No.82『ぬるくない』

根岸「暑い……」


佐原「昭和か!」


根岸「……何に対するツッコミなんだよ……。この暑さで壊れたか……」


佐原「壊れたのは根岸の部屋のクーラーだろ! なんだ、なんだもう……、クーラーの無い家なんて、昭和か!」


根岸「ああ、そこへのツッコミなのかそれ」


佐原「この夏のクソ暑い昼間に、涼みに来た俺の気持ちも考えていただきたい」


根岸「知らんよ……、図書館かスーパーの食品売り場にでも行ってくれ」


佐原「絶望、絶望がここにはあるよー」


根岸「自分の家は? クーラーないの?」


佐原「無い! 扇風機すら無い! あそこは地獄だよ!」


根岸「ココだって今、地獄みたいなもんだろうが……」


佐原「修理……。 クーラーの、修理は?」


根岸「しばらくは夏休みだそうだ。―――諦めろ、夏は、暑いんだ」


佐原「うへぇ……。こう暑いとなんだ……、液化しそうだよ」


根岸「ああ、たまに汗なのか、溶けてるのか、わからなくなるよな」


佐原「ああ、俺の旨味成分が絞り出される……」


根岸「旨味はないだろ……、しょっぱいだけだそれ……」


佐原「しょっぱければ、おいしいだろ」


根岸「ざっくりしすぎだ、旨味成分イコール塩味でもないだろう」


佐原「まあ聞きなさい」


根岸「はぁ」


佐原「いい肉を、焼くだろ?」


根岸「うん」


佐原「塩を、かけるだろ?」


根岸「はい」


佐原「美味い!」


根岸「……コショウもかけよう」


佐原「コショウは根岸んちのクーラーだろうが!」


根岸「怒るなよ暑苦しい」


佐原「あー、あぁー、とけるぅー」


根岸「とけるなぁ……」


佐原「あ」


根岸「ん?」


佐原「イーコトヒラメキーノ!」


根岸「コーヒーフラペチーノ的な」


佐原「麦茶、麦茶を飲もう! これで今年の夏は無事乗り切れます!」


根岸「もう無い。飲みきった」


佐原「絶望かよ」


根岸「作ったばっかりで、まだ冷えてない麦茶でよければそこに」


佐原「いじめかよ」


根岸「悲しいけど、これが現実だ」


佐原「砂漠で出来立てのプリンしか食べ物がないような気分だよ」


根岸「すごい状況だな」


佐原「ああ、いいよもう、水道水で……」


根岸「まあ、そうだな、水道水のほうが幾分か冷たいだろう」


佐原「プリンより?」


根岸「まずプリンが今うちに無いな」


佐原「そか。 コップ借りるよ」


根岸「あいよ」


佐原「……」


根岸「体温より気温のほうが高いんだもんな、いやまったく」


佐原「おい、根岸」


根岸「なんだね佐原くん」


佐原「お湯が出てくるんだが」


根岸「なるほど」


佐原「水のほうの蛇口を捻っているのに、お湯が出てくるんだが」


根岸「なるほどなるほど」


佐原「こんなの水道じゃない! 湯道だ!」


根岸「湯道……」


佐原「あー……、蛇口から冷たい麦茶が出てくればいいのに……」


根岸「小学生が、ジュースの出る蛇口を夢見る感じだな」


佐原「しかしだ、麦茶が出たらそれはもう水道ではないのだよ」


根岸「ドリンクサーバーかな」


佐原「茶道だ」


根岸「麦茶なのに」


佐原「けっこうなおてまえで」


根岸「せめてそこは抹茶とか出そうよ」


佐原「茶が出れば茶道」


根岸「ざっくりだなぁ」


佐原「あ、ステキナコトヒラメキーノ!」


根岸「コーヒーフラペチーノ飲みたいなぁ……」


佐原「もう水道からなんでも出てくればいいんだよ」


根岸「コーヒーフラペチーノとか?」


佐原「飲み物ばかりじゃないぞ、プリンとか主食とかも出てくればいい」


根岸「プリンはいつから主食になったんだ……」


佐原「プリンだけじゃなく、いろんな主食が出てくる」


根岸「……炊きたてご飯が出てくる水道とか、あったらすごい嫌だな」


佐原「炊きたてご飯はさすがに詰まる」


根岸「でしょうね」


佐原「麺類あたりならいけると思うんだよ、そうめんとか、うどんとか」


根岸「……ああ、シュールな絵ヅラが浮かんだよ。―――で、それは水道ではないわけだが、なんだ、麺道?」


佐原「面、胴。剣道みたいだな」


根岸「もう思いつきだけで喋ってるだろお前」


佐原「最初からそうだぞ」


根岸「そうか……」


佐原「しかし剣道はいいな、涼しげだ」


根岸「割と暑苦しく汗臭い防具のイメージがあるが」


佐原「裸足」


根岸「ワンポイント」


佐原「俺も裸足になろう」


根岸「そもそも裸足じゃなかったのか、今まで」


佐原「ある意味では誰よりも涼しげだからな」


根岸「ああ……。最初から割と気になってたんだが、なんで半透明なんだ」


佐原「涼しげだろ?」


根岸「涼しげだから、半透明なのか」


佐原「いやこれが実際、まったく涼しくないんだけどね」


根岸「そうなのか」


佐原「……根岸的には、ちょっと涼しげ?」


根岸「いや別に。 ふつうに暑い」


佐原「でもほら、俺、霊体だし、ほんのり怖い感じで、涼しげな感じに」


根岸「……ああ、霊体なのか。だから半透明なのか」


佐原「寒天の妖精だと思った?」


根岸「いや、なんか最近流行りのファッションか何かかなと」


佐原「皮膚まで半透明になっちゃうファッションがあったらそれはすごい」


根岸「たしかに。というか何だ、霊だったのか」


佐原「そうそう、霊だったのだよ」


根岸「……んー」


佐原「どした」


根岸「霊が出たら、その場の気温少し下がるんじゃないのか」


佐原「非科学的な」


根岸「霊が何をいうか」


佐原「もし霊がいるだけで気温が少し下がるなら、墓が素敵な冷房器具になるわ」


根岸「……あぁ、まあ、そうか。……そうか?」


佐原「というわけで、お盆なのでかえってきました!」


根岸「おかえり」


佐原「ただいま!」


根岸「……お盆なんだから、実家にかえれよ。うちに来るな」


佐原「えー」


根岸「なんで不服そうなんだ」


佐原「やむにやまれぬ事情があるのです」


根岸「実家と仲悪かったりしたっけか」


佐原「いや……」


根岸「なんだよ」


佐原「クーラーが無いんだよ、実家」


根岸「それでうちに……」


佐原「だがここもクーラーは壊れていた!最悪だ!」


根岸「もう霊界だかわからんけど、帰れよ、このクソ暑いここよりマシだろ」


佐原「いや、そうでもないんだよそれが」


根岸「霊界も暑いのか」


佐原「地獄だから」


根岸「……」


佐原「大差ない、あっちも、こっちも。どっちも地獄」


根岸「これと大差ないって……。なんか地獄って、イメージよりぬるいのか?」


佐原「ぬるくない。暑い」




閉幕

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