No.54『老い抜き』
佐原「トイレ我慢すると、時間の進み方ゆっくりになるじゃん?」
根岸「なんだ唐突に」
佐原「これを利用すると、未来にいけることに気づいてしまった」
根岸「トイレいけよ」
佐原「トイレいったら未来にいけないだろ?」
根岸「トイレ我慢しても未来にはいけないから、トイレいけ」
佐原「俺だけが未来に生きることに嫉妬しているのだな、なんなら根岸もトイレ我慢すればいい。一緒にいこうぜ」
根岸「トイレに?」
佐原「ツレションじゃない、未来、未来にいくの」
根岸「トイレいきたいの我慢して?」
佐原「そう。やっべ我慢の限界!って時ってさ、時間の進み方がゆっくりになるじゃん? これを利用して、未来にいくことができるんだぜ?」
根岸「断言した。―――っていうかそれは主観時間を長く感じてるだけだろ?」
佐原「カイロス時間ってやつな」
根岸「それな」
佐原「話はそんなに簡単なものじゃないんだ」
根岸「もじもじしてるじゃないか。トイレいけトイレ」
佐原「ふふふ、俺は今、時間旅行への第一歩を踏み出したのさ」
根岸「トイレへの第一歩を踏み出せ。膀胱炎になるぞ」
佐原「話を、続けるぞ」
根岸「意地でもトイレにはいかないつもりか」
佐原「トイレいきたいのを我慢すると、時間だけでなく、距離も伸びることを知ってるか? トイレまでのあと数歩の長いこと!」
根岸「主観的なものだろそれも」
佐原「ここまできて、気づかないか?」
根岸「お前がトイレにいくべきだということはわかるぞ。ぷるぷるしてるじゃないか」
佐原「ふ、ふふ……まだだいじょ、大丈夫だ」
根岸「もらすなよ?」
佐原「おう」
根岸「で、何に気づいたって?」
佐原「主観的に、時間も距離も伸びるってことは、だ。たとえば俺が1秒を感じ、1メートルを歩く間に、世界は5秒、5メートル進むってことだよ?」
根岸「……うん」
佐原「つまり、俺はそのままに、世界の進むスピードが上がる。世界は未来にいき、俺の精神はそのままだ」
根岸「うん」
佐原「これにより、未来にワープすることができるようになる。精神、心だけな」
根岸「肉体は?」
佐原「肉体は世界と繋がってるからな、世界の時間が進めば肉体の時間も進む」
根岸「そうなんだ」
佐原「よって、心だけを未来に送ることが可能なんだ」
根岸「……トイレ我慢すると?」
佐原「そう、トイレ我慢すると」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……いいからトイレいけよ」
佐原「うむ、いってくる」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「もどったー」
根岸「おかえり」
佐原「いやダメだわー、未来に生きるには我慢が足りない」
根岸「……さっきの話さ」
佐原「んー?」
根岸「主観時間と、客観時間の差で未来に行くわけだろ?」
佐原「えーと……。うん、そう」
根岸「既に起きてるかもしれない、って話はどうだ?」
佐原「え、何? もう未来なの?」
根岸「想定してる未来がどの程度先なのかはわからんけど」
佐原「宇宙世紀」
根岸「いやわからんけど。たとえばさ―――」
佐原「うん」
根岸「毎日、充実した日々を送ってれば、主観時間は伸びるよな」
佐原「起きる、仕事、寝る。それだけだとすぐ一日が終わっちゃう。そんな悲しい根岸の日々、の逆みたいな?」
根岸「まあ、うん」
佐原「悲しいなあ。気づいたら老人だぜ?」
根岸「まあうん……それは善処するよ。―――とにかくさ、人生を楽しんでる人って、心も身体も若いじゃん。あれってさ、お前の言ってた未来へいく方法の、ひとつの例なんじゃないかな」
佐原「おー」
根岸「もしそうだったら面白いかもな、って話だな」
佐原「つまり、トイレ我慢によるアンチエイジングが可能ということだな!」
根岸「あ、そう言うと違う気がする」
佐原「―――あ、ちょっとトイレいってくる」
根岸「ついさっき行ったじゃないか」
佐原「なんかトイレが近い」
根岸「我慢しすぎでなんかおかしくなってるんじゃないのかそれ」
佐原「どうだろ、とりあえずいってくる」
根岸「いてらー」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「……ただいまー」
根岸「おかえり。……なんか老けてる?」
佐原「なんで老けるんだよ。さっきトイレ我慢でアンチエイジングできるって言ったばっかりだろ?」
根岸「いやできるとは言ってない」
佐原「―――むぅ、ちょっとまたトイレに……」
根岸「今帰ってきたところだろうに」
佐原「そうだっけ?」
根岸「そうだよ」
佐原「むむぅ……。まあいってくる」
根岸「なんか背中も曲がって、歩き方がおじいちゃんみたいに……」
佐原「……」
根岸「……」
佐原「……ただいま」
根岸「……おかえ、り? 明らかに老けてるよなお前、どうした」
佐原「あー、そうじゃのぅ」
根岸「語尾まで老けてる……!」
佐原「ひとつのぅ、厠で思ったことがあるんじゃよ」
根岸「……うん」
佐原「楽しい時間は過ぎるのが早い、と言うじゃろう?」
閉幕
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。