02:アレックスの憂鬱





 ミーティングテーブルにて。アレックスとマシューは、がっくりとうなだれたまま、ある人物が来るのを待っていた。


「私、あの人嫌い」

「アレックス、ハッキリ言いすぎだ……」


 そう、彼らが待っていたのは、第五捜査室のクーパー捜査官であった。


「おはよう!エヴァンス捜査官、ラウ捜査官! 君たち朝食は採ったかね? 朝食の質で、その一日の質が決まる! 必ず取るんだ、必ず、な!」


 相変わらず調子のよいクーパーに対して、アレックスは真顔を、マシューは引きつった愛想笑いを貫くことに決めた。


「今回の事案はそう! タレコミってやつだ。居るんだなあ、今どきこんなクラシックな方法で情報提供をする人が!」


 クーパーの説明はこうだ。

 一昨日、警察に一通の封書が届いた。内容を見た総務係が、第五捜査室に回してきたのが昨日。

 内容は、ネオネーストでも有名な繁華街であるウィロー・ストリートに、アンドロイドのみを働かせている違法な娼館があるというものだった。

 しかし、差出人名は無く、どこの娼館かも書かれていない。消印からも、出所を掴むことができない。


「正直に言おう! 信憑性は薄いかもしれない!」

「ええ……」


 真顔を崩したアレックスがげんなりと声を漏らす。


「しかしだな! 違法な店があるという疑いがある限り! 動いてもらうよ、君たちデッカード部隊には!」




 デスクに戻ったアレックスとマシューは、封書の現物を見ながら考えを巡らせていた。

 まず、娼館という表現についてだが、ネオネーストにおいては店舗型のサービス施設と捉えることができる。娼婦を家やホテルへ派遣する、無店舗型とは違うものだ。

 そして、働かされているということは、性行為ができるよう、セクサロイド型に改造されたアンドロイドの存在があるということ。


「どうする? マシュー」

「まずは、ウィロー・ストリートに娼館がいくつあるのか、その実態を把握しよう」


 そうして二人がウィロー・ストリートについての調査をしていると、会議からノアとサムが戻ってくる。


「はあ、疲れた疲れた」

「お帰り、ノア」

「おう、アレックス。何だ、次の事案か?」

「そうなの! ちょっと聞いてよ」


 アレックスは、サムとノアに概要を説明する。あと、クーパーの愚痴も。てっきり同情してくれるものと思っていたアレックスであったが、ノアの反応は少し違った。


「へえ、いいなあ。公費で風俗行き放題じゃねえか!」

「……はい?」


 アレックスが素っ頓狂な声を上げると、ノアは首を傾げる。


「だって、当然内偵はするんだろう?」

「まだそこまでは、考えていない」


 マシューがそう答える。それを受けて、サムも意見する。


「それはいいことです。無闇に潜入捜査をするのは愚か者のすることですね。ハズレが大きい、リスクも高い」

「でも最終的には内偵しかないだろ、それ。いいなあ、こっちにその事案くれよ」


 四人でガヤガヤと騒いでいると、ボスが部屋に入ってくる。一斉に静かになる皆だったが、ボスの顔は険しい。


「お前らなあ。休み時間のハイスクールじゃないんだ。もっと静かにできんのか」

「申し訳ありません」


 代表で謝るのは、実は最年長者であるサムである。


「で、あれか? 話していたのは、クーパー捜査官から下りてきた事案のことか?」

「はい、そうです」


 マシューがかしこまって答える。


「今はまだ準備調査の段階ですが、最終的には内偵調査が必要だと考えています」

「そうだな。店に入り、アンドロイドが居るかどうか、見分ける必要があるな」


 ボスがそう言った後、皆の視線がアレックスに集まる。


「あの化粧じゃ、無理だな。女にしか見えねえ」

「髪も、切った方がいいですね。あと爪も」

「喋り方もまずいな」

「な、何よ、あんたたち!」


 アレックスは縋るような目でボスを見る。ボスは困ったように口を開く。


「あのなあ、アレックス。内偵となったら、エンパスであるお前が行くしかないだろ? それなのに、その恰好でどうするんだ」

「何なら俺が代わりますけど!」

「ノアは黙っとれ!」


 ボスは小さな雷を落とし、次いでアレックスに優しく語りかける。


「お前がその恰好をしたいってことは充分理解している。でもな、この事案の間だけ、我慢してくれないか?」

「分かりました。ものすごく不本意ですけど、ものすごく残念ですけど、仕方がないからそうします……」


 それからアレックスは、ボスにお小遣いを貰った。髪と爪を切るためのものだ。


「マシュー、明日私と会っても、絶対に笑わないでね?」


 勤務時間終了後、そう言って肩を落としながら、とぼとぼとアレックスは帰って行った。

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