No.69『犬は主人公じゃないんですよ』

佐原「ふんっ、はぁっ!」


根岸「ご老公、危ない!」


佐原「根岸!」


根岸「ああ!」


佐原「頃合い、だな」


根岸「そうだな……」


佐原「……」


根岸「……いくぞ」


佐原「うむ」


根岸「静まれぃ!」


佐原「控え、控えい!」


根岸「ここにおわすお方をどなたと心得る!」


佐原「あ、ところでさ、俺、映画とかで好きなシーンがあってさ」


根岸「え何それ今言うの!?」


佐原「うむ、今言わせてくれ」


根岸「お……おう、手短にな? 状況が状況だからさ。静まっちゃってるから」


佐原「気にしない気にしない」


根岸「いやちょっとは気にしたほうが、ご老公も困った感じになっちゃってるし、俺も懐に手をつっこんで、印籠スタンバイオーケーだし」


佐原「でさ、映画とかでさ」


根岸「あ、うん」


佐原「脇役が、脇役だって、はっきりわかるシーンがすごい好きなの」


根岸「……というと?」


佐原「ここは俺に任せて、お前は先に進め! って感じのシーンあるじゃん」


根岸「あるね」


佐原「ちょっと今やってみるからさ、先行って」


根岸「え何今やるの?」


佐原「今やらずしていつやるんだよ!」


根岸「いやなんか、もっとこう、事態が収束してからでもいいんじゃ……」


佐原「今ならほら、ちょうど敵もいっぱいいるし」


根岸「いやもう静まっちゃってるよ……?」


佐原「気にしない気にしない、いくぞ!」


根岸「え、お、おう……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「根岸! ここは俺に任せろ! お前は先に行け!」


根岸「……佐原……いいのか……」


佐原「お前には、この先でやることがあるんだろ?」


根岸「……ああ……。いやまあ、代官はもうそこにいるんだけどさ」


佐原「俺の役目は、お前をそこまで押し上げてやることだ」


根岸「佐原」


佐原「行け! 根岸! 振り返るな!」


根岸「すまない……佐原……」


佐原「……ふ」


根岸「……」


佐原「行った、か……」


根岸「いや居るけどな」


佐原「俺の死に場所は、ここか……。根岸、後は、任せたぜ……」


根岸「……佐原ぁー!」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「的な、な!」


根岸「なんかしらんが満足したならよかったよ」


佐原「物語でいうとさ、主役じゃないんだよ、こういうの。脇役」


根岸「そうだね」


佐原「でもさ、それがなんか、いいと思うんだよ。 自分は主役じゃないって、わかってるというかさ、役割をしっかり認識してるというか」


根岸「ふむ」


佐原「自分の役目を全うする人って、ほんとかっこいいと思う」


根岸「お前、今の自分の役割……」


佐原「それはともかく」


根岸「ともかく、って……」


佐原「根岸、お前は自分を、この物語の主役だと思ってるかもしれないがな?」


根岸「いや別に思ってない」


佐原「まあ、俺と、お前しかいないけどな!」


根岸「いやいるよ!? いるんだよ! 喋ってるのが俺とお前ってだけだからな? 敵の雑魚とか、ご老公とか、悪代官とかいるからな!?」


佐原「ははは」


根岸「喋ってるのが、俺たちだけなだけだから!」


佐原「まあ、静まれぇ!ってやっちゃったからな」


根岸「そう、静まってるんだ、みんな、律儀に」


佐原「ところで、脇役に憧れる俺だが、実は実際に脇役なんだ」


根岸「完全にこの場を食っちゃってるけどな」


佐原「主役は、俺でも、お前でもないんだ」


根岸「うん、ご老公だろ?」


佐原「違う」


根岸「いや……違うの?」


佐原「違うんだなこれが」


根岸「ご老公だけじゃなくて、俺たちご老公一行が、主人公だとか、そういう感じ?」


佐原「それも違う」


根岸「何が違うんだよ、この状況で」


佐原「主人公は他にいるんだ」


根岸「何、弥七のスピンオフ作品だったとか? これ」


佐原「そういうわけでもない」


根岸「じゃあ誰だよ、主人公」


佐原「チャーリーだ」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……誰?」


佐原「チャーリーだよ」


根岸「え、何? お前?」


佐原「なんで俺がチャーリーなんだよ。俺は佐原だよ」


根岸「そうだよねぇ。誰ですかチャーリーって」


佐原「ブラウン」


根岸「……?」


佐原「チャーリーブラウン」


根岸「……どこかで……」


佐原「スヌーピーの飼い主だよ」


根岸「……」


佐原「頭の毛が残念な感じになってるあの少年だよ」


根岸「え何? どういうこと? 主人公あいつなの?」


佐原「そうだよ?」


根岸「これ水戸黄門じゃないの?」


佐原「そうだよ?」


根岸「え俺ら、何? なんなの?」


佐原「佐原と根岸だろう」


根岸「えいやうん、そうなん、だけどさ……?」


佐原「どうした」


根岸「え、あのさ」


佐原「うん」


根岸「スヌーピーの世界なの? これ」


佐原「そうだぞ。あの世界一ニヒルでかっこいい犬のいる世界だ」


根岸「そ、そうかぁ……そうだっ、たーのー……か?」


佐原「うむ」


根岸「え、じゃあ何、この人は何?」


佐原「ご老公だろ?」


根岸「そう、だよね? ご老公、だよね?」


佐原「うむ」


根岸「え、俺らは?」


佐原「佐原と、根岸だろ」


根岸「助さん格さんじゃ、ないの?」


佐原「何根岸、助さんだったの?」


根岸「え、いや、え?」


佐原「助さんだったら、「」の左側が助さんになってるんじゃないのか?」


根岸「あ、あれ、そうか……そう、だよな……。ほんとだ、「」の左側が根岸だわ」


佐原「だろ、だから根岸だろ?」


根岸「そう、だわ、根岸だわ」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……さて、じゃあやるか、続き」


根岸「お、おう……。なんかこう、腑に落ちないんだが、やるか続き」


佐原「控えい控えい!」


根岸「いやもう随分長いこと控えていただいてるぞ」


佐原「根岸、さあアレを出すんだ!」


根岸「ん……、いやこれ……」


佐原「どうした! はやくトランプを出すんだ!」


根岸「あ! そうだよねやっぱりこれトランプだよね! なんでだよ、印籠は!?」


佐原「そんなもん俺たちが持ってるわけないだろ、水戸黄門御一行じゃあるまいし」


根岸「いやじゃあ誰なんだよこのご老人は!」


佐原「知らん!」


根岸「誰なんだぁ……」


佐原「とにかく、やるぞ! 根岸!」


根岸「何を……」


佐原「わからん! わからんが、なんかこう、おじいちゃんと一緒に悪者のアジトに乗り込んじゃったんだから、やることはひとつ、勧善懲悪だろう!」


根岸「っていうか、あの悪代官は何をしたのさ」


佐原「知らん! なんかしたに違いない!」


根岸「……」


佐原「やるぞ根岸!」


根岸「いや、あのさ、ちょっと、いい?」


佐原「何? 今?」


根岸「ああうん、さっきのお前の話よりは、今かな」


佐原「ふむ、じゃあ聞こう。何?」


根岸「俺らが取り囲まれてるのってさ、これ、俺らが普通に侵入者だからじゃないの?」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「なるほどなー」


根岸「……どうするんだよ、この状況」


佐原「配られたカードで勝負するしかないのさ。それがどういう意味であれ」


根岸「……」


佐原「ってスヌーピーが言ってた」


根岸「諦めて、開き直れってことでいいのかね」


佐原「いや、そのトランプで戦えってことだな」


根岸「えぇ……」




閉幕

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