春に鳴くなら



春に鳴きたくて

それは何色がふさわしいだろうって

しゅるっときぬを脱ぐように

色を並べて吟味

桜色ではつまらない

紅では鮮やかすぎる

群青なんてしっくりこない

パレットに色をひねり出し

リンシードオイルで溶いてみる

色を並べて品定め

パーマネントイエローレモンの軽やかな飛沫しぶき

カドミウムグリーンディープは罪をほど

跳ねるようにはしゃげばパレットは狭い

コバルトバイオレットライトヒューが恥じらって

やっぱり顔を出すブリリアントピンク

桜色ではつまらない


四季の折々に涙してみても

どんな配慮も返ってこない

日々に生きる山あり谷ありの組み立てに

毎度乗っかってやるものかと意地を張る

だから春に鳴きたいのに

ふさわしい色はどれ?


鳩羽色はとばいろが寂しげに囁くね

紅緑べにみどりは華やぐことを忘れてしまったね

萌葱色もえぎいろなんてとっくに出奔してしまって

濃朽葉こいくちばは裏切ることしか知らなかったよ


Vermeer blueフェルメールブルーになりたかったよ

Saffron yellowサフランイエローに愛されたかったよ

Nile greenナイルグリーンに包まれていたかったんだ

春に鳴くための色ではなくて

共にある色彩として

Cherry blossomチェリーブロッサムがあったなら

恥じらいもなしに

つまらないなんて言わなかったのに


愛されたかった自分から

遠くに来たつもりでいても

ふと淫らになりたくなる

パレットの騒音を閉じるように

全てを混ぜ合わせてみたって

叫喚の果てに

限りなく黒に近づくだけ

そういえば

どの白も手に取らなかった

そのことが僕をつまびらかにしてしまう気がすれば

春に鳴くことさえ

忘れてしまいそうになる


春に鳴きたくて

息をしてみて

けれど

肺から出ていく空気は

音にならない


混濁のパレットはへし折って

まっさらなふたつめに

ひたすらのジンクホワイト

鳴きたい気持ちさえ忘れてしまえよと

そう言いたがる

パレットは一面のジンクホワイト

それをカンバスに塗ってしまったら

もう色は重ねられない

そのぐらいの作法は心得てる


春に鳴くなら

色のひとつもなければ無礼

ジンクホワイトばかり

春に鳴きたい

意地なんて燃してしまっても

春に鳴いて

きみの色になりたいのに

恥じらいもなしに

つまらないなんて言わせないように

音にならないよ

聞こえる?


季節は潤む

鳴くための色はここにない

黒に近しい混濁の色

へし折ってしまったパレットに

涙を一滴こぼしてみても

油彩は溶けない




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