第87話 天才と武闘大会 七日目・決勝戦2


『あ、あー。おおっ、本当に声が大きくなったわ。すごいわね、これ』


 自分の声を大音量で聞くというのは新鮮だ。

 クレアコールがしばし起こる。


『はいはい、ありがとう。けれど今は私の話を聞いてほしいわ。ご紹介にあったように、私はクレア・ジーニアス。天才よ。本職は錬金術師だから、間違えないで頂戴ね? ……さて、アサシンの情報が欲しいのよね。もちろん、私が知っていることぜーんぶ、話してあげるわ』


 アサシンがギョッとした。


 そもそも、私が異世界であるにもかかわらず、こちらの住人と違和感なく話せるのは所持している称号のおかげだ。

 これは、ホムンクルスを生み出したときに得られたもので、人の形をとれる者であれば誰とでも意思疎通をすることが出来るというもの。

 簡単に言えば、自動翻訳の能力を持っている。


 これは面白いことに、聞いている人が人型であれば種族が違っても同時に・・・私の言葉を理解できる。

 つまり、今しゃべっている内容は、観客にも、アサシンにも理解できるというわけで。


『アサシンはね、可愛らしいことにケーキが特に好きなのよね。それと、ハンバーグ。これらが食事に出たら、満面の笑みでお礼を言ってくれるのよ。ね、可愛いでしょ?』

「クレアっ!」


 止めるように、アサシンが私の名前を呼ぶ。

 だが、その程度でやめるぐらいなら、そもそもこんな時間を作ってもらっていない。

 無視して続けた。


『あと、小動物も好きよね。よく遠くから眺めているわ。本当は触りたいんでしょうけれど。ほら、皆も知っている通り、彼の威圧、こっちではかしら? それがあるせいでね、近寄れないのよ。いつも逃げられてはしょんぼりとしているわ。それと子どもも好きみたいね。小動物と同じ理由で、絶対に近寄らないけれど』

「クレア!!」


 言葉では止まらないと察したのか、マイクを奪い取るように手を伸ばした。

 当然のように、避ける。


『こんな感じで皆に怯えられてきたからかしら。人付き合いもそんなに得意じゃないみたいなの。せっかく友好的に接せられても、ぎこちなくしか返せないのよね。そんなんじゃ余計に怯えられちゃうのに。もう、友人として心配で心配で……』


 アサシンの瞳に力がこもった。

 強硬手段を取ろうと考えているのだろう。


『あら、ダメよアサシン。まだ試合開始の合図は鳴っていないのだから。攻撃は禁止』


 先回りして制しておく。

 すると、スッと姿が消えた。想定内だ。


『武器は皆も知っての通り、ナイフね。加えて、奇襲と後ろに回り込むことが得意みたい。――こんな風にね』


 後ろに現れたアサシンに、笑いかける。彼は驚いたように目を見開いた。


『ふふっ。どれだけあなたに回り込まれていると思っているの。タイミングも気配も、もう覚えちゃったわ』

「クレア……」


 ――知ってほしい。彼の内側を。威圧に隠れてしまっている、本当の表情を。


『試合は、命の取り合いだから。ヤられる前にヤる。そんなの出場者なら全員そうでしょ? この大会だって、私が参加したいって言ったから参加してくれたの。本当の彼は、自分の威圧のことをよく知っているから。極力人に会わないように隠れているような、謙虚な人なのよ。全然、怖い人じゃないわ。それが私の知る、アサシンという人物よ』


 大きな手が、ゆっくりと伸ばされる。言いたいことは言い切った。

 その手を受け入れる。手からマイクが離れていった。


「……でもね、アサシン。私が知っているのはここまで。あなたと会ってからの数か月間での出来事だけ。他は、何も知らないの」


 マイクを通さなくなった声は、アサシンにしか届かない。


「だからね、勝負をしましょう?」


「勝負……?」

「そ、勝負。私が勝ったら、あなたのことをもっと教えて。過去のこと、好きなこと、嫌いなこと、何をしてきたか、何をしたいか。話してもいいって思ったこと、全部教えて? そうね、もし逆に私が負けたら、何でも一つ、あなたの願いを叶えてあげるわっ!」

「何でも、ネ」

「ええっ、何でもよ! 私は天才なのよ? 何でも叶えてあげるわ!!」


 困った顔をするアサシンは、いつもの見慣れている優しい顔で。


「ホント、君には驚かされてばかりいるネ。……いいヨ、勝負だ。天才のお嬢さん」


 私たちは握手を交わした。


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