第10話 ユニコーンの恋愛指南書

「いやはや、仕事に必要な資料を探しにきたら、こんなに可愛らしいお嬢さんと巡り合う事ができるだなんて! 嗚呼! 今日は一体、なんて素敵な日なんだろう!」

「ナンパなぞしていないで、早く目的の本を探したらどうだ? お前がうちに来る時は、決まって締切に追われている時だったように記憶しているが……今回もそうなら、店の従業員に声をかけている場合ではないだろう」

 反応に困っているニーナの様子に、ツヴァイが助け船を出した。……と言うか、言わざるを得ないという表情で、若干引き気味に言った。

 目の前にいるのは、額に立派な角が一本生えている真っ白い馬――ユニコーンだ。

 目をパチパチと瞬いているニーナに、ツヴァイは苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「こいつは、人間以外の種族としては珍しい小説家でな。主に恋愛小説を書いて生計を立てているのだが……締め切り間際になってもネタが浮かばない時はうちに来て、資料と称してネタになりそうな本を買っていくんだ。『意中の者を落とすまじない』だの、『多くの異性から恋心を抱かれるための服装アドバイス』だのが載っている恋愛指南書とやらを好んで買っていくあたり、本当に恋愛小説家なんのかと疑いたくなる。そして、ユニコーンにあるまじき女好きだ」

「失礼な! 女性が嫌いなユニコーンなんていないのだから、僕がさも特殊であるかのような言い方はしないでくれないかな? ユニコーンはみんな処女おとめが好き! 処女おとめ以外は、例えどれだけ積まれようとも背に載せたくない! 処女おとめの胸に抱かれたい! それがユニコーンという生き物なんだよ!」

「そうだったな。ユニコーンにあるまじき女好きではなく、ユニコーンにあるまじき変態発言製造者だったな。ところで今の発言は他のユニコーンに迷惑だから、言い回しを考え直した方が良いと思うぞ」

 ニーナの前に手を遣って、後ろに下がらせる。その様子に、ユニコーンが「おやおや」と目を細めた。

「その子の事が気に入っているのかい? 心配しなくても、取って食ったりはしないよ。……と言うか、心配するなら君の方じゃないのかい? その子と君とじゃ、サイズが違い過ぎて愛を交わし合うのも難し……」

「良いからさっさと仕事の資料を探しに行け! この変態ユニコーン!」

 ツヴァイに怒鳴られ、ユニコーンは「仕方がないなぁ」などと言いながら、ユニコーン族用の棚へと歩いていく。カッポカッポという蹄の音を聞きながら、ニーナはツヴァイに顔を向けた。

「ツヴァイさん……一つ気になるのですが、訊いても良いでしょうか?」

「む? 何だ?」

 問いを許可されたニーナは、「あの……」と声を発した。声は躊躇いがちだが、目は好奇心で輝いている。

「あの方……小説家というお話しでしたよね? ……どうやって書いているんでしょう?」

 蹄だから、ペンは持てませんよね? そう言うニーナに、ツヴァイは「あぁ……」と苦笑した。

「ユニコーン族は……」

「僕の文字が気になるのかい? お嬢さん!」

 ツヴァイが言い掛けたところで、風よりも速く会計机まで戻ってきたユニコーンが鼻息荒く会話に割り込んできた。

 何か言いたげなツヴァイを押しのけ、ユニコーンは喜々として語り始めてしまう。

「僕達ユニコーン族は、蹄で文字を書くのさ! 蹄の向きとか、組み合わせとか。それでいくつもの音を表現しているんだ。面白いだろう? 面白い組み合わせと言えば、僕とお嬢さんを組み合わせても、中々面白い事になると思うのだけど。どうだい? 今夜あたり、僕と」

「ここぞとばかりにナンパするんじゃない! 店内の風紀を乱すな!」

 ひとしきり怒鳴ってから、ツヴァイはため息をついた。

「ニーナ。ちょっと住居スペースまで行って、兄者の様子を見てきてくれないか? 今日は一日探し物をすると言っていたが、兄者だけでは骨が折れよう。まだ見付かっていないようなら、手伝ってやってくれ。ここは私が番をしておく」

「わかりました」

 そう言って、ニーナは住居スペースの方へと向かう。

「また会おう、お嬢さん! 願わくば、次の会話ではお互いに愛を囁き合わん事を!」

「愛を囁くほどの仲に進展していないだろう! いい加減にしろ!」

 ユニコーンの言葉にツヴァイが怒鳴っている間に、ニーナはその場からいなくなってしまう。

 ユニコーンは名残惜しそうな顔をしていたかと思うと、すすす……とツヴァイに近寄った。

「……何だ。お前が自分から女以外に近付くなど、珍しい。……というか、気色が悪いな」

「酷い言い草だなぁ。たまには君ともお喋りがしたいと思っただけだよ。僕は小説家だからね。様々な者達と話をして、多くの考え方を取り入れないと」

「心がけは立派だが、普段の行いが悪過ぎるな。……本当にこんな事で時間を潰していて良いのか? 資料になる本を探しに来たのだろう?」

 ツヴァイの問いに、ユニコーンは「ふふふ……」と楽しそうに笑った。

「良いんだよ。どこの誰がどんな想いで書いたかもわからない恋愛指南書よりも、よっぽどネタになりそうな物を見付けたからね」

 そう言って、ユニコーンはツヴァイを見上げる。ツヴァイはどこか居心地が悪そうに身じろぎをしてから、首を傾げた。

「この店に入ってからこれまでの間に、そんな物を見付けたと言うのか? ……そんな物がこの店にあっただろうか……」

 ここで、この日初めて、ユニコーンがため息を吐いた。

「……うん、まぁ……まだ芽生えるかどうかもわからない種だからね。……と言うか、このままだと多分永遠に芽生える事なんて無いんだろうけど、そういうのを見ると水とか肥料とか、あげてみたくなるよねぇ」

「おかしな例えをせず、わかりやすく言ってくれないか? それと、何故そこはかとなく怪しげな笑みを浮かべている?」

 ツヴァイの問いに、ユニコーンは「ふふふ……」と笑うばかりだ。

「ニーナちゃん……だったね。良い子を雇ったじゃないか」

「少し話しただけで、知ったような口をきく」

「これでも恋愛小説家で、穢れ無き乙女が大好きなユニコーンなんでね。目の前にいる女性が良い子なのかそうでないかは、話さなくても見ればわかるんだよ」

「口から出まかせ……と思えないところが怖いな」

 後ずさるツヴァイに、ユニコーンはまた笑った。

「今日のところは帰るとするよ。ニーナちゃんによろしく! あ、それと何だか食えない君のお兄さんにもね!」

 そう言って、ユニコーンは店を出て、颯爽と駆けていく。小さくなっていく後姿を眺めながら。ツヴァイは疲れたように呟いた。

「……結局、何をしにきたんだ、あいつは……」

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