第84話 天才と武闘大会 六日目・準決勝6


 不意に、アサシンが消える。

 遮蔽物のないこの場で、姿を消せるなど。


 思ず焦った。


『アサシンさんの姿が見えなくなりましたね。……次、強烈な一撃が来ることは間違いないでしょう』


 ガーウィンも必殺の一撃に備えて、身に纏う魔力を厚くした。

 全神経に集中しているのが分かる。


 それは唐突に訪れた。


「《影斬》」


 死角のないフィールドであるというのに、彼はそこにいて当然であったかのように現る。

 そのまま、ガーウィンに一太刀浴びせた。


「ぐっ……」


 血が吹き出す。

 パックリと割れた首筋は骨まで見えて、痛そうだなんて言葉では済まなかった。


 膝をつく。

 傷口を抑えるガーウィンは、しかし、未だ目に闘志を宿らせていた。


 殺す勢いで襲ったため、息があったことに驚いたようだ。

 彼を不思議そうに見下ろすアサシン。

 とどめも刺さずに、ただ眺めた。


『魔力が、傷口へ集まっておりますね』


 ギルドマスターの言葉通り、ガーウィンの身を守っていたそれらが、首筋に吸収されていく。

 纏うものがなくなった時には、傷は塞がっていた。


『今まで剣聖ガーウィンさんを傷つける者がいなかったからでしょう。このような能力もあるとは、知りませんでした』


 ダルそうに立ち上がるガーウィン。

 だが、口元は笑みで歪んでいる。犬歯が見えた。


「いいなぁ。これぞ、死闘だなぁ!! 《衝刃斬》っ」


 幾分遅くなった剣の速度。そこから衝撃波が発せられた。

 普通であれば、それでも十分な脅威なのだろう。

 けれど、アサシンはいとも容易く、それをナイフで切断。形を保てなくなった衝撃波は空中で霧散した。


「まだだっ、もっとだ! 《乱れ斬り》っ」


 アサシンへと駆け寄って、剣を振るう。

 先ほどまで大怪我を負っていたとは思えないほどに重いそれは、残念ながらアサシンにとってはもう軽いものだった。


 遊ぶように避け、気が向いたらナイフで受け流す。

 大人と子どもの遊びみたいだ。


「《なぎ払い》!!」


 それでも彼は攻撃をやめない。

 もう魔力が枯渇寸前なのが分かる。

 同じ魔力を扱う者として知っている。魔力が無くなりかけると、猛烈な空腹と、脱力感が襲い、目も霞むのだ。

 それだというのに、ガーウィンは一瞬たりとも無駄にはできないと、スキルを使う。


 彼のなぎ払いは、アサシンのナイフで簡単に受け止められた。


「君の攻撃は、軽いネ。でも、その生への執着は嫌いじゃないヨ」


 ゾワリと、毛が逆立つ。

 私に向けられたわけでもないのに、命の危機を感じた。


 ――ヤバイ、逃げなきゃ。逃げれなければ……戦わなきゃ。


 本能が訴える。

 そして、それは瞬きほどの時間だった。


 美麗な顔が、喜色で彩られる。


「死ネ」


 ガーウィンの首が吹っ飛び、血の噴水が出来た。

 夕日のせいで、より赤く見える。


 赤と黒のコントラスト。

 それが一層、アサシンを恐ろしいものへと変えさせた。


『っ、勝者はアサシンさんです!! ――回復師は、ガーウィンさんの回復を急いでくださいっ! セスタっ、いつまで呆けているのですか。給料分の仕事はなさい』


 歓声よりも絶叫。


 解説室も動揺したようで騒がしい。


 大会独特の雰囲気のおかげで融和されていたアサシンの威圧に、皆がようやく気付いたのだ。


 我先にと逃げ出す観客。泣き出す女、子どもたち。

 武勇に優れる者は皆、彼に武器を向けた。


 アサシンはガーウィンから距離を取る。

 助けられ心配されるガーウィンと、一人ポツンとたたずむアサシン。それはまるで彼の人生を現しているかのようで。


 赤い瞳が悲しげに揺れる。


 胸が苦しい。……威圧が苦しい。


 赤い瞳と目があった。


 ――私が表舞台へと引きずり込んだのに。優しい彼は、ただ付き合ってくれただけなのに。



 無意識のうちに手にしていた武器が、私の弱い心を現していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る