第20話 固まる道
6月15日月曜日
朝。
目を開けると、目の前には真白の顔。
小さな子供のような、可愛らしい白い少女の寝顔。すぅすぅと静かに呼吸している。
素直に、愛しいと思った。
手触りのいい白髪を、頭を一撫でし、俺は起き上がる。
今日も。いつの日に何があったとしても。
新しい一日は、始まる。
真白の作ってくれた朝食の最中。
俺は、思い出す。
状況確認を、していなかったと。
あの夜何があったかを、真白にまだ伝えていない。
説明責任は果たさなければ。
「真白」
「なに?」
「あの夜の事を話すよ」
「うん、聴くよ」
そうして俺は、恐らく悪魔だろう人物に襲撃され、俺だけがなぜか生き残ったことを伝えた。
「悪魔、とうとう来たんだね」
神妙な表情をして真白は呟く。
「結局、それでも方針は変えられないんだろうけどね。大罪戦争を、これ以上犠牲を出さないように終わらせるしか」
真白は悔しそうに、苦笑する。
一間置き。
さらに一呼吸真白は入れた。
「復讐、とか考えてない……?」
静かに目の前の女の子は訊いてきた。
俺は数秒考え、答える。
「したくないわけじゃない。というより何が何でもやってやりたい。だけど、生き残る方が先決だ」
俺の中の思い出は、亡くさせる訳にはいかないのだから。
煮え滾る憎悪を無視してでも、俺は俺のアイラを守る。
「そう…………ならいいんだっ」
真白は一転、笑ってそう言った。
朝食後。
何をするでもなく座っていると、ふと疑問に思ってしまった。
真白は。
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
今さらながら、その問いをした。
真白の献身を、俺は今まで享受してきた。
けれど、よく考えたら俺は真白と会って半月も経っていない。
なのに、どうしてそこまでしてくれるのか。
「どうして、か…………」
真白は苦笑、というよりも曖昧に笑ってから。
「そんなの、簡単に言えば好きだからだよ。ただ受け入れた訳じゃないんだよ。カズくんならいいと思ったから。だから、何されてもよかったんだよ。それでカズくんが笑えるなら、いくらだってね」
「…………」
こうもストレートに言われると何も言えなくなる。
「もしこれだけで納得できないなら、もっと詳しく聞く?」
俺の無言をどう取ったのか、そんな事を言ってきた。
けれど、気にはなる。
よく考えたら、俺は真白の事を、一部だけで多くを知らないから。
肯定の意思を示す為に、俺は静かに頷いた。
真白はそれを見取り、一度息を吐く。
「わたしの両親もね、天使だったんだ」
その一言から、話し始めた。
「でもね、わたしが小さい頃悪魔に殺されてしまった」
それは、俺の過去と酷似していた。
「それで、お母さんとお父さんがいた天使の組織、ヘヴンズに引き取られたんだ」
話は途切れず続く。
「それからはその組織で、どうやったら誰かを、大切な人を護れるか考えながら訓練してたの。もうあんな悲しいことなんて嫌だったから」
真白は苦笑して。
「つまりね、わたしもね、カズくんと同じなんだ。守れなかった。護りたかった。みんなが楽しく笑っている世界がよかった」
本当に、同じだった。
本当に俺達は、似た者同士だったのだ。
「でもね、途中から諦めてた。いくらやっても無理だったから、どうしても犠牲の少ない、けれど必ず誰かが不幸になってしまうやり方をするようになってたんだ」
俯き気味に一呼吸。後、顔を上げた。
「そんな時に、自分はすべてを救う者だーなんて自信満々に言っちゃう人が現れたんだよ。眩しかった。輝いてると思った。すごく憧れた、強い人だって」
その真白の笑顔は、信念を破ってしまった俺には直視でき得るものではなかった。
「昔の真白と同じで何も知らなかっただけさ」
「それでも、カズくんは諦めずに抗い続けた。進み続けた。諦めかけてたわたしにとって、それは凄いことだったんだよ」
真白はまた俺に笑顔を向けて。
「だから、かな。それからカズくんのことが気になっていって、一緒に戦っているうちに、ね、好きになっちゃった」
「……そうかい」
「うん。カズくんが聞きたがったから言ったけど、これも結局きっかけにすぎないんだけどね」
「そうかい」
「うん。そうなんだよ」
それで、真白の話は終わった。
今日も、ずっと一緒にいよう。
真白がそう言ったので、一緒にいた。
昨日歩き回ったから、今日は家から出ない事にした。
「ゲームしよう」
真白が唐突に提案したが、いやではなかったのでやる事にする。
「そこ! あ! この! 入ってっ!」
「ぐぅ! あ! 読めてんだよ! あ、スカッた!」
何気に格ゲーに熱中してしまった。
――――――。
――――。
――。
テレビゲーム、ボードゲーム、いくつかのゲームを経て、今は原点回帰とばかりにカードゲームをやっている。
というか真白はここを借り家とか言っていたが、ゲームをこんなに持ち込んでるとは、よっぽど好きなのか。
「ターンエンド」
「わたしのターン」
今は先程までと違い静穏にやっていた。
それがあまりにも、落ち着いていた空間だったからか。
押し込めていた思考が蘇っていた。
すべてを救う者。
俺は、それを目指すべきなのだろうか。
俺の本心は、どこだ?
大切な人だけ護りたくて、人を殺すようなやつなんて殺していいと思っているのか。
それとも。
誰かが死んで起こる悲しみを防ぎたくて、すべてを救いたいと思っているのか。
判らない。
確かに生き残る為に前に進む事は決めた。
しかし、それが定まっていないとどこかで迷いが生じて致命的な隙を晒してしまう可能性が高い。
だが、何度考えても明確な答えが出てこない。
「…………」
目の前の、自分の手札を睨んで唸っている真白を見る。
相談、してみようか。
今さら遠慮など、するだけ無意味な関係と言えるのだろうから。
「真白、相談、していいか……?」
「相談? いいよ」
真白が了承してくれたので、話す事にする。
「……俺は、すべてを救う者に成りたかったはずなんだ」
「うん」
「だけど、その考えが揺らいでしまっている。自分がどうしたいのか、判らなくなったんだ」
「うん」
真白は優しい表情で、聴いてくれていた。
「生き残る為に戦う事は決めたが、このままでいいのかと思った。だから相談した」
「……そっか」
しばらくの静寂。
やがて。
「カズくんはすごく悩んでいるけれど」
そう言って、静かに話し始めた。
「わたしから言わせてもらうとね、あなたの考えは優しすぎるんだよ」
一呼吸。
「すんごく、優しいんだよ」
感じ入るように真白は言う。
そんな馬鹿な。
俺がそう口に出す前に、真白は続けて話す。
「だって、手を差し伸べることが前提なんだもん。何の疑問やためらいも差し挟まないで、まず助けるということが前提の考えなんだもん。
最初から、手を伸ばさない人もいっぱいいるよ。みんな自分が大切で、傷つきたくなくて、死にたくなくて、助けようとしない人が沢山いるよ。そりゃ難しいよ、怖いもん。でも、カズくんはその恐れを無視して手を伸ばし続けた。
だから、そんなカズくんを、わたしは……
そんな優しいあなたを、好きになったんだよ。そして、自分を追い詰めてしまうあなたをなんとかしてあげたい」
俺は、そんなんではないのに。
真白は流れるように、緩やかに包むように、言葉を続けていく。
「だから、わたしはこの言葉をカズくんに送るね」
真白は俺に、柔らかい笑顔を向けてくれた。
「――やりたいように、やればいいんだよ」
暖かい光が、降り注いだ錯覚がした。
俺は、目と口を間抜けに開けたまま、硬直する。
「救いたかったら、救えばいい。それが出来なくて、苦しいなら、足掻いてもいいし、やめてもいい。それは義務じゃないんだから」
真白は俺の両手を握る。
「だから、思うままに生きて」
――――――――――。
俺は。
「俺は……」
どうする。
なにがしたい。
考える。
この迷いから抜け出す階段に、足をかけられた感触があった。
真白に引っ張ってもらって、俺は希望へと近づく事が出来た。
感謝しながら考えていると、さらに真白はヒントを与えてくれる。
「人の心なんて、一極的なものじゃないよ」
真白は当然のように、語る。
「結局、やりたいかやりたくないか。自分が納得するかしないかなんだよ。だからもっと簡単に考えていいんだよ」
やっぱり君は、強い。
「自分が納得できるやり方を選べばいいんだよ」
「納得できるやり方、か」
「うん、そう簡単じゃないかもしれないけど、選んでしまえばもう一直線だから、後はやるだけだよ」
天啓を与えられたような、すっきりとする感覚が広がった。
自分が納得するやりたいことを選んで、決めて、一直線に進む。
やりたいように、やるだけ。
それは一見単純な、すぐに思いつけそうなこと。
されど、その考えに至れず悩み苦しんでしまう人が、この世には多いだろう。
俺も、その一人だった。
だが今は、違う。
教えられたのなら、考えてみる。
簡単ではないが、簡単に考えてみる。
冷静にリスクヘッジして、自分がどうしたいか思考。
俺は、どれならば納得できる?
どのやり方なら、迷わず進んで行ける?
大切な人には絶対に死んでほしくない、生きていてほしい。
けれど、誰かが死んでしまうのも気に食わない。
すべてを救う者を完全に諦めるのは、心が引っかかる。
ならば。
――ならば。
そうして、至った。
俺が納得できる、中途半端で、しかしそれでいて強固な信念に。
俺は。
護りたい大切な人は必ず護る。
他の人も救えるのなら可能な限り全力で救う。
大切な人を護れない可能性があるのなら、俺は他を犠牲にする事を厭わない。
恐ろしいほどに、俗物。
そんな、中途半端で独善的で偽善者な考え。
だけど、それでいいんだ。
俺がやりたいからそうする。
俺がそうしたくて、それで納得できるからする。それだけだ。
結局、人の生き方など一つではない。
正解も間違いも、人の判断では答えなど見つからない。
だから、自分が正しいと思った生き方なら、それが正解だと思っていいはずだ。
もう迷わない。後は突き進むだけだ。
苦しくても、辛くても、決断し定まったのなら、迷わずに歩いて行けばいい。
アイラは、こんな考えに至った俺を見て、失望するだろうか。
……いや。
アイラはどんな道を進んでも傍にいてくれるとも言ってくれた。
なら、俺が決めた道を歩むのを、見ていてくれ。
どんな情けない歩みでも、君が見ていてくれるのなら、そして、目の前の白い女の子が傍にいてくれるのなら、俺は進んで行けるから。
俺の思い出の中に残るアイラは、笑ってくれただろうか。
それは分からない。
もしかしたら、傍にいてくれるとは言っていたけれど、見損なわれたかもしれない。
けれど。
多分、きっと。
微笑んでくれたのだと思う。
アイラは、優しいからな。
だから俺は、傲慢に言い続けるよ。
自分はすべてを救う者だって。
正義の味方だって。
ただし、言葉上は偽りでしかない、中途半端で独善的な偽物だけどな。
だって、すべてを救いたいと思う事自体、圧倒的な強者の特権だから。
俺のような弱者が抱いてはいけない希望だから。
為せる者じゃなければ、それはただの妄言なのだから。
アイラは、現在の現実にはいない。
死んでしまったから、見ていてはくれない。
けれど。
俺の中のアイラは、見ている。
見ていてくれている。
ならば、俺は。
――和希さんがそれを目指す姿はとても輝いていて、大好きでした――
「君と交わした言葉だけは、守って見せる」
俺は、すべてを救う者だ。
何度も言うが、中途半端で独善的な、偽物だけれど。
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