雪も積もれば好きになる。
@Ryohey
第1話
東福川駅を降りたところで、
瀬戸
コートのポケットからスマホを
取り出すと、
『もしもーし。もう着いたん?』
「おー。コンビニよろーと思っとんじゃけど
何かいる?」
『え!なんか買ってきてくれるん!?』
「ん、まぁーな。どーせ腹減っとんじゃろ?」
『さっき晩御飯食べたんじゃけど…』
「とか、言っときながら?」
『うーーーん。』
暫くの間があった後、
千尋が小さく息を漏らした音が聞こえた。
『待って。そっち行く。』
「え?いいよ。寒いし。暗いし。」
『いーから、いーから。すぐ着く!
じゃ、後でね!待っといてよ!』
と、一方的に電話を切られ、
耀平は白い吐息を夜空に登らせた。
少し、歩くとコンビニの青い看板が
ぼんやりと光っている。
ごみ箱の前でたむろする体操服姿の
中学生を横目にコンビニに入って行った。
そのまますぐに左に折れると、
雑誌コーナーの前に行き、
新刊の少年誌を手に取った。
暫くページを捲っていたが、
あまり内容は頭に入って来なかった。
そうこうしている内に
千尋の赤いマフラーが目に入り、
小さく手を挙げた。
「早かったじゃん。」
「そ!聞いて!信号1個もかからんかったんよ!」
「そりゃ、めでたい。んで?」
「んで?って?」
「何しに来たん?」
「んー…耀平の顔、見に来た!」
「アホか。毎日見とるやろ。」
「ふふっ。」
と、千尋が小さく笑ったのを見て
耀平は目を逸らした。
「どしたん?」
「いや、別に。何も。
ほいで?何が欲しいんや。
やっぱ。シュークリーム?」
「もちのろんよ!!」
「なんじゃ、やっぱそーなんか。
それやったら電話で言えよ。
クソ寒いのに来んでもええのに。」
「来て欲しくなかったん?」
「そーゆーわけじゃねーよ。」
「じゃーええじゃん。」と
言って、微笑みかけた。
耀平は首の後ろを掻くだけで
何も言い返せなかった。
「じゃー逆に聞くけど。」
「何よ。」
「ひがふく降りた時に何で電話してきたん?
LINEでも良かったのに。」
「う、打つんがめんどかったんじゃ。
すぐ、返事欲しかったし。」
「ずっとLINEしょーたけ、すぐ返事
返せるやん。」
「ほーじゃけど…」
「ふふっ。シュークリーム1個追加ね!」
「どーゆーことよ。」
「そーゆーことよ。」
少しの間を置いて二人は吹き出した。
「あー。もうええけん、はよ帰ろ。」
「チャリの運転手よろしくっ!」
「うわ。まじか。歩いてこいや。」
「疲れるけんやだ。」
「お前ってやつは…」
耀平は少年誌の上にシュークリーム2個を
乗せてレジに向かった。
会計を済まし、コンビニを出たときには、
ごみ箱にたむろする中学生は
すでに居なかった。
駐輪場に停めてあるピンクの自転車にまたがり
耀平は持っていた荷物を籠に入れた。
千尋が鍵をあけて、荷台にまたがり、
荷台の端を掴んだ。
「行くぞ。」
「うん。」
夜の寒風が二人の頬を次々に撫でていく。
冷たいはずなのに、なぜか
ちょうどいい。
「星、きれー。」
千尋が呟くように言った。
「ん、あー。綺麗じゃな。」
「あたしと、星、どっちが綺麗?」
「星。」
「ひっど!!」
千尋は荷台を掴んだ手を揺らす。
「おい!揺らすな!まじで!危ないけん!」
「あっはっはっはっ!こけんでよ~」
「うるせー。ご近所迷惑じゃろ。」
「ここ、まだ近所じゃないし。」
「関係ないわ。」
「大有りだね!」
「シュークリーム1個食うぞ?」
「食ったらころーす!」
「女子は殺すとか言わん。って隆司
言ってたぞ。」
「いやいやいや!
藤野くんどんだけピュアなん!?」
「あいつは、ピュアだけが取り柄じゃけ。」
「それは、ひどい。」
「おい、もう坂だから降りろよ。」
「えー。」
「えー。じゃない。」
耀平は少しずつ減速して自転車を降りた。
と、同時に千尋も降りた。
坂を登りきり、碁盤の目のように並んだ
住宅街の中に入っていき、
耀平たちの家へとたどり着いた。
「とーちゃーく!」
「お前、座っとっただけじゃろ。」
千尋は返事をする代わりに伸びをした。
すると、耀平のスマホから軽快な
着信音が流れてきた。
「みゆちゃん?」
スマホをポケットから取り出すと、
画面には高岡
「ん、おう。先、入っとって。」
「うん。分かった。シュークリームありがと。」
千尋が家に入るのを見届けてから、
望結からの電話に出た。
「もしもし?どしたん?」
『あ、やほ~。何しょーたん?』
「悠斗の家おって、今帰りよ。」
『杉原くん?』
「おう。それで?」
『LINEまだ見とらんの?』
「え、あっ!すまん!まだ見とらん!」
『もー。全然返事こんけ死んどるんかと…』
「アホか。」
『すぐアホってゆーの望結悲しいな~』
「それで、何だっけ?」
『明日。』
「明日?」
『デートしよ!』
「急じゃな。何かあるん?」
『明日ね、2月2日じゃん?』
「だな。」
『夫婦の日なんだって!
じゃけーさ、グラントにカップル割引で
色々買えるんだって!』
グラントは耀平たちが暮らす市で
最も大きな商業施設である。
「俺ら夫婦じゃないけど、そこはええんじゃな。」
『堅いこと言わんの~』
「ははっ。あいよ。明日何時?」
『9時半。』
「りょーかい。んじゃ、明日な。」
『ばいばーい。』
耀平はスマホをポケットに仕舞い、
冷えた手で玄関の扉を引いた。
今から二週間前、
1月19日の夕方。
耀平が学校から帰ってくると
耀平の父親である浩二
がその髭面を撫でながら
唐突に話を切り出した。
「わしな、やっぱり優子さんと再婚しよーと
おもっちょる。」
「え!?あっ…そう。まぁいいんじゃね?
親父の好きにしたら?」
「そうか。それでな、耀平。
優子さんと再婚したら一緒に暮らそうと
思うんじゃけど…」
「そりゃ、そうじゃろ。再婚した意味じゃろ。
別に俺はええけん。」
「優子さんはええ人じゃけん、心配は要らんよ。
あーただ一点。ちと、難儀な所があるんじゃけど…」
「何よ。」
「ほんまに。黙っとってすまん!」
浩二は、顔の前で手を合わせると、
申し訳なさそうに言った。
「優子さん…シングルマザーって
言っとったじゃろ。」
「おう。」
「娘さん…なんじゃけどな…。」
「…」
「お前と同じクラスの子なんよ…」
「はっ!?え、まじ!?誰!?」
「平山…平山千尋ちゃんじゃ…」
「はっ…」
その時、耀平はその場に立ち尽くすしかなかった。
何も考えが浮かばず、
ただじっと立ち尽くすしかなかった。
言葉の意味は理解できても、
気持ちはまだ追い付いていない。
「ほいじゃあ、仕事戻るけん。
色々、びっくりさしてしもーて悪かったな…
ほんまにすまんな。」
浩二の足音と玄関の扉の開閉音が、
虚ろな心に重く響いた。
浩二が耀平の母、
離婚したのは耀平が中学2年の時だった。
共働きのせいもあってか、
夫婦共々毎日忙しく、
些細な事で揉めることが多かった。
それが積もり積もって
決定打となったのは、その年の冬。
浩二が家族を誘って外食に行こうと
提案した。
敦美は快く受け入れたが、その日仕事が
入っていた。
敦美は、すぐに帰宅すると約束し、
仕事に出掛けた。
しかし、その日敦美は帰ってこなかった。
連絡もつかず、痺れを切らした浩二は
耀平と二人で近くの回転寿司店に行った。
そして、その帰り道で敦美が
見知らぬ男と仲睦まじく、居酒屋から
出てくるのを見た。
翌日、浩二が問いただすと、
その男は仕事の部下であり深い関係では
ないと敦美は弁解し、
約束が破られたのは上司のせいだと言った。
『どうしてもって、言われたから…
一杯だけなら付き合うってことにして、
すぐ帰るつもりだったわ。あなただって
上司から強く誘われたら断れないでしょ?』
と、挙げ句開き直るように言った。
『そうか、お前は家族より、
上司の方が大事なんじゃな。』
浩二は半ば呆れるように、静かに怒った。
その後、ひとつきも経たない内に、
二人の溝は一層深まり遂に敦美は家を出た。
それから1年半過ぎ、耀平が高校1年の初夏。
浩二は会社の取引先の
社員である平山 千尋の母、優子と交際し始めた。
優子は夫の両親と上手くいかず、両親に
強気で出られない不甲斐ない夫に愛想を尽かし
家を出た。
ちょうど、浩二と敦美が離婚した時期と重なる
時期であった。
そんな事もあり、何度も会う内に
お互い近しい境遇に惹かれ合い、自然と
交際することになった。
二人が交際を始めた時にはもうすでに、
千尋も耀平も親しくなっていたが、
二人の親が交際している事は
知る由もなかった。
そして月日は流れ、二人は高校二年の冬を迎えた。
耀平と望結がデートをする時は、
決まって集合場所が福川駅のすぐ側にある、
黄色いハートのオブジェの前である。
ここは、二人が交際を始めた場所であり、
望結が提案した。
耀平と望結が交際し始めたのは、半年前、
夏休みの真っ只中であった。
クラスが同じになったのは初めてだったが、
同じバンドが好きなのを機に話し始め、
すぐに打ち解けた。
耀平も望結も同じ電車通学で、
帰る方向も同じだったこともあり二人の仲は
自然と深くなった。
夏休み、一学期の期末試験の数学で
追試験を受けることを余儀なくされた。
その帰り、追試験が午前中で終わったのもあり、
二人で下車駅の福川駅周辺を
歩いて回った。
日が落ちる前に帰ろうと言ったのは耀平だった。
そのまま、駐輪場に向かった二人だったが、
望結が黄色いハートのオブジェの前で呼び止めた。
『ねぇ、瀬戸くん?』
『ん?何?』
『瀬戸くんって好きな人とかおるん?』
『え?』
『どうなん?』
『何、急に。別におらんけど?』
『そっか…』
『高岡は?おるん?好きな人。』
『おるよ。』
『そーなん。それで、何で急に?』
『望結が好きなんは瀬戸くんよ。』
『え?』
『瀬戸くん!好き!望結の彼氏になってください!』
『ほんとに言ってる?』
『ほんと。』
耀平はじっと望結の目を見た。
白い肌が分かりやすいように紅くなっていた。
夏の暑さでそうなっていたわけではないのは
はっきり分かった。
ただ、ただ──
初めて見るその表情に耀平は今まで感じた
ことのなかった気持ちになった。
全身の血管が中で大きく膨らむような感覚。
今にも破裂する勢いだった。
『瀬戸…くん?』
望結が声を掛けた事で、耀平の中で止まっていた
時間が動き出した。
『耀平…でいいよ。』
『え?』
『くん、付けるか付けないかは自由じゃけど。』
『付き合って…くれるん!?』
『うん…いいよ。高岡とおると楽しいし。』
『じゃ、じゃ、望結のことも望結って
読んで!…えーと。耀平…くん。』
『分かった。じゃーまぁー何だ?
よろしく。望結。』
「あれ?今日は早いんじゃね~」
左側に寄せて1つに纏めた髪を揺らしながら
耀平の元へ駆け寄った。
白のセーターにカーキーのジャケットを羽織り
真冬だというのにミニスカートで来ていた。
「何か、はよう目が覚めたんよ。」
「ふーん。いっつも10分は遅刻するのにね。」
「わ、悪かったって。」
「やっぱり、千尋ちゃんがいるから?」
「なっ!?」
「図星じゃろ~」
と言って、いつもの引き笑いをみせる。
「ちげーよ!別に何もないけぇな!」
「浮気したら許さんよ?」
「だぁーから!」
「でも、何か、すごいよね。」
「何が?」
「だってさ、お父さんの再婚相手の
子どもがクラスメイトって…漫画じゃん!」
「まぁーすげぇ話よな。俺も初めは
信じられんかったわ。」
「ちょっと嬉しかった?」
「なわけ。」
「ふーん。ふーん。ふーん。」
「なんよ。」
「なーんも?さっ、いこいこー!」
「ばっ、おい、引っ張んな!」
耀平は大きく歩を広げ、望結の隣に寄って
手を繋いだ。
俺の彼女は紛れもなく、望結だ。
望結は望結で、千尋は千尋。
耀平は脚を止めて、繋いだ手とは反対の手で
望結の頭を撫でた。
「心配…せんでええけぇ。」
「…うん。ありがと。」
大きく笑う望結を耀平は素直に可愛いと思った。
「あっ!ねぇ!耀平くん!見て!あれ!」
「ん?───えっ。」
二人が中に入り、二階に上がろうとした矢先だった。
二階の洋服屋で服を見ている人に目が止まった。
あの服。薄黄色のロングスカートに、
ジーンズジャケット。白い小さなバッグ。
後ろでポニーテールにしている髪型から覗く
その顔には見覚えがる。
───千尋。
「千尋ちゃんじゃない?」
「あ、お、おう。みたいじゃな。」
「一人…なんかな~」
「さぁ?」
「彼氏…おったりして…なーんてね。」
「ね、ねーよ。あいつ、他の男子と喋らんけぇ。」
「だといーね。」
「どーゆーことよ。」
「どーする?声掛ける?」
「ん、あー。まぁ、ええよ、声掛けても。」
そして、エスカレーターに乗り、二階に向かう
途中だった。
洋服屋の奥から耀平達の
クラスメイトの男子、森岡
が出て来て、千尋と
店の奥へ消えていった。
「え…まじ?」
「…」
耀平は無言のまま、見えもしない
店の奥を見ていた。
エスカレーターを降りるのと同時に
店の奥から千尋と蒼汰が出て来て、
鉢合わせしてしまった。
「おっ?これはこれは~お二人さん
相変わらず仲睦まじいっすね!」
と、蒼汰が耀平の肩を二回軽く叩いた。
「まぁ…な。てかお前な───」
「耀平くん!!」
「望結?」
「行こっ!それじゃあ!また、明日!学校で!」
と、望結は耀平の手を引っ張っていった。
「お、おい。」
「ふぅーー。よしっ!何かお腹減っちゃったね!」
「さっき、朝飯食ってきたばっかなんじゃけど?」
「いいから!望結はお腹減ったの!」
「わ、分かった。分かった。」
「じゃー、モック行こ!」
モックは大手ファーストフードチェーン店の
ことである。連日賑わいっており、
今日も大盛況である。
「席、空いとる?」
「んー。あ!あそこ!角空いとる!」
「買ってきちゃるけ、席とっといて。」
「り。望結、マンモスセットがいー!
ドリンクは、リンゴジュースでええよ。」
「ん。じゃあ席よろしく。」
耀平はレジの上に並ぶメニューを
眺めながら色々な考えを巡らせてみる。
何で、蒼汰が。千尋…付き合ってんのか?
でも、何で。何で秘密に?
そして、耀平は店の外でまた千尋と蒼汰を
見つけ胸の中に靄が溜まっていくのを感じた。
雪も積もれば好きになる。 @Ryohey
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