第32話 天才とうさ耳カチューシャ


 デザートの後のお茶までもらい、落ち着く。

 フィーの言う通り、オルザの料理はとてつもなく美味しかった。


「クレア、それで面白いものって何?」 


 少し赤さの引いた目をこすりながら、フィーが聞く。


 ――結局私にできることなど一つしかない。


 食器の片づけられたテーブルに鍋を置いた。


「錬金術よ!」

「れんきんじゅつぅ?」


 フィーは首をかしげる。


「そう、錬金術。……フィーは何色が好きかしら?」

「んー? 黄色とか、ピンクかな」

「そう、なら黄色でいきましょう」


 テーブルに布と今日取った鉱石、黄色の花、魔石を並べる。

 鍋に魔力を送った後は簡単だ。この素材たちを入れていけばいい。


「すごーい! キレイね!!」


 フィーが鍋の中に手を入れようとしたので、払う。


「指が溶けてもいいの?」

「溶けるの!?」


 彼女は指をかばいながら数歩下がった。こう言えばうかつに邪魔はしてこないだろう。

 さっそく錬金用の杖にも魔力を込め、かき混ぜる。


「クレアは何をしているの?」


 天才の私であっても、今回は会話をしている余裕がない。無視させてもらう。


「おい、危険なことじゃないだろうな」

「はっはっは、まあ様子を見てみよう。お礼と申しておるし、きっと大丈夫だろう」


 エーゲルの鶴の一声で、それから一切声はかけられなかった。


 ひたすら混ぜ続ける。


 どれだけ時間が経っただろうか。

 さすがに少々レベルの高い錬金なので、すぐに完成とはいかない。


 丁寧に、丁寧に魔力を込め、仕上げに数回混ぜた。


 ――ようやく完成だ。


 息を吐き、顔を上げる。なぜかフィーと目があった。


 “終わったの?”

 声を出さずにフィーが聞いてくる。


「……いたの」

「ひどい! それはひどいよ、クレア!!」


 キーキー文句を言うフィーに思わず笑った。


 彼女の言葉を聞き流して、鍋に手を突っ込む。

 フィーが驚きで声を上げていたが、その前に目当てのものを取り出した。


「はい、フィーにこれをあげるわ」


 白い布。ピンと張った耳。それはいわゆる――うさ耳カチューシャだった。


「なにこれ?」


 フィーは素直にそれを受け取る。しげしげと眺めていたが、使い方が分からなかったようだ。


「こうやって使うのよ」


 カチューシャを返してもらうと、彼女の頭に着けた。


 それが彼女の髪になじむと、変化があらわになる。


 まず髪の長さだ。

 緩やかなウェーブを描いていたそれがスルスルと短くなり、肩より短くなって止まった。

 次に色。桃色の可愛らしい色から一転。鮮やかな黄色へと変化した。加えて瞳の色も。深い黄色になっている。


 その変わりように、真っ先に声を上げたのはオルザだった。


「貴様っ! 何をした!?」


 胸ぐらを掴まれ、持ち上げられる。

 フィーにはオルザが突然怒り出したように見えたのだろう。状況を理解できずにオロオロしていた。

 パリッと服の男が気を利かせてフィーに手鏡を手渡す。


「まぁ! これがあたし!?」


 フィーの喜色満面な様子にオルザの力が弱まる。その隙に逃げ出した。


「そ、これがお礼よ」


 ――気に入った?

 乱れた髪を払い、得意げに言う。


「髪や瞳の色が変われば雰囲気も違ってくるわ。……それを付けて私の応援に来ればいいじゃない」


 ただ単純に色の変化を喜んでいるフィーと、戸惑いを隠せないオルザ。そして――。


「クレアお嬢さん、これの効果はどれくらい持つのかな?」

「付けている限り、ずっとよ」


 エーゲルは私がこれをあげた意味を、正確に理解しているようであった。

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