん」
やっぱり。
「恥ずかしい? もう少しおとなしいデザインに変えとく? はあ」
「いや、これでいいんだけどさ……」
なんか歯切れ悪い。
「ここ、夢の世界じゃんか。夢ってのは現実からは自由なものだろ。だから……その」
「はっきりいいなよ、はあ。全然リンちゃんらしくないし」
「その……胸」
「胸?」
「胸……もっとデカくしてほしい……」
最後、消え入るような声になったと思ったら、まっかになってるじゃん。手で胸を押さえてるし。
「デカく……」
「そっそうさ。あたし、
かわいいー。
「うんいいよ。ちょっと待ってて」
恥ずかしかっただろうに思い切って言ったんだ。あんまりツッコむとかわいそうだからさ、あっさり受け入れてあげたわ。はあ。
それにリンちゃんの胸、ツルペタというわけじゃないんだけどね。私や
目をつぶると、私は集中した。こんな調整、夢に出す人形なら一瞬なんだけど、相手は本物のキャラ、中身入りだから。肉体改変は、それなりに難度高いんだよ。
「えーいっ」
振った腕の周囲に、七色の火花が飛んだ。真っ白の空間だから、すごくきれいだよ。
んぱっと、リンちゃんの胸が大きくなった。そう、私と同じくらい。もちろんボンデージも、それに従ってサイズが変更されてるし。
「うわっ重い」
なんだか身も蓋もない感想だわ。色っぽくないなあ……。
「うーん……」
自分の胸を撫で回してる。
「大きいと、こんな感じなのかあ。想像どおり柔らかいけど、ちょっと芯があるんだな」
「そうだよ。重いから、肩が凝って仕方ないんだからね。走るのも大変だし」
「へえ……。デカけりゃいいってもんでも、ないんだな」
私の胸と見比べながら、感心している。
「それより、そろそろ始めるよ」
「ああ悪い悪い。んじゃあやるか。悪党退治」
「では……人形を出してっと」
「いいこと人形ちゃん。私の言うとおりに、クズを誘導するのよ」
「はーいっ」
楽しげに、人形が手を上げた。最終確認を三人……というかふたりと一体で済ませると、私は腕を振る。世界が暗転した。高速エレベーターのように、一瞬だけ、すうっと体が軽くなる。
いよいよストーカーの夢に侵入よっ!
●
「なんだここ。汚い世界だなあ……」
リンちゃんが顔をしかめた。
たしかにそう思うわ。私、伊羅将くん以外の夢に出たのは、サミエルが初めてで、ここが二回めだけど。サミエルより薄汚い世界って、なかなかだよね。
見回すとどこかの狭い路地裏で、エロ系のポスターがそこここにベタベタ貼ってある。それも何重にも重なってて風化してるから、不潔っぽいことこの上ない。板塀に挟まれて小さく見える空は鉛色。そこにも電線が縦横に走り、すごーく窮屈な感じ。
「なんとなくいやらしい感じもするしさ」
溜息をついている。その脇で、鈴懸ちゃんそっくりの人形は、興味ありげに周囲を見回しているわ。
「でも男なんて、考えてるのはだいたいこんな感じだって、母上に習ったよ。平均して何分かに一回はスケベなこと考えるらしいし」
「ホントかよ」
「そうそう。だからこそ、私たち
「それもそうか……って、もしかして伊羅将もか?」
「うーんと、そうねえ……はあ」
これまでこっそり脇から覗いてきた伊羅将くんの夢や昼間の妄想を、ちょっとだけ思い返してみた。
「もっと凄いかな」
「もっと!」
「うんそう。ご先祖様も見てきたけどさ、あれはもう、物部家の血筋ね。他の殿方の十倍くらいは妄想出てくるし。はあ」
「なんか気持ち悪いな」
唸ってるし。
「てことは、もしかして……あたしのことも、伊羅将は――」
「えへへっ。凄いよー。もう表から裏から。それに上にして激しく……」
頷いてあげたら、またまっかになっちゃった。
「くそっ。もう伊羅将の顔、まともに見られないじゃんか」
「いいのいいの。リンちゃんも逆に、伊羅将くんにアレコレされる妄想にふけったらいいじゃない、はあ」
「ええーっ。そんなあ……」
うれしそうに絶句してる。体、クネクネさせたりして。
「はあ。もういいかな。今路地の先、藤田が横切ったから」
「ああ悪い悪い。じゃあ始めるか」
正気に戻ったけど、まだ少しだけ顔が赤いわ。かわいいー。
●
鈴懸ちゃんの人形に、路地を出ていってもらった。そこで派手に転んでもらって。――もちろん、藤田のクソ野郎は、すぐに引っ掛かったわよ。
「おっ」
目ざとく人形を見つけて、寄ってきた。では電柱の陰から、こっそり観察観察っと。
「浅川だな。なんだやっぱり俺のこと気になるのか。ストーキングしてるんだろ」
「ぐ、偶然だし」
「へっ」
上から下まで眺めてるわ。イヤらしい視線で。ほんと、鈴懸ちゃんが言ってたとおり、超チャラい雰囲気の奴。荒れた肌に薄汚れた茶髪、服はだらしなく伸びてるし。それでいて赤い靴下でシャレてるつもりとか。
「なんだあいつ。逆じゃん。くそストーカーのくせに……」
陰から飛び出ようとするリンちゃんを、私は全力で押さえる。
「離せよ。想像以上にムカつくから噛み殺してやる。くそっ」
「静かにっ。ほら始まるよ」
続いている「お芝居」を指差すと、リンちゃんも、ようやくおとなしくなったわ。
「まあ……そうだな。俺様も浅川のこと嫌いじゃないし、付き合ってやってもいいぞ」
「つ、付き合うって、どういう意味?」
「どうもこうも……」
人形を見てニヤけている。なんか悪いこと考えてそうな視線だし。
「そうだな。まずは宣言してもらおうか。なんでも言うことをきいて、俺様の彼女になるって」
「彼女って、なんでも言うこときくとかは違うと思う」
「そんなことないさ。俺様くらいのイケメンになれば、なんでもしてーって女が群がってくるからな」
「そ、そんなの奴隷じゃん」
「そう奴隷。奴隷契約さ。うまいこと言うな、お前」
「奴隷……契約」
いいいい。人形ちゃん、見事なリードよ。シナリオどおり。
「そうだなあ……」
天を仰いで、人形は、しばらく考えているフリをしている。
「奴隷契約、してもいいよ」
「おっマジかよ」
驚いている。
「これまでつきまとった女で、初めてうまくいったな。さすが俺様だ。夢じゃねえのか、これ」
なんか顎を掻いてるわ。ニヤけながら。ま、夢なんだけどね、実際。
「やっぱ付き合うよりは、つきまとったほうが早いな。女を奴隷にするには」
付き合ったことなんか、どうせないくせに。クズねえ、こいつ。
「女を奴隷?」
「そうさ。浅川、お前が奴隷だ」
「そこ勘違いだね。奴隷になるのは藤田、あんただし」
「えっ!?」
「じゃあ奴隷契約、成立ねっ」
人形ちゃんの言葉を合図に夢に介入し、私は場面を転換させる。
スパッと。
●
壁も床も黒い部屋――。黒いドレープが下がり、中央に藤田のクソ野郎が立っている。いや、立たされている。なんたって、棒に縛り付けられてるからねー。そう、夢世界でサミエルを縛り付けたみたいな棒にさ。目の前に立ってるのは、私ひとり。
「起きなさーい」
声をかけると、はっと正気を取り戻す。
「んっ……。ここ……どこだ。……てか、動けないし」
周囲を見回している。暴れても無理だよ。夢の世界じゃ、この夢探偵レイリィ様の支配からは逃れられないからねーっ。
「お前、誰だよ」
「私は神様。人には夢探偵って呼ばれてるわ。はあ」
「はぁぁー? 頭イッてるのか。ヘンな服着やがって」
「かわいい? これ、こないだ観たアニメで誰か着てた奴参考にしたんだー」
身バレが嫌だから、私は制服着てないの。なんというか神様っぽい(と相手が考えそうな)、虹色に光るヘンなワンピースみたいの着てるわ。
「そんな神様いるわけないだろ」
口から唾を飛ばして興奮している。
「いるもん。ここに」
さすがにムッとしたわ。せっかく名探偵っぽい会話を楽しみたかったけど、もういいや。ホントこいつ、嫌な奴。
「まあいいわ。とりあえず藤田くん、あなた、奴隷になりたいんでしょう、はあ」
「アホか。奴隷契約ってのは、俺様がご主人様役に決まってんだろ」
「あーもう、まだるっこしい」
ドレープの陰から、リンちゃんが飛び出してきた。ストーカーを食い殺しそうな勢いで。もちろん例のボンデージ姿よ。鞭を持ってね。あのーシナリオでは登場、もっと先なんですけどー、はあ。
「この男かよ。奴隷志願の奴」
「そうみたいです。女王様」
始まっちゃったから仕方ない。私も話、合わせるわ。
「なんだてめえ。急に出てきて。なんだその鞭は。すっこんでろ」
「いいから早く腹出しなよ。こっちだって眠いのにわざわざ出張してきて奴隷扱いしてやんだからよ」
あらリンちゃん似合ってるなあ、この役……。その話し方、ただ「素」なままだし。
「は、はあ? なに言ってんのおま――」
リンちゃんが鞭を振り下ろす。腹に当たって、藤田がなんとも表現しようのない悲鳴を上げる。あえて書けば「あうっうひぃいいず」とかそんな感じに聞こえたわ。
「い、痛いじゃないか」
「当たり前じゃん。鞭なんだから。おまけにこれSM用じゃなくて懲罰用の本物だってよ。レイリ……神様によると」
「ちょっと待て、よくわからんが、それどうい――」
また鞭が宙を舞う。藤田は背中をのけぞらせて苦しんでいる。
「とにかくお前、あちこちで有名だからな」
「そ、そりゃモテるからな……」
荒い息で強がってる。
「アホか。クズなストーカーとしてだよ。このっ」
ぴしっ。のけぞって苦しむ藤田の腹は、すっかり赤くなってるわね。
「……だから痛いって。いいかげんにしろっての」
「そりゃ二十回くらいで気絶するとかいう鞭だったし、当然だろ」
また鞭がうなる。なんだか「やってるだけ」になってるから、口をはさむことにしたわ。
「とにかくあなた。次々つけまわすの、止めなよね。事前調査で夢観察したら、すごーく経験豊富で、びっくりしちゃったわよ」
「そ、それに関しては言い分があります。神様」
あら、神様って認めてくれたみたい。
「俺様が後をつける女は、みんな美人ですから。その……浅川だって、超美少女というか――」
びしいっ。
「んあうっ。……ち、ちょっと待て。ほめたんだろ今の」
「ああ間違えた。まあいいか」
豪快に、リンちゃんは笑ってるわ。
「じゃああたしの友達をほめてくれたみたいだから、ご褒美あげないとなっ」
びしびしっ。鞭の連続攻撃に、藤田が悲鳴を上げてのけぞる。
あらーリンちゃん。プロになれそうじゃん、その道の。
「いい加減にしろよ。このヘンタイ」
「はあ? 奴隷のくせにあんた、女王様に向かってなにさその態度。――んがうっ」
「てててててっ! よせ。止めろって。てててて」
鞭を放り出して、リンちゃん、とうとう腕に噛み付いてるじゃない。……さすが「噛み付き魔リン」。もう無茶苦茶だから、そろそろ締めに入るわ。
「藤田くん。あなた勘違いしてるようだけど、実際の女の子は、こんな風にこわーいからね。頼りになるボーイフレンドだって多いし。いつあなた殺されるかわからないよ。もう犯罪行為は止めたほうがいいと思うけれど」
私のアドバイスを、藤田は、はあはあ荒い息で聞いてるわ。
リンちゃんの鞭が、今度は尻を捕らえる。
「そろそろ飽きたね、この奴隷も。ほら、蜂蜜」
「はい。女王様」
リンちゃんから渡された蜂蜜を、汗まみれの体にくまなく垂らしたりなんかして。
「な、なんだよこれおい」
「……」
「なんか言えよ。神様も、じ……女王様も」
「……」
「で、奴隷のあんたは……」
鞭の柄でぐいっと藤田の顎をしゃくり、うっとりと目を細めたリンちゃんが、小声でそっと訊く。
「アマゾンの軍隊アリとキイロスズメバチ、どちらがお好み?」
「……えっその、それはなんでしょうか女王様」
思わず変な口調になってるし。
「どっちさっ」
気迫の責めよね。ストーカー野郎も、さすがに胸騒ぎがしたみたい。
「ど、どっちも嫌に決まってんだろ。いや……決まってます」
びしっ。
「え、えとえとーっ」
「そう、どっちもか、わかった……。神様、この奴隷は、両方欲しいんだってよ。欲しがりな奴だ。ドスケベめ。ほら、持ってきなっ」
「かしこまりました、女王様」
なんだか流れでそう答えちゃったけど。神様が女王様にかしずくって、なんか違うわ。まあいいけど。
「いえ、あのその両方嫌なわけで……。じじじ女王様ぁ。お慈悲を、お慈悲をーっ」
うろたえる藤田にかまわず、リンちゃんは、どでかい棺桶のようなケースの蓋を開けた。たちまちガサガサと蜂と蟻が飛び出してくる。
「ありがたく思いな、この下僕っ。女王様のご褒美を」
「え、えとえとあのーっ。い、いやあああああーーーっ!」
●
「お仕置き部屋」をそのまま放置して、私たちは、藤田の夢の外側に退出したの。
「これで恐怖心植え付け成功ね。さすがは夢探偵レイリィ」
「うーん、あたしはつまらなかったなあ。もっと責めなきゃ」
ダメだよ。リンちゃんが本気になると、死人が出そうだし。
「十分でしょ。朝まで蟻と蜂にチクチクされる夢にしといたし」
「そんなもんかね。あー鞭振るって肩凝った」
鞭の柄で、肩をマッサージしてるわ。
「SMはいいよねリンちゃん、はあ。鞭ふるって汗かくから、健康にもいいし……」
「それ違うだろ」
リンちゃん、大口開けて笑ってるわ。
「でもこれで、よろず請負同好会活動、無事成功ね」
「ああ。あたしも活躍できたしな。……それで頼みがあるんだけどさ」
「なあに」
「この胸、気に入ったから……」
自分の胸、また揉んでるわ。
「あと一回、これにしてくれよ。それで……一緒に、伊羅将の夢に……」
なんかもじもじしてるわ。かわいいー。
「わかってる。夢に出たくなったら、いつでも言って。だって私たち――」
「バディーだもんな」
私たちは、ぐっと握手した。夢探偵レイリィ「第一の事件ファイル」、ここに完結ねっ。
●
あーちなみに後日談。藤田くんは、きっぱりストーキングから足を洗ったみたい。その代わりなんだかヘンな性癖ができちゃって、こそこそ「女王様の館」とかいう店に通ってるらしいわ。
あはっ。よかったじゃん、自分の本当の嗜好を発見できて。殿方を夢で幸せにするっていう仙狸の立場からも、今回は成功。あとで伊羅将くんにほめてもらおうっと。
でまあ、女王様のさらなる活躍は、次話でね。
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