Ophelia〜オフィーリア〜
増本アキラ
Start
今から語られるこの奇妙な出来事は、
あくまで空想の物語である。
だが、それらの全てが必ずしも
空想であると言い切ることはできない。
私たちは近年少々、科学と理論の及ばぬ事象を
否定する傾向にある。
● 目次
第一幕第一話 Start
第二話 少女と夜
第三話 深海の夢
第四話 少女と釣り人
第五話 少女と喫茶店
第二幕第一話 Sleeping Beauty
第二話 感応
第三話 少女と絵描き
第四話 少女と電車
第三幕第一話 Fate
第二話 少女と音楽
第三話 Series
第四幕第一話 少女と花
第二話 Another
第三話 青の侵蝕
第四話 Wheel of Fortune
第五幕第一話 My Life
第二話 Tear
第三話 Ophelia
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第1幕 第1話 Start
彼は企業家の古い友人とカフェでコーヒーを飲んでいた。
小さな町の公園前に看板を出しているさびれた店だ。初夏の強い陽射しに追い立てられるようにして、二人はそのカフェに逃げ込んだのだった。
さりげなく空間を彩るジャズを聴きながら、二人は会話を楽しんでいた。話題にはもちろん、それからのことと、これからのこと、仕事のことが含まれた。だが、たいがいは他愛のない世間話や昔話だった。
昔話をするほどに歳を取ったなと、友人は苦笑しながら言った。
友人は企業で成功して会社を持ち、彼は絵で成功した。彼は食っていけるほどの富と名声を、絵で勝ち取っていた。そんな二人の関係は、なにも持っていなかった学生の頃から何一つとして変わらない。いまもこうして二人で話しながらコーヒーを飲んでいる。
「さて、ここからなんだが。」
友人がいつもより少し身を硬くして会話の口火を切った。そんな友人の変化を察知して彼も身構えた。だがそれも束の間、友人の表情は活力と希望に満ちていたので、彼はすぐに警戒を解いた。
「きみにひとつ、
プロジェクトを持ってきたんだ。
ぼくの会社も安定してきたし、
社会奉仕というものを始めよう
ということになってね。
チャリティーってやつさ。
まず手始めに、ここ地元を始発点にしたい。
それで調べていたんだが。」
友人は黒革の鞄を開けると、中をごそごそと探り始めた。何枚かの紙を取り出すと、テーブルの上に広げて彼に見せた。それには、この近辺にある児童養護施設の情報がまとめられていた。彼もその紙に書かれている児童養護施設の存在は知っていた。だが知っているだけで、行ったことも無ければ、興味も無かった。彼は友人の出した紙をペラペラとめくって、書いてある情報を読み始めた。
「この不況だ。様々な因果が重なり合って、
養護が必要な子供は増えるばかり。
この施設の受け入れと拡大にも限界がある。
パンク状態だ。
助成金が見込めない今、
募金活動をやるしかない。
そこでなにをするか。
人の心に直接、能動的に訴えかけ、
誰にでもわかり、人から人に伝わりやすく、
そしてそれに触れれば時間を取らせずに
一発で響くもの。それはなんだと思う?」
彼は少しだけ考えた。
「音楽とか、絵とか。」
「その通り。きみに、絵を描いてもらいたい。
展示場、企画、宣伝なんかは全部うちがやる。
きみには、最高の絵をお願いしたいんだ。
もちろん、謝礼はする。」
友人の目は本気だった。友人は冗談をよく言う人間だったが、本気になればその行動力はすさまじく、邁進し、目標に向けて突き進む。そして友人は転びながら、足をすくわれながら、それでも走り続けてついに会社を持った。その姿勢を彼は信頼していた。もちろん、運に恵まれたところもあるし、もしかしたら友人の努力は報われずに終わったかもしれない。努力は、報われずに終わることの方が多い。努力していれば報われるほど、この世界は甘くはなく、また簡単ではなかった。それを痛いほど実感しながら、傷を負いながら、それでも前に走り続けた友人のひたむきな姿勢を、彼は信頼した。そして友人のやりたいことのために、自分も手を貸そうと思った。
「わかった。喜んでそのプロジェクトに
参加させてもらうよ。」
「ありがとう。
きみならそう言ってくれると思っていたよ!」
友人は右手を差し出してきた。彼は差し伸べられた友人の手を強く握った。お互いにいま一度、互いの手を強く握りあった。手を離すと二人は一口、コーヒーを飲んだ。
なにか新しい目標を立てて、いまからそれに向かって出発するときのこの心地は悪くない。先は漠然としていて航路も障害物も濃霧の中に沈んでいる。そこに飛び込んでいくときの、この高揚は悪くなかった。
友人がコーヒーカップを皿に置くと、一息ついて口を開いた。
「ぼくは、その施設に行ったことがなくてね。
これから訪問しようと思ってるんだ。
すでに連絡はしてある。
きみも一緒に来るかい?
絵のことはわからないけど、見ておいた方が、
いい仕事に繋がるんじゃないかな?」
「もちろんさ。ぼくも行くよ。」
「よし。それじゃあ、
このコーヒーを飲んだら行くとしようか。」
二人はそろって、コーヒーを飲み干した。
→第2話へ続く
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