にぎる

彩原裕樹

本編

私は主人と、馴染みの寿司屋に来ていた。


「大将、今日もおいしいです」


「あぁ、ありがたいです」


「大将って、若い頃は別の事してたいんですよね」


「そうです」


「何してたんですか?」


「まあ、握ってましたねぇ」


「ウニとイクラ頂戴」


主人はまだ食べるみたいだけど、私はもうお腹いっぱいなので、続きを聞いてみることにした。


「握ってた、と言いますと?」


「まあ最初は寿司職人になりたくて、弟子入りして握ってたのですがそこが潰れちゃったんですよ。はい、ウニとイクラどうぞ」


「で、その後は?」


「それで職人は諦めたんですよ。でも寿司は好きだったもんで、回転寿司で使う

機械を作っている会社に入ったんです」


「へぇーそうだったんですね」


「のどぐろ頂戴」


主人は大将の話に興味がないのか、黙々と寿司を食べ続けている。


「それで弟子の時の経験が役立って、自分が開発した握りの機械が飛ぶように売れたんですよ」


「え、もしかして大金も握っちゃったんですか!?」


「少しは。で、昇進して経営の実権を握るところまで行ったんですけどね」


「うんうん」


「大将、マグロ」


「すると、上の幹部とかがしている汚い事も見えてきて。色々と汚い秘密を握った私は会議で言ってやろうと思ったんですよ」


「おお、それでどうなりましたか?」


「それが…私を嫌う同僚達に嗅ぎ付かれて、秘密を握りつぶされたんです!」


「ちょっ、大将、寿司握りすぎて潰れちゃってます…」


手の中のマグロはぐちゃぐちゃになっていた。


「ああ、これは失礼致しました。すぐ握り直します」


主人は笑っていた。


「その後すぐ会社を辞めて、再び職人を目指したんですよ」


「へえ〜、すごい…」


「いやいや、そうでもないですよ」


「そうですかねぇ」


「大将、タコ頂戴」


「ちょっとあなた食べ過ぎよ、しかも高いのばっかり、お小遣い減らすわよ!」


大将は苦笑していた。


「あ、すいません…」


「いや、大丈夫です。奥さんは財布の紐を握っているみたいですねぇ」




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にぎる 彩原裕樹 @15yukitatra

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