プロローグ・エピローグ

米田淳一

第1話 プロローグ・エピローグ

 冬まっただなかの神奈川県海老名市。

 いつもの海老名高校鉄研(鉄道研究部)部室に、鉄研部員たちが集まっていた。

「我々この『鉄研でいず』の著者がNovelJAMに参戦する? なんですかそれ」

「なんだかわかんない!」

 部員たちはみんな戸惑っている。ちなみにこの鉄研の部員は6人、みな女子である。

「というか、NovelJAMってなんです? JAMの親戚?」

「JAMは国際鉄道模型コンベンション! 私たちが出た国際展示場ビッグサイトでの鉄道模型イベントのこと!」

「JAM違いですよねえ。こっちは市ヶ谷で開催だし」

「うぬ、部員諸君、そこは斯様な説明プレゼンを先輩につくっていただいたのだ」

「総裁、その先輩って、まさか」

 部室のノートパソコンにパワーポイントが表示される。


『ええと、撮れてるかな? あ、撮れてる? じゃあ、いきまーす』


「この声は!」

「つーか、なんでパワポなのに動画なの?」

「それにこれ、あの未来の時空潮汐力……」

「その名前は言っちゃダメ!」

「えー!」

「いやなのか?」

「ええよー」

 ずるっと全員コケる。


『うちの著者さん、2017年2月4日に、市ヶ谷で開催される小説版ハッカソンみたいなイベントに参加します。というわけで、私たちも応援したいと思いまーす。エビコー鉄研のみなさんも、せっかくの機会ですので、ぜひ著者に力をあげてくださーい』


「ええっ、ハッカソンって?」

「ググりましよう!」

 しばらくして。

「なるほどー。ハッカソンってハック+マラソンなのね。プログラムとかの制作をマラソンみたいに限られた時間で没頭する」

「『文系トライアスロン』みたいな感じかな。面白そう!」

 文筆の才のある御波みなみが声を浮き立たせる。

「でもよくわかんないなあ。だって、お題が『破』って、こんなに前に発表してどうするんだろう」

 プロ棋士の卵のカオルが疑問声を出す。

「それに編集さんと組むって、誰と? うちの著者、昔編集さんにトラウマ植え付けられたんですのよ」

 いかにもお嬢様らしく、口にハンカチを当てながら誌音しおんが言う。

「あー、誌音ちゃん、そう言いながら、自分が一番出たそうにしてるー」

 華子はなこがそう指摘する。

「まあっ! そんなことありませんわ!」

 詩音は即座に否定するが、その瞳はすでに燃えている。文芸好きで部誌の編集長をやっているから無理からぬ事である。

「でもなー、我々が支援するって言っても、誌音ちゃんの胸で充電させるわけには行かないもんなー」

 御波はそう言いながら誌音の胸に目をやる。

「御波ちゃんネタがゲスいし変態だよ。ヒドイっ」

 ツバメがそうツッコむ。ヒドイはツバメの口癖である。

「でも、我々ができるとしたら、切符の予約とか乗換案内とか、それぐらいだよね」

「うぬ! しかし、であるのだ!」

 そう語気を強めるのはこの鉄研の部長、なのになぜか『総裁そうさい』と呼ばれるキラである。相変わらず動輪の髪飾りが目立つ。

「かくなるうえは、我々もそのネタ出しに参加してやろうかと!」

 総裁が力強く提案する。やたら押しの強い子である。

「ええっ、ネタ出し?」

「どうせ著者のこと、当日ネタが浮かばぬとかスランプだとかまたさんざん弱音を吐くであろう! そのときのために準備してやるのだ!」

 ええー。

「わっ、著者が出てきた!」

 だって、もうお題出てるから、予定稿書いちゃったよ。

!」

 総裁が叫ぶ。

「ひいいい、どこに著者を呼ばわりするキャラクターがいるんですか! ヒドイっ!」

「それにそれは今更去年終わった『真田丸』ネタ……。今の大河は『おんな城主 直虎』ですわ」

「でも直虎面白くないー」

「せっかく菅野よう子の劇伴なのにねえ」

「イマイチ盛り上がりませんわ」

「いや! その話じゃなくて! NovelJamの話! ヒドイっ!」

「だいたい私たち、誰がどうしゃべってるかわかんないって、いろんなヒトにツッコまれてたよね」

「うむ。それはうちの著者の力不足なのだ」

「でも私たちにも責任があるのではと思うのですが」

「それは課金が足りなかったと著者が反省すべきなのだ。よーくかんがえよー、課金は大事だよー、であるのだな」

「いちいちテレビネタが古いよー」

「で、著者の予定稿って、これ?」

「うーん」

 みんな、それを読んで考え込んだ。

「これ、資料に飲まれすぎじゃないかなー」

「いや、舞台をここにしたのはまあいいとして」

「この登場人物、多分こうはしゃべらないよね」

「あと、作劇上これはドラマとしてのモーションが弱いよね」

「というかモチーフなんだっけ。内容説明できないよね。これ」

「これは著者、典型的なダメパターン……うぬ? 著者、泣いておるのか?」

「わー、また著者泣かしちゃった!」

「あーあ」

「みんな好き放題言ってズタズタにしちゃうんだもん」

「御波ちゃんそう言いながら一番キツいこと言ってたよねー」

「ええっ、私のせい!?」

「もー。こう私たちが揉めてちゃダメでしょ。ヒドイっ」

「ともあれ、著者にはこの我々のダメ出しを受け止めた上で、本番に向けての体力作りとして、毎日走り込みと国鉄安全体操・毎日10セットを含む特訓を課すのだ!」

「なんですかそのスポ根展開! ヒドイっ」

「でも私たちで囲んでハーレム展開はやですよ」

「無双、できそうな著者じゃありませんわね」

「転生も無理だねー」

「なんでそう『なろう小説』の必須テンプレをさせようとするんですか。ヒドイっ」

「うむ。このままでは我が乙女のたしなみテツ道の成就ははなはだ危うい。というわけで著者、校庭10周! あ、ついでに高校前のコンビニでワタクシの好物『くりいむわらび』を買ってくるのだぞ」

「あ、レモンティーもおねがいします」

「カルピスウオーターも」

「ひいい、著者をパシリ扱い。ヒドイっ」


「うぬ、ほんとに買ってきたのか」

「著者、また真に受けちゃって。もー」

「でも、普段通りで良いと思いますわ」

「そうだよね」

「こういうのは普段と違うことするとかえって失敗するよね」

「なんかあったかいもん食べて、よく寝ればいいよ。ボクも将棋対局前はそれしかしないから」

「そうですー」

「あ、眠れたみたい」

「さて、眠ったからよかったですわ」

「泣きながらだけどね。ヒドいッ!」


   *


 そして、NovelJAMが開催された。


   *


「終わったみたいね」

「あ、著者が帰ってきた。ボロボロになってる」

「なかなか過酷だったみたいだもんねえ」

「でも、ええっ! うちの著者、受賞したの!」

「うむ、これはワタクシの特訓の成果なのだ。感謝するが良いのだ」

「総裁そんなこと言って。前夜に私たちみんなで一刀両断でがっつんがっつんに泣かせてたじゃないですか! ヒドイっ!」

「しかし! これは優秀な編集者がついたので勝てたに過ぎぬ! ワタクシも応募作総じて検討したが」

「総裁、もう全部読んだんですか!?」

「我が鉄研特務機関の力を侮らないでいただきたい」

「いや、すでにいろいろ資料は公開されてるし」

「検討した結果、うちの著者は、要するに力不足なのだ!」

「え、賞取れたじゃないですか」

「さふなり。それは栄誉な事である! しかし、まだ上があるのだ。著者もそれが悔しくて書き足りずに、終わった後に裏ノベルジャムなどに参加しておった。が、その結果認めざるを得ないことがある」

「なんです?」

「それは、うちの著者にはやはり『才能』など、かけらもないのだ!」

「えええっ!」

「それは当然なり。著者は大きな勘違いをしておった。著者のアドバンテージは、ただただ圧倒的に暇で、それを全部文章にぶっ込んでいたことだったのだ。他には何もない! ゆえ、ベテランの前では全ての面でも、また伸びやかさでも見劣りしたのだ! 多大な栄誉を得たとは言え、頂点には至れなかったのは、まさにそこなのだ。まさに致命的であるのだ」

「そうなんですか?」

「そうなのだ。ふっ、認めたくないものだな……自らの才覚の無さというものは」

「でも、総裁、それじゃほぼ著者を全否定ですよ。著者、これからどうしていくのでしょう?」

「そんなものは自明なのだ。他にマトモに出来る仕事などないのだ。その無能の人として、まだまだ、ただただ鍛錬あるのみ。テツ道の成就の日はまだ遠いぞ!」

「ところで、例の未来からのあの『時空潮汐力のヒト』は?」

「うぬ、情報によれば、著者が宿に泊まっても眠れず、深夜一人で宿のフリースペースで作業していたところ、そこに降り立ちて、夜を一緒につきあったらしい」

「ええっ、そんなことを」

「うぬ、さすがは我々の大先輩なり。我々より著者の扱い方を心得ておる」

「そうですよね。作者が中学生の頃からの付き合いですもんね」

「そして! この受賞作『スパアン』、スパイラルアンノウンは、ダブルミーニングといっておるのだが、じつは『トリプル』であるのだ」

「どういうことです? 現存しない知られざるアンノウンあの建物の螺旋階段スパイラルと、あの擬音ビンタのスパーンと言う音だけじゃなくて?」

「ここで著者のデビュー作を思い出してもみよ。熱意のあまり、ウンチクで読みにくくなるところを優秀な編集氏が『これを使おう』と言い出す」

「あっ、……脚注!!」

「さふなり。そこも今回全く同じなのだ」

「そういやユリシーズ的なとこも同じですね!」

「つまり、著者はデビュー後で20年でまた同じ所に戻った。しかし、同じでありながら、少し上昇はしておる」

「……螺旋上昇!!」

「さふなり。『知られざるアンノウン著者の執筆史のスパイラル』でもあったのだぞ。そのことをイチゲキで見抜いた優秀な編集氏には、著者は存分に感謝すべきなのだ。あの編集氏なくして今回の栄誉はないっ!」

「そうですわねえ」

「さて」

「??」

「さあ、NovelJam2018に向けて、著者を再特訓だ! ビシバシ鍛えるぞよ!!」

「ええっ、まだ終わって一週間も経ってないのに?」

「時間は有限なり。テツ道の成就の一つの証はあそこにある! 今回の栄誉に感謝しつつ、次の20年に向けて、空費できる時間などないのだ!」

「総裁も、今回でなんか変なスイッチ入ってるー」

「それはこれの前からですわ」

「そういやそうだよね」

「さあ、ゆくぞ!! ジャンプマンガの様式美のとおり、旅と戦いは続くのだ!」

「ああ、最後までいろいろとまたヒドいっ!」


〈了〉

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プロローグ・エピローグ 米田淳一 @yoneden

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