充電中の時間潰し。
今中源鈴
第1話 寺島さん
寒い。
風が強く、顔と足がとても震える。
ドアの取っ手に触れ、右手から冷たさが伝わってくる。
ガチャ
あったかい。
部室はサッカーの試合がテレビで流れ、ヒーターのお陰で過ごしやすい温度になっていた。
テーブルの向こう側で寺島さんが荷物を枕にして突っ伏している。彼女が先に来て、ヒーターをつけてくれたのだろう。ありがたいと感謝しつつ、自分の鞄から充電器を取り出す。テレビの横のコンセントの所には、既に白のiPhoneが繋がれている。多分、寺島さんのだろう。その下のコンセントに充電器を繋ぎ自分の黒のiPhoneを置いた。
寺島さんの向かいに座り、余ってる椅子に荷物を置いた。
寺島さんの近くにあるテレビのリモコンを取り、なんかやってないかザッピングする。面白そうなものがなかったので、始めから点いていたブンデスリーガの試合の再放送をやってる所でリモコンを置いた。試合は1-0でケルンが勝っている。
すると、目の前の物体の髪が少し動いた。
「ん…梅野さん?」
「はい」
「ああ、私軽く寝てたのか」
「みたいね」
寺島さんは顔を上げた。ショートボブの髪がボサっとしている。起きたばかりだからか、声がいつにも増して低めだ。
「点取ったんだ。私が見てた時は入ってなかったんだけど」
「そうですか」
私も視線をテレビに移す。
「誰決めたんだろう?大迫かな」
「66分にモデストが決めたって」
「大迫じゃないのか」
「大迫はもう、途中交代したみたい」
「じゃあいいや」
寺島さんは視線をテレビから私の方に向けた。
「なんかやる?」
「なんかあるの?」
寺島さんが荷物の中を探す。
「紙とペンぐらい」
「貸して」
「はい」
私はその無地の紙にペンで格子状に線をたくさん引き、真ん中のマスに○を書いた。
「はい」
そして寺島さんにその紙とペンを渡した。
「ん?」
寺島さんは困った様子で紙を見る。そして紙に書き、私に渡した。
紙を見ると、私が○を書いたマスからかなり離れたマスに×が書かれていた。
私は○をさっき書いたマスと縦に連なるように書き、寺島さんに渡した。
寺島さんはそれを見て、
「ああ、五目並べか」
と、ようやく理解した。
「ああ、ダメだ」
寺島さんがそう言ったのは五目並べと理解してから2分後の事だった。最初に書いた離れた位置の×のせいで私が終始有利なまま、両端が塞がれていない4つの○を私が書いて寺島さんにペンを渡した時だった。
「梅野さんが勝ったから次の試合の線を引いて、私は負けたから次先攻で」
「分かった」
線を引きながら、ザッピングしてる寺島さんの顔を見てた。彼女の黒目がちな目が私の視線と同じ高さにある。彼女は私よりも10cmほど背が高いが同じという事は、その差は足の長さなのだなと考えていたら線が引き終わった。
「はい、新しいの」
寺島さんに紙とペンを渡す。
「連敗はしたくないからね」
寺島さんはそういうとテーブルにある自分の荷物を横の椅子に移し、紙をテーブルの真ん中に置いた。
テレビは中日のキャンプ映像が流れている。
「梅野さんは好きなチームあるの?」
2人でペンを行き来しながら寺島さんはこう言ってきた。
「スタジアムに行くほどではないですけど、ランズの試合はよく見ますね」
「ランズかぁ、面白い試合多いよね」
「寺島さんはどこが好きなんですか?」
「私はレ・タフロかなぁ」
「ああ、そこも試合が見応えありますね。ランズはそこと相性が悪い…」
「あ、ラッキー」
「あ」
喋りの方に意識取られて、×が4つ並んでいたのを見落とした。まあ、最初の試合で軽くズルしたからこれでトントンか。
「お互い1勝したし、先に3勝した方が勝ちにしよう」
と寺島さんが言った。
「分かった」
と私は答えた。
寺島さんが紙に線を引いている。なんか歪んでいる。レンズを通して見たかのように紙の上部分が歪んでいた。
思わず少し笑ってしまった。
「寺島さん、手先器用そうなのにあまり上手くないね」
「綺麗な線を描きたいから腕を伸ばした状態でサーって書くんだけど、内側はそれが出来ないから歪むんだ」
「まあ、見栄え悪くてもゲームは出来るしやろう」
と真ん中らへんのマスに○を書いた。
試合は歪みのひどい上部分ではなく下部分で展開した。
「中日は今シーズン何位になると思う?」
「5位ぐらいじゃない?」
さっきはこういう雑談で気を取られたので雑に対応する。
「そういえば、駅前のたい焼き屋が新作出してたね」
「そうなの?」
「260円くらいのクリームの甘いやつ」
「甘いのは少し苦手」
「辛い方が好きなの?」
「どちらかといえば」
3-1で○が置いてある状況を作った。間に置かれなければ勝ち。
「へー」
寺島さんは×が3つある所に、4つ連なるよう×を書いた。
「あー良かった」
「え?」
間に○を書き、五目並んだ。
「あれ、そこ4つ並んでたっけ?」
「3つと1つがあった」
「あーそういうのもあるか」
私が新しい紙に線を引いている間、寺島さんは私の手元を見ている。
「フリーハンドなのによく綺麗に引けるね」
「いや、私もそんな綺麗じゃない」
「私のよりかは綺麗だよ」
寺島さんは引き終わった紙にすぐに×を書いた。
勝てば私の3勝となるこの試合。私がひたすらに攻勢をするも寺島さんがひたすら防ぐ。
上手く隠して気付かれなければいけるというシーンを3回ほど防がれた。
「流石にもう落とせないから」
そういう彼女の目はより黒目が大きく集中しているように見える。
防ぎに防いだ彼女の×達は私の○達よりも多くのチャンスを作れる状態だった。私がリーチをかける事が出来なくなったらすぐに、防げない4連の×ができ、負けてしまった。
「次勝った方が、さっき話してたたい焼きを奢ってもらえる権利が貰えるってどう?」
寺島さんが歪んだ線を引きながら言ってきた。
「いいよ」
お腹すいてきたし、勝って食べるならより爽快だから賛同した。
「はい」
寺島さんからペンを貰う。
「はい」
また上部分が歪んだ紙の真ん中に○を書き寺島さんに渡す。
寺島さんは私が書いた○の上に隣接するように×を書く。
歪んだ上部分で試合は展開した。
始めてから1分もしないうちに決着はついた。
リーチにもならない○を私が書いた時、寺島さんが笑った。
「たい焼き代ごめんね」
と言いながら彼女は×を書いた。
まさか、と思い紙を見た。
そこには歪んだ線の影響で、見栄えが悪いが確かに斜めに5つ並んだ×があった。
「梅野さん、やっぱり新作じゃなくてこのモダン焼きが食べたい」
モダン焼き…1番高いやつか。どうせ奢るなら私もそれにしよう。
「すいません、モダン焼き2つ」
「840円です。」
財布から1000円を出す。
「当店のポイントカードは…」
「持ってないです」
「お作りしましょうか」
「大丈夫です」
「かしこまりました。160円とレシートのお返しです。少々お待ちください。」
レシートと160円を財布にしまう。
「お待たせしました。ありがとうございました。」
少し息を吹いてからモダン焼きを食べる寺島さん。
「疲れてから食べる物はとても美味いなぁ」
と充実した良い表情で言う彼女。
なんかズレているなと思いながら私もモダン焼きを食べていた。
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