第86話 天才と武闘大会 七日目・決勝戦1


 昨日の今日なので、観客席がガランとしているかと思ったら。

 席はすでにほぼ満席。後方の通路まで、立ち見だろう客で埋まっていた。


 彼らがたとえ昨日の観客でなかったにしても、どれほど阿鼻叫喚な図となったかぐらいは聞いただろうに。

 人の好奇心というのはあれほどの恐怖でも、凌駕するらしい。


 ――人が多いことは、ありがたいけれどね。


 この後に行うつもりの行動は、できればより多くの人に見ていてもらいたい。

 なので、この人の多さは私にとっては嬉しい誤算だった。


 空を見上げる。


 太陽は真上へと昇っていた。

 決勝戦の今日は、昼過ぎから行うらしい。


 会場の外も大盛り上がりだ。

 お祭りを楽しむ者、観光する者、買い物をしている者で溢れかえっている。

 もし、この七日間にお店を出していれば、大繁盛間違いなしに違いない。


「珍しく、緊張しているわね……」


 大きく息を吐いた。

 フィーたちはすでにこの控室を去り、自分たちの席へと戻っている。ここにいるのは私一人だ。


 赤い瞳と目が合ったあの後から、アサシンとはまだ会っていない。

 どういう反応が一番いいのかは分からない。

 けれども、会わないわけにはいかなかった。


 深呼吸をして、心を落ち着かせる。


 大会開始の合図が、鳴り響いた。



『皆さまお待たせいたしましたっ。ついに、ついにこの時がやってまいりました! 決勝戦っ!! 司会解説を行わせていただきますは、おなじみおちゃらけ王子こと、セスタでっす!』

『同じく解説のルヴィリアルディリンクです。よろしくお願いいたします』

『よろしくお願いしまっす! いっやー、さすが最終決戦。観客数も今まで以上ですね!!』

『ええ、名実ともに最強が決まりますからね。注目度も高いようです』

『ですねっ!! ですが驚きました。まさかまさかの、決勝戦進出者が2人とも無名。しかも、同じパーティのメンバーだとは。パーティとしてギルドに登録されているわけではありませんが、このお2人は常に行動を共にしているようですので、実質パーティと同じでしょう。つまりっ! 現在において、最強パーティはこのチームであることは間違いなさそうです!!!』

『ええ、個人でもお強いのに、協力されたらどれほどのものになるのか。興味深いです』

『これからが本当に楽しみですねっ! それではご入場いただきましょうっ。クレア・ジーニアスさん、アサシンさん、どうぞっ!!』


 係員から手渡されたものを受け取って。決戦の場へと足を踏み出した。


 盛り上がる会場。

 アサシンもふわりと現れた。


 それでも盛り上がりは止まらない。

 威圧が昨日ほど膨れ上がっていないからか、それともお祭り独特の雰囲気のためか。まだ恐慌状態に陥っている観客はいないみたいだ。


 アサシンは何も言わずにじっと見つめてくる。

 まるで、私の反応をうかがっているかのようだ。


『クレア・ジーニアスさんは西の大魔女リーハラウシェ様を。アサシンさんは剣聖ガーウィン様を打ち破った、実力者です! 新たな魔術師の最強者と、剣士の最強者との戦いと言っても過言ではないでしょうっ』

『はい。ちなみに、昨日重傷を負ったガーウィンさんですが、命に別状はありません。もう二、三日もすれば冒険者活動に戻れるでしょう。ご安心ください』


 ギルドマスターのその言葉に、大きく息を吐く。

 観客も気にしていたのだろう。知らせを聞いて、より盛り上がった。


 ――よかった。これで、この後の行動もより受け入れられやすくなる。


『さすが剣聖っ。生命力も常人とは違いますねっ!! さてさて、ここで選手の略歴をお伝えするつもりだったのですが、先ほどもお伝えした通り、2人とも無名ですからね。大した情報は得られませんでした』

『けれど、クレア・ジーニアスさんより簡単な個人情報をいただきましたので、そちらをご紹介させていただきます』

『はいはい、ではまずクレア・ジーニアスさんから。彼女の本職は魔術師ではなく、錬金術師というものだそうです。この錬金術師とは、物体を魔力で細かく分解し、新たに構築し直す術なんですって。今、彼女が身に着けている杖や服も、その術によってご自身で作られたものらしいですよ? すごいですよねぇ!』

『クレアさんは地下ダンジョンへ潜ることに強い関心を抱いておりました。おそらく、ダンジョンから出る素材を欲していたのでしょう』

『他人の持ってきたものではなく、自身で見繕いたいとは強いこだわりがあるんでしょうね。次にアサシンさんですが』

『こちらはクレア・ジーニアスさんが教えてくださるそうです』


 ギルドマスターと目が合う。

 エルフ様な彼は、一つ頷いた。

 それに頷き返して手に持っていた魔道具――マイクと言うらしい――を起動した。


 フィーに頼んだのはこの時間を作ってもらうこと。


 ――アサシンのことをより多くの人に知ってもらう機会が欲しかったのだ。


 静かにたたずむ彼に、驚いてもらうために。

 ニヤリと笑って、息を大きく吸い込んだ。


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