メロスのように
沿道に集まった人たちに見送られながら、帝国を出発したプロスペクターは、街から伸びる綺麗に舗装された大きな道を走っていた。
「へえ、ちゃんと道路があるんだね」
「大きな街の近くわね、だんだん道すらもなくなるから」
「マジでか……」
「そのためのプロスペクターでしょ」
「すごいな! こんな道があったなんて知らなかったぞ!」
後ろの小動物は初めて見る光景なのか、より一層キラキラしている。
「あれ? あんた、帝国から出たことなかったの?」
「ん? 逆だ、クーはあの国に来たばっかりだ」
「え、そうなの? てっきりスラムの子かと思ってた」
「来たばっかりでお金が無かったからあの杖を盗った。ごめんなアミィ」
「や、それはもういいけど……お金も持ってないで国の入り口に繋がってる道を見てないって、あんたまさか不法入国とかじゃ……」
「ん? なんだそれ?」
「まあいいわ、バレなきゃ犯罪じゃないしね」
「ていうかあの国もスラムとかあるんだね」
「そりゃああんだけ大きい国ならスラムの一つや二つあるわよ。あんたの国だってあるでしょ?」
「俺の国はスラム街みたいなのはあんまり聞かないなぁ……たしかに貧しい人はいるけどね」
「ふーん……ずいぶん平和なとこから来たのね」
「まあ、こっちみたいに魔物とかいないしね」
はは、っと笑ったとき、前を走っていたヴィランティフが止まった。
「英雄様、ヴィランティフが警戒しています。お気をつけて」
ローランは辺りを見まわしながら、ヴィランティフから降りて腰の剣に手をかける。
「なんか見える?」
「いやあ、特にはないわね……」
俺とアミィはフロントガラス越しに辺りを見まわす。
「いや、いるな。姿は見えないけど」
「あんたわかるの?」
「気配は感じる。正確な場所はわからないけど……」
と、そのとき、ローランの腰の鞘から勢いよく光が走った。
それと同時にジェル状の物体が飛び散った。
「スライムだったか……」
一度、剣を振って鞘に納める。
「な、なんだ今の!?」
「ああ、英雄様、無事ですか?」
見た事も無いものが飛び散ったのにびっくりしたクロが、プロスペクターから飛び出てきた。
一応槍を持って
「スライムです。昔はいきなり襲ってくるようなこともなかったんですが」
「え、スライムいるの?」
「ええ、英雄様の世界にはいないのですか?」
「いないなぁ……ゲームとかには出てくるけど」
しかも旅に出て最初に出会う魔物がスライムだなんて、完全にゲームみたいだ。
「ゲームとは?」
「あ、電話はあるけどゲームはないのか、えっと、なんて言えば」
そのとき、ローランの顔越しに半透明のぷよぷよした物体が見えた。
「あ、」
言うより先に手が動いていた。
ローランに飛びかかろうとしていたスライムを、クロの槍が貫く。
ただのジェル状の塊と化した物体が、槍からボタッと地面に落ちた。
「さすが、英雄様」
触れていた剣から手を離し、ローランは微笑みながら静かに手を叩いた。
綺麗に塗装された大きな道も終わり、荒野が続く。
「ところでこれからどこに向かってるの?」
「ああ、言ってなかったっけ? とりあえず近くの村に行こうかなって」
「そこの村に竜士がいるの?」
「わかんない」
アミィが肩をすくめる。
「ローランがとりあえずそこに行ってみればいいんじゃないかって。できれば野宿もしたくないでしょ?」
「まあ、そうだね。泊まれるんだったら泊まりたいね」
時刻はすでにお昼を回っていた。
気付けば昼食もとらずに走りっぱなしだった。
そろそろお腹空いてきたなぁと思った時、前を走るローランがスピードを緩めて真横に並んだ。
「英雄様、少し休憩しませんか?」
高速道路ではないのでサービスエリアなんかはないが、都合のいいことにオートモーを停めてくつろぐスペースは見渡す限りある。
今まで何台ものオートモーが通ったことによって、獣道的にできあがった一本道を少しそれたところにプロスペクターとヴィランティフを停めた。
四人は円くなって少し遅めのランチタイム。
持ってきていたサンドイッチを食べた。
これおいしいから持っていってと街の人から渡されたものだった。
中身は――魚だ。
魚を燻製にしたものと新鮮な野菜が挟まれている。
この魚は帝国の周りを囲んでいた川のものだろうか?
ほのかにかおる木と煙の香りがとてもおいしい。
パンも作られてからあまり時間がたっていないようで、ふわふわだ。
ほどよくソースが染みている。
「その魚は帝国の周りを流れている川で獲れるもので、よく食卓に並ぶものなんですよ」
ローランがお湯を沸かしながら説明する。
「たくさん獲れるので値段は安いですが、とてもおいしいので私の家でもよくこの魚の料理が出ていました。赤い身が綺麗でしょう?」
「うん、すごくおいしい。俺の世界の魚に似てる。こうやって燻製にしたりして食べてたよ」
「ほう、そうなのですか? どちらの世界も人間がいるように動物も同じものがいるんでしょうかね?」
うーん、たしかにそうなのかも?
「ところでローラン、それなにでお湯を沸かしてるの?」
お湯を沸かすというので、てっきり火でも焚くのかと思ったのだが、ローランがいじっているものはどう見てもちょっと厚めのクッキングヒーターだ。しかも卓上用の。
「なにって、ヒーターですが? 英雄様の世界にはこういうものはないのですか?」
「いや、あるんだけど、あまりにもそのままだから……それって電気使ってるの?」
「英雄様の世界では電気を使っているのですか!? たしかに電気を使った機械はありますが、熱を作るのにあまり効率的とは思えませんね。かなりの量が必要になるでしょう」
「私どもの世界では、熱を生み出すには鉱石を使います。「イラコル」という少量の魔力を与えてやればかなりの熱量になる石です。我々が乗っているオートモーも「イラコル」の熱を使っているんですよ」
「へー」
そんな便利なものがあるならたしかに電気でどうにかしようとは思わないか。
あれ? そういえば今納得しかけたけど
「ん? オートモー動かすのに熱だけでいいの?」
「お! 気になりますか!」
ローランの目が輝いている。これは地雷を踏んだか。
「英雄様の世界にもオートモーのような乗り物があるということなので、ある程度は存じているとは思いますが、オートモーを直接動かしているのはエンジンです。エンジンの中にあるピストンを上下させることによって往復運動を得て、それをクランクを通して車輪に伝えることによって回転運動に変えています。じゃあそのピストンを動かしているのは何かというと、ズバリ蒸気です! いわゆる湯気ですね! 水が熱せられたことによって発生する蒸気を利用してピストンを動かしています。その蒸気を発生するために水を熱しているのが……」
「イラコル」というわけか
仕組みはわかったけどこの車、蒸気機関で動いてたのか。
旧式なんだかハイテクなんだか――
「そしてこのエンジンのすごいところはですね! 一度使った蒸気をもう一度水に戻して自動的に――」
「ああ、もういいよ。わかった。ありがとう。すごくよくわかった」
「おや、そうですか。さすがに理解がお早いですね」
英雄様も実はお好きなんですね。フフッと笑うローランの顔を蒸気、いわゆる湯気が隠していく。
「お、沸いたわね」
アミィがなにやらいそいそと用意している。
「なにやってるんだ? アミィ」
見慣れない器具にクーは興味津々だ。
「ん? お茶を淹れるの。皇帝陛下が「欲しいものがあったら何でも言ってくれ」って言ってたからめちゃくちゃ高いお茶をもらっちゃった!」
じゃーん! といってお茶の缶を自慢げに掲げる。
シンプルなデザインだが、それゆえにそこはかとなく高級感が漂っている
クーに見つめられながら、アミィはテキパキと、そしてとても時間をかけてお茶を淹れた。
赤みがかった透き通った色が綺麗な、甘い香りのするお茶ができあがった。
「さあ! できたわよ!」
「おお! やっとか!」
途中からも、すごく良い匂いがしていたので、クーはかなり楽しみにしていたようだ。
アミィが、さあさあ、飲め飲めと全員に配る。
「絶対おいしいから! 最高級品をわたしが淹れたんだからね!」
アミィに渡されたカップからとても良い匂いが香る。
「あ、おいしい」
「でしょ? こんな良いお茶なかなか飲めないわよ」
淹れ方もうまいのか、雑味などもあまり感じない。
「おお! おいしいのか!」
さっきから心待ちにしていたが、いちおう味を警戒して誰かが飲むのを待っていたクーが嬉々として口をつける。
一口、ゴクリと飲んで、嬉しそうにしていた顔は一瞬で歪んだ。
「にがい……」
さっきはたまたまうまくいったけどさー、実は槍ってやったことないんだよね。じいちゃんがやってるのを見てただけで。と言ったクロを、食後の運動です! と言いながら槍を手にしたローランが引きずって行ってしまったので、アミィとクーはのんびりお茶のおかわりをしていた。
クーのお茶にはミルクと砂糖が飽和するまで入っている。
遠くでクロの悲鳴を聞きながら、景色を眺めていると、小さな動く点が見えた。
「んん? ねえねえクー、あれってさ」
「人だな」
やっぱりそうかと凝視するアミィの視界の中で、小さかった点はだんだん大きくなってくる。
どうやらこちらに向かって走っているようだ。
もう完全に人の形になり、なにか使命を帯びたような必死な表情が見えるところまで来ると、急にフラフラと体が揺れ始め、
「あ」
パタリと地面に倒れた。
真田十竜士 ~異世界仲間探し車中~ 伊武大我 @DAN-GO
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