第31話 天才と生意気なお嬢様


「どうやら、彼女に気に入られなかったようなので。失礼させていただくわ」


「まあまあ、そう言わずに。フィー様、彼女を一晩泊めてあげてはくれませんか? どこも宿が満室で、ここに泊まれなければ野宿すると言っているのですよ」


 金持ちで偉いだろうエーゲルが、とてつもなく下手に出ている。

 この子はどういった身分の子なのだろうか。


「下々に慈悲を与えてあげるのも、また務めだもの。いいよ。泊めさせてあげる」

「いえ、必要ないわ。お気遣いありがとう」


 ふんぞり返っている子に、イラッとした気持ちのまま伝える。

 この子がどんだけ偉かろうが知らない。天才に怖いものなどないのだ。


「な、なによ! あたしが泊めさせてあげると言っているんだから、素直に聞きなさい!」

「あなたと同室になるくらいなら、野宿の方がましだわ」

「なっ! の、野宿よ、野宿! 意味わかっているの!? 寒いし、ベッドもないし、危ないのよ!」

「わかっているわよ、それくらい。代わりに星が良く見えて、草木の香りがして、朝焼けがきれいなのよ」


 そう答えると、彼女は一転してキラキラとした目で見てきた。


「野宿したことがあるのね!」


「へ? ええ、まぁ」

「星がきれいなの!? 野宿して感じる草木の香りってどんな感じ? 朝焼けってなあに?? ――ああ、もう! ここじゃゆっくりできないっ。オルザ、お茶を入れてきなさい。ねえ、ご飯食べた? まだならオルザの料理を食べさせてあげる」


 まくしたてるように言われて、口がはさめなかった。あれよあれよと言う間に部屋へと案内される。

 パリッと服の男が、私のマントをすらりと脱がせた。


「いえ、だから私はここを出ると……」

「オルザの料理食べないの? 美味しいのよ? あ、ねえ名前は? あたしはミ……フィーよ!」


 大人なので、言い直したところは聞かなかったことにしてあげる。


「私は、クレア。……じゃなくって、ここには泊まらないと」

「クレアね! それで? 野宿ってどんな感じ!?」


 一切、私の声を聴いていない。うなだれてしまった。

 そして何が一番ムカつくかって、紳士な二人がニヤニヤしながら見ているということだ。


 止めろよ、助けろよ。いや、テーブルの椅子を引くんじゃなくって。そういう手助けはいらないのだけど。だから、座らないんだって。


 そうこうしている間にも、フィーの追及はやまない。


「野宿したことがあるってことは、旅もあるのよね!? 確かにクレアの服装変わってるもんね。冒険者?」

「ええ、冒険者よ……」

「すごいわ! 冒険者で今ここにいるってことは、大会にも出るの?」

「大会? 武闘大会のことかしら? それなら出るわよ」


 ここまで来たらしょうがない。多少生意気でも、相手をしてあげよう。

 料理も美味しそうだし。パリッと服の男に促されるまま、椅子に座る。オルザが給仕をしてくれるようだ。


 本当にこの料理はおいしい。鑑定して食材を調べていく。

 ……このクオリティーを錬金術で、作れるだろうか。


「キャー! 出るのね、すごいわ!」


 フィーはカップをソーサ―に置き、手を頬にあてる。上気している顔は、色っぽく可愛らしい。


 前菜を食べ終わると、オルザがスープを持ってきた。そこをフィーが掴まえる。


「オルザ、あたし大会を見に行きたいわ!」


 よほど驚いたのだろう。彼はスープを揺らした。


「な、ダメです! 危ないではないですか!」


 幸いこぼさなかったようだ。丁寧に私の前に、スープを置く。

 これも美味しそうだ。


「そうですよ、フィー様。人も多く、治安も悪くなります。どうか考え直してください」

「“人が多いから”よ! ねえ、いいでしょ? 友達の晴れ舞台を見たいの!」


 フィーの友達が武闘大会に出るのだろうか。……それとも、私のことだろうか。


 オルザに密かに睨まれた。……そうか、私のことか。


「どうせ、祭りが終わらないとこの町から出られないのでしょ? なら見に行ってもいいじゃない! オルザのけちっ!」

「どうとでもおっしゃってください。何と言おうとダメなものはダメです」


 きっぱりと断られて、フィーは涙目になる。それから何度か駄々をこねていたが、どれもきっぱりと断られていた。


「このままじゃ……隠れているままじゃ、何にもならないじゃない!!」


 ついにフィーは泣き出してしまう。エーゲルとオルザが私を見た。感づかれたかどうか、探るような眼だ。


 ……隠れる、ね。ほんと、どうしてこう私はトラブルに巻き込まれるのか。


「オルザさん、スープを飲み終わったわ」


 見つめるだけで、動かない彼に伝える。


「はっ、失礼いたしました」


 次の料理を持ってくるべく、奥の部屋へと去っていく。

 チラリとパリッと服の男を見た。彼は自分は置き物だと言うかのように、壁と同化している。場はフィーの鳴き声しか響かない。


「――さて、こうして美味しい料理をいただいた。この後寝る場所も提供してもらえる。それに加えて、わがままお嬢様の興味も引いてしまった。……私に何が返せるかしらね」


 オルザが魚介をメインに使った料理を持ってきた。

 これも味に期待できそうだ。


「フィー、後でお礼に面白いものを見せてあげるわ。だから、泣き止みなさい」


 真っ赤な目をしたフィーが、不思議そうに見る。

 私はその視線を感じながら、料理に舌鼓を打った。

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