第24話 ニーナの日記<2>
そう言われて、ドラゴン兄弟は揃って首を傾げた。その様子が、あまりにもそっくりで。あぁ、兄弟なんだな、と、ニーナは笑った。
「日記、書いてみようと思います。文字は……作れるかわかりませんけど、頑張って考えてみます。作れなかったら、絵を描きます。ですから……アインスさんとツヴァイさんも、私に日記を書いてくれませんか?」
「日記?」
「我々も書くのか?」
どこか驚いた表情の二匹に、ニーナは頷いた。
「アインスさんもツヴァイさんも、業務日誌を付けているのは知っているのですが……そうではなくて。今みたいに、私に向けて何かを書いて欲しいんです」
ドラゴン兄弟の、想いが籠った文章がもっと欲しい。そう思ってしまうのは我儘だろうか……などと考えながら、ニーナは二匹の様子を窺う。二匹とも、困惑した顔のままだ。
「駄目……でしょうか?」
「む……うぅん……あ、いや……」
いつになく歯切れの悪い声を発し、ツヴァイが目を泳がせた。その様子に、アインスが笑った。
「つまりニーナは、我らと交換日記をしたいと?」
問われて、ニーナは寸の間考えた。そして、頷く。
「そう……なんだと思います」
そう言うと、アインスが更に大きな声で笑った。彼のこんな様子を見るのは、珍しい……と言うよりも、初めてではないだろうか。アインスの横ではツヴァイが唖然としている事から考えても、相当に稀有な状況だ。
アインスはひとしきり声を放ちながら笑うと、ツヴァイに向かって言う。
「聞いたか、弟よ。交換日記だそうだ。生まれてからもうどれほどの時が経ったかわからぬが、まさか人間と、人間のように交換日記をする日がやって来ようとはな。たった数日で、私も随分と人間臭くなったものだ」
そう言ったかと思うと、アインスは視線をニーナに向ける。
「良いだろう。これも、人間の書を知る良い機会だ。後から、私が文字を書く事ができて、尚且つニーナがページをめくれるサイズのノートを探しに行くとしよう」
そう言われて、ニーナはパッと顔を輝かせた。それに頷いてから、アインスはツヴァイの方を見る。
「それで。お前はどうするのだ、弟よ?」
問い。そしてアインスは、不思議そうな顔をした。ツヴァイの顔が、膨れているような気がする。
「ツヴァイ、どうした? 先ほどと様子が違うようだが……」
「……兄者は、ずるい」
「……は?」
目を瞬かせるアインスに、ツヴァイは「そうではないか!」と言い放った。
「私がどう言おうか言葉を探しているうちに、言うべき事を全て言ってしまった! これでは、私は何も言う事ができないではないか! ずるい!」
子どものような発言をするツヴァイに、ニーナもアインスも唖然とし、それから笑った。
「なんだか今日は……ツヴァイさんが、血の繋がったお兄さんのように思えます」
「なるほど。妹の世話を焼きたいのに、それを私が先にやってしまったというわけだな」
「……は? ニーナも兄者も、何を言いだすのだ……?」
明らかに動揺しているツヴァイに、ニーナとアインスはまた笑った。そして、アインスはツヴァイの頭をぽんと撫でる。
「そう言えば、私とお前は兄弟だというのに、私はお前を構ってやった事が無かったな。そんな事をする必要は我らには無いと思っていたが……やってみると、案外面白いかもしれん」
「からかわないでくれ、兄者!」
悲鳴を上げるようにツヴァイが言うが、アインスは取りつく島も無い。上機嫌に、笑っている。
「提案だ。今日は店を臨時休業にして、私とお前のノートを買いに行かぬか? 兄弟で出掛けた事も、ほとんど無いからな。良い機会だ。……勿論、
「はい!」
楽しそうなアインスに、嬉しそうなニーナ。どんどん決まっていく話に、置いてけぼり気味なツヴァイは憤慨せざるを得ない。
「兄者! ニーナも! 何を勝手に決めて……」
「おや、
「……交換日記、やっぱり嫌ですか?」
ダメ押しだった。
ツヴァイはしばらくの間呻いていたかと思うと、辺り一面を揺らすかのような大声で叫んだ。
「そんなわけがあるか!」
本当に、大きな声だった。その声に鳥は驚いて飛び立ち、川の魚は水面で跳ね、家の中にいた者は窓を開けて外の様子を窺う。
それだけに留まらず、声は竜王の谷を越え、遠い遠いどこかの山の上、どこかの谷の底までも響いたとか、響いていないとか。
そして、その声を耳にしたどこぞの老婆がにやりと笑った事は、誰も、知る由もない。
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