番外編.2 桜が咲く前に


 空港には様々な会社の旅客機が、礼儀正しく自分の飛び立つ番を待っている。

 そして、自分の番が来るとただ真っ直ぐに空へ消えていく。

 その潔い姿に何故か胸が痛くなった。


 5年前、この国から逃げた私を今は懐かしく思う。

 あの頃の自分は幼かった。

 親への葛藤、大切な人への酷い態度。

 今、過去の自分が放った言動を思い返すとなんて奴だと感じる。

 それくらい大人にはなった。

 なったと思いたい。


 懐かしいなと振り返る。

 大学3年生になった頃だった。

 当時の私は現実から逃げる為、イギリスへ留学した。

 そのまま大学を卒業してイギリスで就職をした。


 この5年、様々なことがあった。

 と言っても、私の人生を揺るがすほど何かあった訳でもない。

 ただ、様々な考えに触れ、多くの人に接したことで視野は広がった。


 恋人は出来なかった、と言うよりも作らなかった

 人の好意を貰うことは多かったと思う。

 その気持ちに応えたいと思った事もあった。


 でも、駄目だった。

 どうしても沙生が頭を過ぎるのだ。

 離れていても、起きて先ず考えるのは彼女の事で寝る前に考えるのも彼女だった。

 そういう習慣ができていたのだと思う。


 離れたら感情が薄まるどころか、より濃くなってしまった。

 これは私の中で想定外の事だった。


 沙生と過ごした時間は1年にも満たなかった。

 それなのに5年も彼女の事を思い続けている私がいた。


 この5年間、何度も会いに行こうかと悩んだ。

 でもその度、今更どの面下げて会いに行くんだと自分を叱咤した。

 酷い別れ方だったと思う。

 沙生は気持ちを真っ直ぐにぶつけてくれたのに、臆病な私は逃げたのだ。


 彼女は私を待つ理由なんてない。

 私が待っていて欲しいなんて、そんなこと願っていい立場ではない事も分かっている。


 だから、と思う。

 どこか遠くから見つめるだけでもいい、一度でいいから貴方に会いたい。

 こんな感情を抱いている事を許してくれるだろうか。


 貴方が誰かと一緒になっていてもいい。

 それでもいいから、もう一度貴方の世界に入りたいと思ってしまう。


 だからこそ、この5年間帰国する事が出来なかった。



 今回、日本に戻ってきたのは瞳さんの結婚式に参加するためだった。

 相手の人は父が亡くなってから出会い、ずっと瞳さんを支え続けてくれた人だと言っていた。

 昔の私だったら彼女の再婚に何か陳腐な事を考えてしまっていただろう。

 でも今は、彼女がずっと独りで無くなったことに安堵している。


 過去の自分を振り返り、愛に対して潔癖すぎたことを思い出す。

 それは別に今でも悪い事だとは思わない。

 けれど、変わらない事がいい事であるとは限らない。

 変わることでより良い方向に行くこともあれば、その中に変わらないものもだってあるはずだ。


 移ろう感情は、生きていくために必要な事だと今は分かる。









『久しぶり。風の噂で帰国したって聞きました。元気だった?』


 ホテルに着いてから3時間ほど経ってからだった。

 彼女から連絡が来たのは久しぶりで、少し懐かしい気持ちになる。

 返事をすると直ぐに返信が来た。


『今日の18時って空いてる?無理そうなら何時でも大丈夫』


 相変わらず急な子だなぁと笑ってしまう。

 彼女との出会いは5年前だった。







「秋さんですよね?」


 振り向くと日本人の女性が居た。

 留学して最初に話しかけられたのが日本語というのは少し浮かばなかった。

「そうですけど、どうして名前を知ってるんですか?」

「同じ大学なんです、それでさっきたまたま見かけたので」

 にこにこと笑顔で私を見つめてくる。

 どういう感情なのだろう。

 私はわたしを誰も知らないところに行きたかったからここに来たのに。

 放っておいて欲しかった。

「そうなんですね。それで何か用ですか?」

「いえ、用って程じゃないんですけど」

 そう言うと顔を真っ赤にして手を握って来た。

「え、あの本当になんですか?」

 相手の想定外の行動に怖くなり手を引く。

 そして、目の前の女性は決心したかのように私を見つめてきた。

「ずっと憧れてました。お友達になって頂けませんか?」






 最初からあの子は変わった子だった。

 いい所のお嬢さんらしいが、大雑把で落ち着きがない子だった。

 1つ年下と聞いた時には敬語はとれていて、詐欺だと笑いあったのはいい思い出だ。

 初めて話した時は、絶対に仲良くなれないタイプだと思った。

 でも、イギリスの大学で1番仲良くなったのは結局あの子だった気がする。


 成瀬 愛


 彼女に会うのは私が大学を卒業して以来になる。

 久しぶりの再会に胸が弾んだ。



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