2. 人とのつながり(土曜日)

1話 至福の朝の教室で(加筆) ソウ君: 日暮創太

 ハンガーにかかった制服を見る。掛かっているのは女子のブレザー。ボタンは左前、ズボンではなくスカート。じっくり眺める。これを着て登校しないといけないのか? 非常事態だけど、学校をサボろうとは思わなかった。

 布一枚の円錐台えんすいだいをしたスカート。着てみると足元が落ち着かない。

 もちろん女装はやったことがない。けどぼくは、この姿だからしかたなく着るんだから……!

 女子の制服に身を包むことで、男子という概念イメージが壊れた気がする。容姿が女子だからこの制服を着るのだけれど、向こう側に行ってしまった申し訳なさのような感情がわいた。


 もう一度、洗面所の鏡の前に立つ。冴えない表情をした女子高校生がいた。外見は知らない女の子だが、中身がぼくであるのに変わりはない。せめて表情だけでも、と思って無理やり笑みを作った。



 ぼくは文科系の部活に入っている。かなり自由な部活で、活動が午後で部室は空いていない。だけど、ぼくは早めの登校を日課としている。

 相変わらず教室はガラ空きで、数人しかいなかった。窓から見える外の天気は明るく、教室の中が天国か楽園かのように見えた。気分にそぐわないから少し腹が立つけれど、黙って押し止めた。

 暗鬱あんうつとした気持ちがあり、軽く左右に頭を揺らせ、発散した。予習のため、教科書とペンを机に置いた。


 いざペンを持とうとしたとき、一人の男子生徒が教室の入り口から入ってきた。


「よう、ゆき」


 一人の男子生徒が、こちらに近づいてくる。同じ部活で仲がいい日暮創太ひぐらしそうただ。

 ゆきという名前に聞きなれないはずだが、


「あ、ソウ君」


 とすぐに反応する。自然と表情がほぐれる。


 日暮創太ことソウ君は、一年生から同じ部活の同級生だ。別のクラスだけれど、お互いを認め合える仲。背たけは男子の平均ぐらい、顔立ちはふつうだが、見方によっては男前に見える。


「いつも朝早くからご苦労さま。少しだけ雑談しようよ?」

「うん。わかった。10分くらいね」


 頷いて快諾かいだくした。

 それから短い間だけれど、他愛のない話をした。最近読んでいる本は? 勉強捗っている? 一喜一憂する朝の至福の時だ。


「友紀、どうしたの? 顔色が少し悪くない?」


 ときどき黙って話を聞いている時、ソウ君に聞かれた。もしかすると表情がいつもより硬かったのかもしれない。


「ううん、なんでもない。ちょっと考えごとをしていただけ」


 ぼくは心配させないように軽く微笑む。


 ソウ君は、相手が女子であると意識した話し方をしなかった。見た目は変わったけれど、関係に変化はない。初めは大丈夫かな? と思っていたが、話す前よりは態度の変わらないソウ君に安心感を覚えていた。


「時間だね。友紀と話せると、気分転換になるよ。またよろしく」

「ううん、こちらこそ」


 さりげなく温かい言葉をもらい、憂鬱かもしれない朝が、少し晴れやかになったようだった。

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