2話 友情の芽① 岸野さん(加筆)

 パコーン、パコーン。ボールを打ち合う小気味の良い音が、コート中に響く。午後には、テニスの授業があった。


 この試合は練習だから、勝敗より対戦相手といっしょに楽しめればと思っていた。相手によって力の加減はするけれど、手加減はしない。自分の力を引き出すことと、相手の力が引き出されることを、頭の片隅に入れていた。テニスの技術について詳しくは知らない。だからこそ、自然な応対を心掛けた。それに体の重心が変わったためか、余計にフォームに気を付けなくてはいけなかった。


 そもそも、奉志高にあるテニスコートの数は、スペース上必然的に限られていた。そのため、ぼくたち(私たちが正確か)は、観戦と練習を繰り返していた。 適度にお喋りしつつ、他の人のプレイを観戦する。なんとなくプレイスタイルを参考にする。


*****


 場面は更衣室に移った。

 ……ちょっと居心地がわるい気がして、俯き加減で着替える。いっそ、開き直って、堂々としようか。そんなことを考えると、


「ねえ、菅原さん。いいかな?」


 と誰かから呼びかけられた。

 

 声がする方へ首を巡らした。岸野さんという女の子だった。わっと思ったが、岸野さんのシャツはすでにボタンで留められていた。ホッとした。もし女の子の下着が見えてしまったら、間違いなく動揺していただろう。

 ……人にはいえない。まだぼくも途中だ。とりあえず、シャツの前方のボタンを留めた。体操服のズボンの上にはスカートを履いてあるから、こちらの優先度は低いだろう。


「急がなくていいよ。まだ時間はあるんだし」


 岸野さんの背の高さは女子の平均と同じくらいか、少し小さい程度。髪はボブヘアで、笑顔が多く、顔立ちが可愛らしい。岸野さんとは顔見知りのクラスメイトであり、元の姿の時にもときどき話していた。


「着替えながらでもいいんじゃない?」

「ありがとう」


 ぼくは頷き、残りのボタンを留めていく。


「さっきのテニス迫力があったよ! 何かやっていたんだっけ?」


 岸野さんの口調は落ち着いていた。気のせいか瞳がキラキラと見えた。ぼうっとしたら、その瞳に吸い込まれてしまいそう。


 テニスではないけれど中学生の時、近くの体育館で友だちと卓球をやって遊んでいた。高校に上がってからやっていないが。


「ううん、何にも。休日でも外に出て、体を動かすぐらい」


 これだけでいいのなら、真面目に練習するテニス部員にわるいだろう。


「そうなんだ」


 岸野さんは相槌を打った。


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