吸血スチュワード

まりんみい

第1話 真実の世界へ

 はっきりとは思い出せないが、昔から何故かわたしの近くにはいつもコウモリがいた。夕方になると電線の上にとまっていたり、わたしの上空でパタパタと飛び回るコウモリがいた。

 1匹の時が多かったが、たまに十数羽で群がっている日もあった。物心がついた時からそうだったので、わたしはそれが普通のことだと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。道行く人は、飛び回るコウモリを見て小さな悲鳴をあげたり、逃げるかのように小走りで去っていく人ばかりだった。


 そのコウモリに、声をかけたことがある。ここのつの時だったろうか。小学校から院に帰る途中、薄暗い空、電線の上にとまっていた。


 こんばんは。あなたは何故いつもわたしの近くにいるの?わたしに友達がいないから?それともあなたに友達がいないの?だったら友達になりましょう?


 当然だが、返答はなかった。しかし、ここのつの時のわたしはコウモリが返事をしてくれるだろうと思い込んでいたので、大きなショックを受けたことを覚えている。


「あげは。またここにいたのですね」


「シスター」


「もうすぐお迎えが来ますよ」


「はい。今行きます」


 わたしは院の敷地内にある丘の上で、桜の木の根本に寄りかかり座っていたが、シスターの声を聞いてすぐに立ち上がり、太ももについた土を手で払った。



 わたしは孤児院で育った。

 両親は、わたしが産まれて間もなく事故で死んだと聞かされている。

 引き取り手の無かったわたしはこの孤児院に引き取られ、15年間過ごした。


 今日は、以前からわたしを引き取りたいと申し出てくれた人がわたしを迎えに来る日。既に養子縁組をしており、新しい自宅へ、新しい家庭へ帰る日なのだ。


 孤児院で暮らした15年間は、実につまらないものだった。この孤児院にはわたしと同様に親が死んでしまったり親に捨てられたり、同じような境遇の子供たちが沢山いる。そんな子供たちはこの施設を我が家のように思い、共に過ごす子供たちを家族のように親しんでいた。


 しかし、わたしに家族と呼べる存在はいなかったし、友達すらもいなかった。みんな避けていくのだ。


 "こうもり女"


 人々はそうやってわたしを忌み嫌う。わたしの行く場所佇む場所に必ずこうもりが居たから。わたしはそれに、慣れてしまった。産まれてすぐに孤独になったのだ。この先もずっと、生涯孤独なのだろう、と。


 わたしが引っ越す街はここからだいぶ遠く、彼らはすぐにわたしのことなんて忘れるだろう。そしてわたしも忘れるのだ。


 そう思うと、なぜだか目頭がジーンと熱くなった。


 泣いちゃだめだ。贅沢な涙になってしまう。両親は居ない、引き取り手も居ない、決して裕福な暮らしを送っているわけでもない、そんな仲間が暮らしているこの場所で、今、わたしだけがを卒業しようとしているのだから。


 涙を堪えようと上を見上げると、真っ赤な夕日が燃え広がっていた。



「…シスター」


「どうしたの?」


「わがままなのは分かります。だけど、この本だけください」


 わたしは先程まで読んでいた本をシスターに見せた。こうもりのよる、という児童向けの絵本だ。わたしが生まれた年に発売された絵本で、それはところどころ破れ、ページも黄ばんでいるし、絵本の四つ角は角が潰れ柔らかく曲がっていた。開くと少しツンとした酸っぱい匂いがして、その古さを感じさせる。


 わたしはどうにもこの絵本が大好きで、毎晩のようにパラパラとそれをめくり話を読み返したり、絵を眺めたりしていた。こんなにもこの本に惹かれるのは何故なのだろう。周りにこうもりがいるからなのか。


「あげはは本当にその本が好きね。小さい時から、ずーっとその本ばっかり。いいですよ。もう、あげは以外に読む子はいないから…」


「ありがとう」






 シスターに手を引かれ、丘を下り、小池のある道を歩き、正面玄関から院内に入った。養父が来るであろう客室に向かう時、シスターが事務員に呼び止められた。


「ちょうど良かった。大門寺さんからお電話ですよ」


 大門寺。私の養父になる人の苗字だ。

 シスターは子機を受け取ると、もしもし浅野ですが、と話した。はい、はい、と相槌を打つ。すると、私の方を見てちょっとお待ち下さいね、と言い、私に子機を渡した。


「もしもし。こんにちは」


『あぁもしもし…あげはちゃん?』


「はい」


『こんにちは。ごめんね、僕、今日、急な仕事が入ってしまって、迎えに行けなくなってしまったんだ。もうそっちに向かってた所だったんだけど…悪いね。代わりに、僕の信頼できる人が迎えに行くからね。ごめんね』


「はい。大丈夫です、待ってます。どんな人ですか?怖い?」


『ハハハ、怖くないよ。大丈夫。とても綺麗な人だよ。じゃあ、今晩、うちで会おう。本当に悪いね、じゃ、また』


「はい、また」


 私は子機の切ボタンを押した。

 シスターが心配そうな顔でこちらを見てくる。


「大門寺さん、迎えに来れなくなっちゃったから代わりの人が来るって…」


「そう…しょうがないですものね。お忙しいんだわ。客室で待ちましょうか。一緒に、その本を読みましょう」


 そう言うと、シスターは私に手を差し出した。私は小さくコクリと頷くと、シスターにこうもりのよるを渡した。


「大門寺あげはさん」


 いきなり、私の後ろ側から声がした。知らない声に名前を呼ばれ私は驚き、咄嗟に振り返るとそこには知らない男性が立っていた。キャップを深く被っているし、風邪でもひいているのかマスクをしているため表情は伺えないが、長身ですらっとした体型だ。キャップからはみ出る髪が深緑色で、物珍しさを感じる。


「あ、もしかしてあげはのお迎えの…」


 シスターがそう尋ねると、その男性は小さく頷いた。


「代わりに迎えに来ました。さぁ、行こうか」


 その男はわたしの肩にそっと手を置いた。何故かわたしはそれがとても不愉快に感じて、眉をひそめてしまった。


「あっ、大門寺さん、ちょっと。待って下さいね。お渡ししなくてはならない書類とか、あげはの荷物がありますから」


 挨拶する暇もなく、シスターが慌てて荷物を






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