No.81『キミは九州に美少女と大福を見たか』
佐原「お、こんな時間まで、まーだ仕事してたか! 根岸!」
根岸「おう。お疲れ。貧乏暇なし、ってやつだ。―――どうした、今日はちょっと忙しいぞ俺は」
佐原「ふふふ、忙しい根岸に! 暇な俺が! 伝えます!」
根岸「なんだそのテンション。―――忙しいから、手短にな」
佐原「すごい発見しちゃったんだよすごい発見! 聞いて聞いて!」
根岸「聞いてる聞いてる。―――あのな、自由にふらふら生きてるお前と違って、俺は割と忙しいの。いいから要件だけ、手短に」
佐原「新発見!」
根岸「うん。話が進まないじゃないか」
佐原「根岸がこっち向かないからだよ、ずーっとモニタとにらめっこしてさ」
根岸「ああ……、悪い、悪かったよ。―――で?」
佐原「なんだ、忙しいのか?」
根岸「だから忙しいんだってば。今回の仕事落とすと、かーなーりやばい」
佐原「なんだっけ、えっと、天皇関係だっけ?」
根岸「……。……ああまあ、遠くはないといえば遠くはない。―――広告な」
佐原「そうそれ」
根岸「なんかなー、煮詰まっててな」
佐原「ふふふのふ、そこで根岸に朗報!」
根岸「ほう」
佐原「すごい発見しちゃったので、聞くがよい!」
根岸「はいはい」
佐原「……まず、落ち着け」
根岸「お前がな」
佐原「想像してくれ。―――サナトリウムに、余命幾ばくもなく、部屋から出ることもできず、日々窓の外を眺めることしかできないような、色白の儚げな美少女がいる」
根岸「……ほう!」
佐原「どう思う?」
根岸「付き合いたい」
佐原「真顔で言うな真顔で」
根岸「その先に待つ、残酷な運命が、ふたりを引き裂こうとも!」
佐原「お、おう……、ええと、そうでなくて、こう、客観的な感想がほしい」
根岸「なんだ……。まあ、月並みな他人事の感想でよければ、可哀想だな」
佐原「ああ、だがその美少女は、可哀想などと思われることにももう、一切の興味を示さない。自分は可哀想なのか、なんてことを、他人事のように受け入れてしまっている」
根岸「こっちとしても、なんともしてやれないし、もどかしいな」
佐原「だが、この美少女が!」
根岸「その美少女が!?」
佐原「なんだいきなり食いついてくるなよ、びっくりする」
根岸「ごめん」
佐原「この美少女が!」
根岸「実在するのか!」
佐原「いや、しない」
根岸「なんだ実在しないのか、じゃあいいよ、解散。おつかれおつかれー」
佐原「待て待て待て待て待て、なんだそれ、なんだその興味のアップダウンは!」
根岸「だって、実在しないんでしょ?」
佐原「いやまあ、いるかいないかは知らないけどさ、本題はここからよ」
根岸「……ああ、そういや新発見がどうとか」
佐原「そう、新発見はこれからよ」
根岸「その美少女が発見されたわけではないんだな?」
佐原「食いつくなぁ……。うん、残念ながらその美少女は未発見だ」
根岸「未発見かー」
佐原「で! でな? その美少女! いるか? ちゃんとまだ想像の中にいるか?」
根岸「いるよ、それはもうはっきりと実体を持って存在しているよ。俺の、頭の中に、美少女が!」
佐原「……実体持っちゃったよ……危ない人だよ……」
根岸「で、新発見て?」
佐原「ぐいぐい来すぎでむしろ言いづらい、ちょっと引いて」
根岸「 新発見て?」
佐原「引き過ぎだけどまあいいや。でな、そのなんかもう可哀想やら切ないやら何やらな美少女だが、解決法があるんだ」
根岸「俺が助けに行く以外にか?」
佐原「むしろ根岸が助けに行くと解決するのか」
根岸「しない」
佐原「しないな。黙って聞け」
根岸「はい」
佐原「その解決策ってのは」
根岸「うん」
佐原「大福だ」
根岸「……うん?」
佐原「大福だよ、大福」
根岸「何、食べるの?」
佐原「そうだ。いいか、想像してみろ、その儚げな美少女が、大福をもぐもぐしてるところを!」
根岸「おー」
佐原「しかも小動物みたいな食べ方じゃなくて、片手で大福を持って、もぐもぐ食ってるんだ! 窓の外見ながら!」
根岸「お、おー」
佐原「どうだ!?」
根岸「かわいい」
佐原「ああいやそうじゃなくて、雰囲気! その美少女の雰囲気はどうだ!」
根岸「あ!」
佐原「お!」
根岸「なんか儚げじゃなくなった」
佐原「だろ? ええい空いている方の手には湯気を立ててる湯呑みも持たせてみろ!」
根岸「おいなんだ、健康そうじゃねぇか」
佐原「そう! それだ!」
根岸「……なるほど?」
佐原「大福には、場を和ませ、ほにゃ~ってさせる効果がある! ででん! 新・発・見!」
根岸「大福……大きな福という名は伊達じゃないってことか」
佐原「俺はこの幸せな効果を、学会に発表しようと思う」
根岸「何学会だよ。科学的根拠とかなさそうだけど」
佐原「ええと……。科学的に、幸せを……。あ! 幸福の―――」
根岸「そこは違う」
佐原「違うかー」
根岸「まあ、言いたいことはわかった。そうだな、大福すごいな」
佐原「すごいだろ! 葬式の参列者が、みんな片手で大福食ってたらしんみりムードもなにもあったもんじゃない!」
根岸「すごい絵ヅラが浮かんだが、まあ確かに。しんみりした感じではないな」
佐原「どうだー」
根岸「うん、すごいすごい。じゃあ仕事戻っていいか?」
佐原「ドライだなぁ」
根岸「仕事、割とピンチなんだってば。最近いまいちらしくてさ」
佐原「あー、こないだの広告は確かにひどかった」
根岸「どれさ」
佐原「『熊本県の、鼻のさきっちょ、素敵!』」
根岸「……ダメか」
佐原「鼻て」
根岸「わかりやすいと思ったんだけどな」
佐原「その前の『佐賀県の、尻ビレのとこ、いいよね!』もなかなかのひどさ。なんだ尻ビレって」
根岸「マンボウの、下のほうのヒレだよ」
佐原「まずそれを知らない。しかもPRするポイントがざっくりしすぎてて何言いたいんだかわからん」
根岸「ふむぅー」
佐原「で、今回の広告依頼はどこから?」
根岸「福岡」
佐原「お、いいね、福がついてる」
根岸「の、麩」
佐原「ふ?」
根岸「お麩の、麩」
佐原「―――麩はやめとけ! 大福にしとけ!」
根岸「そんなの俺が選ぶことじゃないもん、依頼が来るんだよ。なんだ、なんでお麩はダメなんだ」
佐原「『ふ』が付くからだ、不幸になる! ダメだ!」
根岸「全国のお麩を作ってる豆腐屋さんに謝れ」
佐原「ごめんなさい」
根岸「素直だ」
佐原「っていうか、福岡ってお麩、有名なの? 金沢とか、東北とか、割と北のほうのイメージだけど」
根岸「麩まんじゅうってのが九州にもあるらしいよ。ほかの地域にもあるみたいだけど」
佐原「ふうん、大福じゃないのか。大福のほうが、福があるのになぁ……。お麩で、まんじゅうかぁ……」
根岸「おいしいらしいぞ」
佐原「でもさ、幸せか不幸かっていったら、幸せなほうがいいだろ?」
根岸「……まあ、そうだろうけど、不幸とお麩は関係ないぞ」
佐原「んー」
根岸「不服そうだなぁ」
佐原「根岸、さっきの儚げな美少女に、お麩を食べさせてみろ!」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……シュールだな」
佐原「シュールだな」
根岸「幸か不幸かっていうか、ただただシュールな光景だなぁ。なんか美少女も虚ろな目してるし……」
佐原「だろー? ―――ん。……こうか、ふこうか……」
根岸「ん?」
佐原「ふこうか、こうか……。はっ!」
根岸「なんだ」
佐原「福岡効果!」
根岸「何がだ」
佐原「さらに気づいた! 九州には、大福の聖地があるじゃないか!」
根岸「そんなもんあるのか、九州に」
佐原「九州の地図、あったろ! 出して!」
根岸「はいはい。―――ほら」
佐原「これ、これだ! 大! 福!」
根岸「……聖地っていうには、範囲広くない? トンカチと人だろ?」
佐原「トンカチと人て」
根岸「だってトンカチと人じゃん。……お」
佐原「……ん?」
根岸「浮かんだかも、今回の広告」
佐原「ほう」
根岸「病院のベッドで窓の外を眺める儚げな美少女がな―――」
佐原「まるまるパクられた」
根岸「お麩食ってるんだよ」
佐原「……さっきのと同じじゃないか。福岡要素はどこに?」
根岸「よく状況を観察してみろ」
佐原「……シュールだな」
根岸「おう、シュールだな」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「麩効果か」
根岸「福岡だな」
閉幕
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