第1話 「続・戦うメイドさん」(後編)

 周の住むマンションは内廊下の構造で、1フロアに部屋は4つ。中央を走る廊下は比較的贅沢に幅をとっているが、それでも決して充分に広いとは言えない。


 そこでふたりの人間がバトルを繰り広げていた。


 ひとりは、制服に身を包み、スカートの下にスパッツを穿いた小柄な少女。護星高校生徒会会長兼治安維持部隊隊長・竜胆寺菜々ちゃん(←漢字23文字)。徒手空拳による格闘を得意のスタイルとしている。


 もうひとりは、2LDKのマンションには不似合いなエプロンドレス姿のメイド・藤堂月子。こちらは伸縮式特殊警棒の二刀流をもって菜々ちゃんを迎え撃つ。


 周は行く末の予測できない戦いを傍観しながら思う。


「あー、早く中に入りてぇ……」


 と――。


 というのも、こんな状況になった理由が、中に入りたい菜々ちゃんと中に入れたくない月子の思惑の衝突であるため、自然、戦域はドアの前に設定され、おかげで中に入ろうにも危なくて近寄れないのである。


 周としては菜々ちゃんに家の中を見られたくなかったわけだが、月子がメイド姿で堂々と表に出てきている時点でもうほとんどどうでもよくなっていた。しかしながら、月子と菜々ちゃんにはそんなことは関係ないらしい。


 戦いはとてもわかりやすい構図になっていた。

 すなわち、ドアを突破しようとする菜々ちゃんと、それを阻止する月子、である。


 菜々ちゃんは持ち前の突進力を活かして一気に間合いを詰め、手数の多い乱打と必殺の破壊力を秘めた大振りの一撃を、状況によって使い分けてくる。


 だが、武器を持っているとはいえ、それをことごとく防いでいる月子にも目を見張るものがある。時にはリーチを活かして先制攻撃し、時には防御と同時に攻撃に転じた。武器を持つ優位性と武器が持つ特性を最大限に利用している。


「そろそろ諦めてお帰りください。あなたも剣道三倍段という言葉くらい聞いたことがあるでしょう」


 本日何度目かの睨み合いの中、月子が口を開く。その言葉は冷静、且つ、正しく状況を語っていた。


「そして、攻城戦には三倍の兵が必要という定石もあります」


 城攻めの際には守る側の三倍の兵を用意しなくてはならない、というのはよく言われることである。


「うわ……」


 三人並んだ菜々ちゃんを想像して気分が悪くなる周。


「はン。それがどうしたってのよ。定石に縛られてて生徒会長が務まるかっていうのよ」


 さすが血の気が多くてすぐに小競り合いを起こす体育会系部員と日夜趣味で戦っている菜々ちゃんである。


「三倍段が何! そんなものより今年の『新春・生徒会麻雀大会』で、九条に三倍満ぶち当てられたときのほうが驚いたわよっ」

「……」


 周が思わず聞かなかったことにしたくなるようなことを叫んでから、菜々ちゃんが駆け出す。


「ふん。おかげでそのときの勝ち分、まだもらってないのを思い出したわ」

「それでも勝ったのかよ」


 周が菜々ちゃんにツッコみ、菜々ちゃんは月子に突っ込む。


 月子はまず左の警棒を振り下ろした。――牽制。菜々ちゃんの足を止めるのが目的だ。菜々ちゃんは待ち構えるようにして繰り出された警棒を、急停止した後スウェーで避ける。


「っと……?」


 が、その際に上体のバランスが崩れた。


 当然、月子はそれを逃さない。隙ができた脇腹を目がけて、今度は右の警棒を横薙ぎに振るう。


 瞬間、菜々ちゃんがにやりと笑った。


「かかったわね!」


 月子はすぐに悟った。この攻撃は誘われたのだと。

 だが、もう遅い。


「武器破壊ぃ!」


 菜々ちゃんは一瞬で体勢を立て直すと、撃ち込まれてきた警棒をジャストのタイミングで肘と膝で挟撃し、粉砕した。


「ッ!? カスタムスティール合金のバトンを素手で……!」


 さすがに驚きを禁じ得なかったようだ。


「おいおい……」


 そして、周も。


 なんたら合金を素手で破壊する菜々ちゃんもむちゃくちゃだが、そんなものを人間に向かって躊躇なく振るう月子もたいがいである。


 月子が武器のひとつを潰され動揺を見せたのは一瞬のこと。すぐに冷静に立ち返り、蹴りを放った。体を一回転させて遠心力を加えた蹴りは、エプロンドレスのロングスカートを舞踏のように舞わせながら、射抜くように菜々ちゃんを襲った。


 胸の前で腕をクロスさせてそれを防ぐ菜々ちゃん。しかし、軽い身体は易々と後方に飛ばされた。また振り出しに戻されたかたちだ。


「さて、もうひと息ね」


 それでも菜々ちゃんは不敵に笑う。自分が優勢に転じたことを確信したようだ。

 月子は残った警棒を左から右に持ち替えた。


 その傍らで周は、ギャグマンガが気がつけばバトルマンガになっている最近の少年マンガの傾向をふと思い出していた。そんな世界に巻き込まれたくないものだと思う。


「んじゃ、レッツ・トライ!」


 わりかし呑気な掛け声とともに、再び菜々ちゃんが駆け出した。


「武器がこれだけと思わないことです」


 対する月子はそう言いながら、腕を勢いよく菜々ちゃんに向けた。途端、袖から何かが飛び出す。投擲用のナイフ、スローイングダガーだ。……因みに、危ないので切っ先は丸めてある。


 一直線に飛ぶスローイングダガー。


 それが菜々ちゃんに到達するというまさにそのとき、菜々ちゃんの姿が幻のように消えた。


「ッ!?」


 わずかに驚愕の色を見せる月子。だが、すぐに影を捉えた。


 驚くことに菜々ちゃんは壁の上を、まるでそこが地面であるかのように疾走していたのだ。彼女の超人的な脚力は、短時間ならこういう技も可能にするらしい。


「……」


 顔の前で「ないない。それはない」と縦にした掌を振る周。無言でこっそりやっているのは、自分の扱いと立場をすでに悟ったからだろうか。


 それは兎も角。

 壁を走る菜々ちゃんは、今や地面となっている壁を蹴り、そのままの勢いで月子に飛びかかった。


 が――、


「もうひとつ言っておきます。私を武器がないと戦えないようなメイドだと思うことも間違いです」


 襲いかかってきた菜々ちゃんの腕に素早く自らの腕を絡ませ、自分は沈みつつ身を捻る。まったく淀みのない流麗な動き。次の瞬間、菜々ちゃんの身体が宙を舞っていた。


 要は相手の突進力を利用してアームホイップで投げ捨てたのだ。


「にえええぇぇぇ~」


 やけにコミカルな悲鳴を上げてちびっ子生徒会長が飛んでいく。


 その向かう先は――、


「でぇ!? 何でこっちに放るよ!?」


 周だった。


 咄嗟に逃げようとする。が、丁度そのとき、間の悪いことにすぐ後ろの階段から古都翔子ふるいち・しょうこが上がってきた。周が避ければ菜々ちゃんは翔子に激突するかもしれない。


「おい、そこ! 下がれ!」

「え? きゃ……」


 警告を発して、翔子が飛んでくる菜々ちゃんに気づいたまではよかった。しかし、驚いて体が動かないようだった。


「んなろ……」


 腹をくくった周が盾になる。


 しかし、菜々ちゃんは空中で体勢を立て直すと、いったいどういう体術なのか、顔を庇っていた周の腕を、トン、と軽く蹴るだけで投げられた勢いを完全に殺してしまった。


「よっ、と……」


 菜々ちゃんが軽やかに着地する。


 ほっと安堵すると、周は翔子に向き直った。


「大丈夫だったか?」

「あ、うん。大丈夫……」


 彼女は何が起こったのかわからないまま、とにかく無事であることを告げた。


 周は改めて翔子を見る。

 大きくくっきりした目が印象的な、整った顔をしている。十人いれば十人ともがかわいいという感想を持つであろう容姿だ。


「えっと、あれだ。今ここで人外バトルやってるから。早く家に帰って、あと一時間ほどは出ないほうがいい」

「う、うん。わかった」


 そう答えると、翔子は足早に帰っていった。行き先は周の部屋から斜め向かいの部屋だ。


「あー、あれは1年の古都翔子ちゃんね」

「うおっ」


 なぜか横で菜々ちゃんも見送っていた。


「確か鷹尾の隣の隣のクラスだったはず。なんちゃら美少女コンテストでいいとこまでいったらしいわ」

「知ってるんですか?」

「あたしは生徒会長よ? 気になった生徒はチェックしてるわ」

「……」


 どうも職権乱用してそうな感が否めない。


「好み?」

「別に」


 と、そのとき――、


「周様、危ない」

「へ?」


 振り返ると、いつの間にか真後ろに月子が立っていた。しかも微妙に殺気だった感じで、ついでに警棒まで振り上げている。


 次の瞬間、その警棒が振り下ろされた。


 ……周の頭上に。


「どぅわっ」


 周はそれを真剣白刃取りで受け止める。


 普段の彼からは考えられないような、見事な反応だった。巷間、アホの子アホの子と言われている周だが、実はやればできるすごいアホの子なのである。


「……」

「……」


「……月子さん」

「……はい?」

「俺には月子さんがいちばん危なく見える」

「……そうでしょうか?」


「……」


 カスタムスティール合金の凶器を周の頭に振り下ろしておいて、どうしてそんなことが言えるのか。


「チャーンス!」


 月子がドアから離れた今が好機と菜々ちゃんが駆け出す。はっと気づいて月子も慌ててその後を追った。


 が――、


「「 ッ!? 」」


 突然、ふたりが同時に足を止め、周のほうを振り返った。それぞれ緊張した面持ちで身構えている。


 いや、違う。


 警戒の眼差しは周にではなく、そのさらに後ろに向けられているのだ。


「……」


 いったい何があるというのか。周も恐る恐る振り返った。


 しかし、誰もいない。警戒すべきものもない。周が首を傾げていると、間もなく階段を誰かが登ってくる足音が聞こえてきた。


 現れたのはまたもや護星高校の制服を着た、今度は男子生徒だった。


「なんだあ?」


 男子生徒は場を見回してから、拍子抜けしたように素っ頓狂な声を上げた。


 九条という名の先輩だった。周は彼が生徒会関係者で、菜々ちゃんから雑用と呼ばれていることくらいしか知らない。そして、いつ見ても見えない刃物を隠し持っているような鋭い雰囲気がどうにも拭えなかった。


「会長探し回ってるうちに、何やらドンパチやってる気配があるからきてみりゃあ……何を遊んでるんです?」


 呆れたような口調で訊く。

 九条はひと通り見てだいたいの状況は理解したようだった。尤も、詳しい事情まではわかるはずもないだろうが。


「えっと……」

「夜の見回りの準備もあるんです。とっとと帰ってきてください」

「むぅ」


 菜々ちゃんは渋々といった調子で返事をした。


「悪いな。またうちの会長が迷惑かけたみたいで。今度テキトーに埋め合わせするよ」


 意外に人懐っこい笑顔でそう言ってから、九条はちびっ子生徒会長を連れて階段に消えていった。


「……」

「……」


「帰っていきましたね」

「帰っていったな」


 周と月子。ふたりでそれを見送る。


 どうやら菜々ちゃんが絡んでくると、いつの間にか自分の意思とは無関係に巻き込まれて、いつの間にか自分の努力とは別のところで解決するようにできているらしい。


 このままだといつかいらん悟りを開くような気がする周だった。

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