13:交錯
レイチェルはメテオライトに入ると、一番端のカウンター席に座った。客はもう誰もおらず、キースもレティも後片付けにいそしんでいた。
「いらっしゃいませ」
「ビールで」
短く注文を終えたレイチェルは、真っ直ぐにレティの顔を見つめる。彼女はきょとんとした表情でレイチェルに問いかける。
「こんばんは。初めまして、ですよね?」
「ええ、初めまして。あなたの顔があまりにも綺麗だったから、つい」
「お姉さん、褒めても何も出ませんよ」
レイチェルとレティは微笑み合う。彼女ももちろん、確信していた。レティがアンドロイドであることを。
路地裏では、サムがノアを取り押さえていた。
「何で由美子が、あの店に行くんだよ!」
「落ち着いて下さい、ノア。僕も驚いているんです」
今にも飛び出さんとするばかりのノアだったが、時間が経つにつれ冷静になったのか、荒い息をついてうずくまる。
「たまたまにしちゃあできすぎてる。あいつらの方が先に、メテオライトを嗅ぎ付けていたっていうのか?」
「そういうことでしょうか。いや、まさか、考えたくないですけど」
「何だよ、サム?」
「僕たちの情報が、彼女たちに漏れている可能性についてです」
ノアは目を見開く。
「この店のことは、ボスとクーパーしか知らない。あの二人のどちらかが漏らしたっていうのか? それは無いぜ、絶対に」
「いや、ノア。もう一人います。このことを知っているのは――ソフィアです」
サムは唇を噛み締める。しかし、今はそんな推論より、起きている事態について考える方が先決だ。
「どうするんだ、サム!」
ノアが叫ぶと同時に、金髪の男が店に向かうのが見える。
「ああもう、行くぞ!」
「待ってください、ノア!」
ビールを半分ほど飲み干した頃、レイチェルはレティに話しかける。
「ねえ、レティ。あなたはこの店に来る前、何をしていたの?」
「お恥ずかしい話ですけど、親元でのんびりしていたんですよ。うちの親、過保護で甘くて。それが突然死んじゃいましてね、困った挙句、ここでバイトしているんですよ」
「そう、そういう設定を組み込まれたのね」
設定、という言葉に、レティは首を傾げる。彼女には、その文脈が「処理」できなかった。
しかし、人間であるキースは違う。
「あんた、まさか」
「ええ。彼女がアンドロイドだってことは、判ってるわ」
「ファミリーの人間か! それとも警察か!」
「それでも、アリスだという確信はないけれど。彼女、調べさせてもらうわよ」
レイチェルの言葉が終わるか終らないかの内に、ケヴィンが店になだれ込んでくる。事前にレイチェルがタイミングを指示しておいたのだ。
「さて、ちょっくら大人しくしてもらおうか?」
彼の手には、金属製のリングが握られている。
「逃げろ、レティ!」
キースが叫ぶと、レティはカウンターを飛び越え、ケヴィンの脇をひらりとかわし、店の外へ飛び出していく。
「追いかけるわよ、ケヴィン!」
さすが、ルイスが直々に造ったアンドロイドだ、身体能力も申し分ないとレイチェルは思う。そして、店を出た彼女の目に飛び込んできたのは、懐かしい男の顔であった。
サムとノアが駆けだした刹那、レティも店を飛び出すのが二人の目に映る。次いで、レイチェルとケヴィンの姿も。
「達也!」
レイチェルが叫ぶ。それとほぼ同時に、サムの声もこだまする。
「レティは僕が追う!」
二人の言葉を受けて立ち止まるノア。彼はレイチェルの顔をキッと見据える。彼女も足を止め、ノアを睨みつけている。二人の距離は、そう遠くない。
自然と、サムとケヴィンがレティを追う形になる。彼らはネオネーストの喧騒の中を、全速力で駆けていく。
「久しぶりだな、由美子」
「ええ。久しぶり」
二人の視線がぶつかり合う。余計な言葉は必要ない。今までずっと、互いの影を感じていた。
「悪いけど、アリスはあたしが貰うわ」
「それはどうかな」
「馬鹿ね。あなたたちとは違って、ちゃんと準備をしてきているのよ」
レイチェルは、事前にヨハンの部下を借り受けてきており、メテオライトの周囲に配置していた。もちろんサムとノアは知る由もない。
「俺たちを泳がせといて、最後にかっさらうって寸法か」
「そうよ、悪い?」
レイチェルのこんな笑い方を、ノアは何度も見た覚えがあった。だからこそ思う。何故こういう形でしか再会できなかったのか、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます