第10話 カードゲーム



「おはようカズくんっ」

 登校して教室に入ると、真白が元気満々とばかりに声を掛けてきた。

「ああ、おはよう」

「おはよーっす」

 津吉も片手を上げて挨拶してくる。

「おはよう」

 教室内を眺めると、むすんでひらいてをやっているやつら、しりとりをスマホを弄りながらだらだらやっているやつら、フューーッジョンッ、ハッ、をやっているやつら。

 今日も学校生活が始まる。



 昼休み。

 今日も屋上で食べようと鞄からアイラ作の弁当を取り出した。

 と。

「カズくーん! お客さんだよー!」

 真白の呼ぶ声。

 教室の入り口。

 真白が振り返って笑顔で手招きしている。


「可愛い女の子だよー。隅に置けないねえっ!」

 ニヤニヤ笑いだ。

 女の子?

 アイラなら真白の言い方は変だ。

 俺の知り合いに女の子なんて、この学校の中でクラス以外にいたか?

 いや、いたか。

 少し前まで、辺り構わず困った人助けてたし。

 誰かしらがお礼を言いに来ても可笑おかしくない。

 お礼ならその場で済んでいると思うんだがな。

 

 疑問に思いながら立ち上がり、弁当を机に残して入口へと歩く。

 真白の後ろ。

 扉に隠れるようにして立つ人影。

「じゃ、頑張ってね~☆」

 真白はウインクしながら舌をペロリと出して踵を返し去っていく。

 そのステップは軽やか。

 ふわりと白髪がなびいた。

 なにが頑張ってだ。

 

 人影を見る。

 伸ばしっ放しの野暮ったい、黒色のかなり長い髪。

 言っては悪いが、地味な印象。

 スカートの色が青色ということは、後輩か。

 オドオドと俯きがちに俺を見ている。

 両手の指を弄ったり解いたりしながら。

 典型的な、根暗っぽい子。

 それでも、素材が良いのか可愛い部類に入る女の子だ。

 

 ん?

 この子どこかで見たような。

 …………。

 あ。

 そうだ。

 この前放課後の廊下ですれ違った女の子だ。

 俺を何故か見ていたから少し気になったあの子だ。

 あの時は、会いたきゃ向こうから来るだろうと思って考えないようにしたが。

 まさか本当に来るとは。

 

「なにか用か?」

「す、すいません先輩、急に呼び出したりして……」

 目が隠れるほどの前髪の間から俺を見上げ、俯きがちなのもあって自然と上目遣いになっている。

「それは別にいいんだが。謝るような事じゃねえよ」

「は、はい、それで、あ、あの、話したい事があるので、場所を変えていいですか…………?」

「ああ、問題ない」

「よかった…………それでは、こちらに……」

 そう言って歩いて行く女の子。

 俺はその背に付いて歩いて行った。

 

 

 

 人気ひとけのない、校舎裏。

 付いていったら、こんなところまで来た。

 言動からして誰にも聞かれたくないようだったし、妥当な場所だろう。

 喧騒は遠い。

 少し草木が生い茂っている。

 薄暗い空間。

 

「あ、あの……それで……ええと……あ、そうだ。私の、名前は、蕪木美子かぶらぎみこって、いいます……」

 つっかえながらも頑張ったのがかなり伝わる自己紹介。

 わかった。

 この子尽くすタイプだ。

「呼び出したって事は知ってるかもしれんが、俺は相沢和希だ。好きに呼んでくれ」

 ビクッと跳ねるように、蕪木は俯きがちな顔を若干上に方向修正した。

「す、好きに、呼んでいいんですか……?」

「おう、好きにしろ」

 名前など、そいつの呼びたいようにすればいい。

 俺は変な呼ばれ方以外大体どんな呼び方でも構わない。

 初対面でもあだ名でオーケーだ。

 結局誰か解ればいいのだから。


「なら……和希先輩って、呼んでいいですか……?」

 緊張したように恐る恐る訊いてくるが、なんてことはない。

「いいぜ。普通の呼び方で安心した」

 津吉には最初「あい○き」と呼ばれたのでぶん殴ってやった。

 そもそも一文字は俺の名前に入ってすらいないだろうと。

 そうしたら相沢の沢が液体を彷彿とさせるから間違ってないとのたまったのでもう一度殴ってやった。

 

「和希先輩……和希先輩……和希先輩…………ふふっ……」

 蕪木は小さな声でぶつぶつと呟き笑っている。

 やっぱりこれは、あれなのだろうか。

 だが、そうだとしたら。

 俺は――

 

「それで、話って?」

 呟き続けたまま進まなそうだったので促す。

「あ、そうでした……え、えっと、その……」

「焦らなくてもいいぞ」

 促しはしたが急かすつもりはない。

「はい……………………………………………………和希先輩」

「おう」

「好きです、付き合ってください…………」


 蕪木は意を決した様に、顔を真っ赤にしながらも、そう言葉にした。

 やはり、か。

 そんな気は、していた。

 勘違いの可能性もあったが、その可能性はもう意味をなくした。

 本人の様子を見るに、相当の覚悟と勇気を持って言ったのだろう。

 だが。


「すまん。無理だ。俺にはやらなければならないことがあるんだ。そういう事に意識を持っていく余裕はない」

「……!!」


 俺は、すべてを救いたい。

 少なくとも、大罪戦争が終わるまでは無理だ。

 終わっても、分からない。

 そもそも俺は、この子が好きなのか?

 初対面のようなものだ。

 どういう人間かよく知らないのに、好きかどうかなんて判るわけがない。

 大罪戦争とか関係なく、俺は断っていたのかもな。


「そう、ですか。そう、ですよね……私なんかじゃ、だめですよね……うん、わかってた、わかってました、ごめんなさい…………っ」

 俯きながら、早口で、そして小さな声で捲し立てて、蕪木は踵を返して走り去った。

 長い黒髪が靡いて、女の子の甘い香りを感じたが、今はそれに寂寥を覚える。 


 友達からなら、良かっただろうか。

 それで蕪木のことをよく知って、どうするか決める。

 いや、無理に希望を持たせるだけか。

 期待させるだけさせておいて、俺があの子を選ばなかったら、友人関係すら続かなくなるかもしれない。

 俺はそのまま友人でも構わないが、蕪木は負担だろう。

 少ししか接してないが、あの子が耐えられなくなる想像は容易についた。

 なら、これで良かったのか。

 間違った選択はしていないはずだ。

 俺はあの子と付き合う気はないし、あの子をこれ以上傷付けないためならここで縁を切る。

 間違っていない、最善。

 俺は少しの間ポツンと立っていたが。

 やがて歩き出し、弁当を取りに教室へと戻った。


 …………。


 たった数日後の俺は、こう思った。

 ――間違いだった。




 教室へと戻ると、自分の席に腰掛ける。

 昼休みの時間は残り少ない。

 今日はもう教室で食べてしまおう。

 急いで食べないと間に合わない。

 空腹を抱えたまま授業とか嫌だからな。

 

「カズくんっ。どうだった?」

 興味津々そうに目を輝かせて聞いてくる真白。

 アイラといい、女はそういう話に興味持ち過ぎだ。

「プライバシーの侵害はよくないぞ」

「またまたぁ。何かいいことあったんでしょ?」

 鬱陶しく食い下がってくる。

「相手の方のプライバシーについて言っている」

 だから正論を叩きこんだ。

「う、まあそれはそうなんだけど……」

「黙ってくれるな?」

「うん……」

 少ししょんぼりしてしまう真白。

 反省してくれたならいい。 


「おうおうなんだなんだ? 和希に何かあったのか?」

「お前は黙っとけ」

 妖怪剛坂津吉は適当にあしらった。



 淡々と午後の授業は終わって行き。

 放課後になる。

 鞄をひっつかんで教室を出ようとした時。

「カズくんカズくん」

 真白が話しかけてきた。

「なんだ?」

「今日はこの教室で遊ばない?」

「なぜ教室」

「わたしが教室で遊びたいから!」

 ドヤァとばかりに、これが正当な理由だ! と宣う。

「そうか」

「それに、一緒に戦っていく仲間なんだからお互いをよく知っていくために遊んだりした方が良いと思うの」

「まあ、そうだな」

 確かに親睦を深めることで戦闘において良い効果はあるのかもしれない。

 息を合わせたり、意思疎通の短縮化。

 他にも色々と。

「アイラちゃんも呼んで、ついでに津吉くんも呼んで四人で遊ぼう」

「ああ、ついでに津吉も誘ってやるか」

「俺がついでにされてるのは納得いかないんだが」

 ヌッと津吉の顔が割り込んでくる。

 暑苦しい。

 しっしっ。

「俺はアイラを呼んでくる」

 そう言い残して教室を出た。

 

 いつも歩いているリノリウムに足音を残しながら、思う。

 こういう日常を維持するのも、大事なんだな、と。

 

 …………。


「連れてきたぞー」

「お邪魔します」

 別に人の家ってわけじゃねえのにアイラは教室に入る時そう言った。

 長年付き合ってきた俺だから、変に礼儀正しい時があるのは、もう慣れたが。

 

「来たねっ。待ってたよ!」

「おお、アイラちゃん! これで四人揃ったな!」

 机を四つ合わせて合体させた簡易テーブルに、所狭しと色々なゲームが乗っている。

 ボードゲーム、ジェンガとか玩具感溢れるゲーム類、カードゲーム。

 なんでもござれと言わんばかり。


「これ、誰のだよ? こんなに沢山」

「わたしが持ってきました!」

 満面の、良い笑顔で堂々と言葉を発した真白。

 右手の親指を立て、サムズアップ。


 能天気なその様子を見ていたら。

 教師にバレたらまずいとか、そんな野暮な事は言う気は失せた。

 どっちにしろ言っていたかどうかは分からないが。

 まあ、このクラスの担任、庵子あんこ先生ぐらいなら簡単に丸め込めるだろう。 

「さっ、どれやるどれやる?」

 真白が言い、みんなで物色する。

 人生ゲーム、お化けすごろく、ジェンガ、バナナバランス、麻雀、トランプ、エトセトラ。

 遊び方が良く分からない物も多い。

 というかこんな量どうやって持ってきたんだ。

 四次元ポケットでも持ってんのか。

 

「おっ」

 これは、俺が前にやっていたトレーディングカードゲームじゃないか。

 今でも根強い人気を誇る、俺が純粋な幼児だったころからあるTCGだ。

 デッキ構築を学校の授業の時よりも頭を使って真剣に考えてたな。 


 ちなみにやめた理由は資産ゲーだということを悟ったから。

 大会で勝つほどまでに強くなるためには、学生の俺にはとてもじゃないが払えない高騰したカードを手に入れる必要があった。

 こんなゲームやってられるか! となるのは必然。

 カードゲーマーを子供に持つ親はさぞ小遣いのおねだりに苦労していることだろう。

 仕事して金が手に入るようになったらまた始めようかは悩んでいる。

 結論、カードは子供がやる物なんてトチ狂った意見を持つ『一般人(笑)』がいるが、それは全くもって見当違い。

 TCGは、金を持った大人のやる遊びなのだ。

 麻雀みたいに。

 麻雀は金は掛からないが。

 賭けは違法だからな。

 まあ、逆に時間が無くてカードやれない大人も多いらしいけどな。

 あ、でも最近はデッキ三つ買うだけで容易に強いデッキ作れるなんて話も聞いたな。

 大体4000円いかないぐらいか?

 かなり良心的だな。 

 しかしラノベ五冊買えてしまう。

 悩みどころだ。


 そんな益体もないことを考えていたら、少しやりたくなってきた。

 俺の昔の、カードゲーマー、いや、デュエリストとしての血が騒ぐ。

「これがやりたいの?」

 俺がずっとそのカードの束――恐らくデッキだろう――を見つめていたからか、真白が聞いてきた。

「ああ。前にやってたことがあるんだ、懐かしくなってな」

「そっかっ。二人ともこれでいい?」

 真白は笑顔で応えた後、振り返ってアイラと津吉に訊いた。

「私は何でもいいですよ」

「それなら俺も前にやってたことがあるぜ! 問題なしだ!」

 津吉もやってたのか。それは初耳だ。

 地獄に叩き落してやる。


 ということで、デュエリストがここに、四人誕生した。

 一人は現役、二人は復帰だけれど。

 いや、完全に復帰するつもりはないが。 

  

 …………。


「おらあ! アルティメットホールホーンドラゴン召喚だ!」

 べしんっ、と机にカードを叩き付ける形で場に出す。

 あ、スリーブはちゃんとしてあるので大丈夫です。

「ここでホールホーン!? ガチカードいきなり投入なんてズルいよ~」

 目を線状にして不満を漏らす真白。

「ふはははは。これはお前のデッキだろう? 予測ぐらい出来なかったのか?」

「予測出来ても出来なくても手札で最善手を打つしかないんだよっ」

「お前の場の伏せカード全てを墓地に送り、さらに楯二枚を破壊し、命に2000点のダメージ」

「インチキ効果もいい加減にしてよっ!」


 俺たちが使っているカードは、全て真白が持ってきた物だ。

 デッキは既に何個もあったから、その内の一つを使わせてもらっている。

 一からカードを借りて作った訳ではない。

 だからどういうデッキかは真白は知っているのだろうが。

 知っていたからと、そう簡単に勝てる訳でもないのがTCGだ。

  

「ターンエンド」

「ここからだよ! そんなカード使ったからって必ず勝てると思わないことだね!」

「これお前のデッキだっつってるだろ」

「わたしのターンっ。ドロー!」

「お? ディスティニードローのつもりか?」

 真白は大仰に体を動かし、手刀を横に放つようにデッキから一枚ドロー。

 その引いたカードを覗き込み、目をキランッ、一言。

「――きた」

「そんなカードゲームアニメみたいな――」

「パーフェクトフェイスクイーン召喚」

 ことが起こるわけ…………。

「てめえええええええええ!!」

 ガチカードそっちも入ってんじゃねえか!

「そっちの場のカード全部デッキに戻してねっ☆」

「うるせえよ!」

 俺はカードを傷つけないように、けれど荒々しく集めデッキに戻しシャッフルする。

「本当にここからだよ、カズくん☆」

 ☆じゃねえよ。

「その笑顔を絶望に染めてやるのが楽しみで仕方がないぜ」

「笑顔のまま終わらせるよっ☆」

「はは、は」

「ふふふ」

「ははははは」

「ふふふふふ」

「「あっははははははははははっ!!」」

 火花が散る。

 

 …………。


「ダイレクトアタック」

「負けたあああああああ!」

 真白が白髪はくはつを振り乱して悔しがる。

 俺は勝った。

 ギリギリの戦いだった。

 だが、

「俺には到底及ばないなあ!」

 最大限の煽り顔を見せてやる。

「くやっしいいいいいい! その顔殴りたいっ!」

 とうとう地団太を踏み出した。

 ふははは。

 


 次は津吉とデュエルすることになった。

 別にトーナメント形式とかではなく、みんなで適当に満遍なくデュエルしている形なだけである。

 お互いガンを飛ばす。

「デス、ミー」

「ノー。ミー、ヘル」

「怪しい英語喋ってないでさっさと始めたら?」

 津吉とデュエル前の牽制をしあっていると、真白が辛辣な一言を少し離れたデュエル台(机二つを合わせたもの)からアイラと向かい合ってシャッフルしながら投げてきた。

 根に持つタイプかあ?

 まいったな。ふはは。

「「デュエッ!」」

 早速始めた。


 …………。


 さて、カードゲームはルールに沿ったゲームだ。

 ルール通りに事を進め、ルール通りに勝利をもぎ取る。

 これは不文律であり、絶対に侵されてはならない。

 カード効果でもないのに、引いたカードが気に入らなかったからといって余分に一枚ドローしたり。

 カードの能力でもないのに、マナが一足りない! よし、置いてしまえ! とばかりにマナをもう一枚チャージしたり。

 それをやってしまったらただの無法地帯になってしまうのだ。

 なんでもありで勝敗すらわからなくなる。

 果てはリアルファイトか。

 だからお互い紳士的に、ルールを守って楽しくデュエル! てな感じでやらなければ楽しくないゲームなんだ。

 

 ――さて。

 どうイカサマしてやろう。

  


 今は、津吉のターン。

 手札と睨めっこしながら長考している相手。

 そして、やつの場に伏せられた二枚のカード。


 内容が気になるなあ。

 気になっちゃうなあ。

 どうしようかなあ。

 知りたいなあ。


「あ。庵子先生」

 トーンを極力自然にし、さも本当に驚いて今気づいたかのように、指をさすジェスチャーまでおまけする。

 指す方向は津吉の後ろ、教室の出入り口の方。


「え? マジで!? やばくね? いや、やばくねえか」

 津吉の考えは解る。

 え? 先生来たとか、このカード見られたら私物持ち込みで怒られるんじゃね? あ、でもあんこちゃん先生なら簡単に丸め込められるか。なんなら混ぜてしまうことも出来るんじゃないか?

 こんなところか。

 俺もさっき考えたから手に取るように解る。

 

 まあ、津吉が俺の言葉に振り返った隙に迅速な行動に移させてもらうが。

 ペラッ。

 津吉の場に伏せられた二枚のカードをめくる。

 瞬時に視界に入れ、すぐに元の位置に戻す。

 ふむふむ。

 右の方が厄介だな。

 左の方は特定のカードがないと効果を発揮しないから、やつの手札次第では今腐ってるカードだ。

 

「て、誰もいねえじゃねえか!」

 振り返っていた顔を戻す津吉。

「すまんな。俺の見間違えだったみたいだ」

「ああん? 見間違えぇ?」

 津吉は怪訝な顔で数秒沈黙。

 俺の顔を凝視しながら。

「おい。じろじろ見んな」

「……はは~ん、さてはお前あんこちゃん先生のこと好きだな? だからその姿を幻視した! 多分それほどなら夢にも出てるだろう」

「は?」

 そこには、全く見当違いな方向に思考を走り幅跳びさせた馬鹿がいた。

「だがお前には譲らねえぞ! 俺だって好きなんだからな! あのキュートさは俺の独り占めだ!」

「勝手にいってろハゲ」

「なら勝手にさせてもらう! あんこちゃんを口説き落とすのは俺だ!」

「玉砕しろ」

 俺の言葉を無視して津吉は手札との睨めっこに戻る。

「ん~、じゃあこいつでアタックしてターンエンドだな」

「ならそのエンド時にトルネード発動。破壊する伏せカードは俺から見て右な」

「かーーーー! お前これ破壊しちゃいけない方だろ! なんでこっち選んだ!」

「勘」

「ないわ~。天性の才とかクソ食らえだわ~。ぺっぺっぺっ!」

「つば吐くな」

「実際には吐いてねえよ! それぐらい察してくれ!」

 そんなことは知っている。


 …………。

 数ターン後。

「クエスチョン発動! このカードは相手のデッキの一番下のカード名を宣言し、確認して合っていたらそのカードを俺の場に出す!」

「そんな博打カード入れてたのか……いや、真白のデッキだったから元々入ってたのか」

 だが真白がそんなカード入れるだろうか?

 本人の性格的に入れそうだが、意外とガチカードが多い。

 そんな真白のデッキに、全くデッキのテーマとも合っていないのにそんなカードが入ってるなんて少し不自然じゃないか?

 まあ、真白の気まぐれといってしまったらそれでおしまいなのだが。

 気まぐれでなくとも本人的にはちゃんと意味がある場合もある。


「俺が宣言するのは、キングデッドヘルムーン!」

「ガチカード言っとけばいいと思ってるだろ」

 しかし残念。

 そのカードはこのデッキには入っていない。

 アルティメットホールホーンドラゴンならまだ可能性があったものを。

 余裕の表情を浮かべながら俺はデッキの一番下を公開する。


 視界に映るのは、キングデッドヘルムーンのキラキラと輝く加工された文字。


「よっしゃ! 運いいぜ俺! さあ、召喚させてもらう!」

 瞬時に。

 俺は全てを理解した。


「なにが運いいだ! 俺のデッキにはこんなカード入ってねえぞ!」

「デッキ確認した時に見逃しでもしたんじゃね?」 

 すっとぼけた顔。

「イカサマじゃねえか! お前ふざけんなよ! イカサマとか人としてどうなんだよ! 最低だな! こういうゲームでイカサマとか、面白くなくなるんだよ! なにもわかってないな! この大馬鹿は!」

「ああん? やんのかコラぁ!? お前こそイカサマしてたんじゃねえのかよ!」

「してねえよ! 友達疑うとかほんと最低だなお前!」

「いいや絶対してたね! ちょっと違和感があったんだよどこからか! ……あ、もしかしてあんこちゃん先生のくだりの時か!?」

「……ちげえよ。そもそもイカサマなんて俺はしてねえし」

「今の最初の間は何だ!? やっぱりしてたんだろ! 正直に言ってみろ一発殴るだけで済ましてやるから!」

「お前がイカサマしたんだろうが! 言うに事欠いて逆切れして殴るだあ? 人として終わってんなマジで」

「ああ!? やんのかごらぁ!?」

「上等だ掛かって来いやごらあ!」

 お互いの拳が同時に頬にめり込んだ。

 その後、服を掴み合い、膝蹴りを、拳を打ち付け合う。


「やめてください二人とも! 喧嘩はダメです!」

「やめなさ~い! リアルファイトは厳禁!」

 アイラと真白の声が同時に発せられた。  

 

「アイム、デッド、コール!」

「ユー、ブラッドプール、スイミング!」

「だから怪しい英語言い合わないで! 殴り合わないで~っ!」

 真白の叫びが木霊した。


 …………。


 その後、俺達の間に割り込んできたアイラと真白にリアルファイトは中断された。

 さすがに間に入られたら他二人が巻き込まれかねない。

 それは避けたい出来事。

 だから必然的に中断せざるを得なかったのだ。

 まあ。

 最初から本気で喧嘩していた訳じゃないが。

 あと、イカサマは厳重注意された。

 今度やったら鼻にクリーム詰めて、耳にバナナ刺すらしい。

 

「では、これを出して、これで、攻撃です」

 今はアイラとデュエル中。

 アイラはほとんど初心者といえるが、ルールを理解していない訳ではない。

 俺が前にカードをやっていた時に、対戦相手が欲しくてアイラに頼んだ事がある。

 その時にルールはしっかりと教えていた。

 あの時は毎日のようにデュエルをしたっけな。

 毎日のようにしていたんならアイラは初心者とは言えないんじゃないか。

 いや、でも、なんかそんな雰囲気なのだ。

 アイラのカード捌きとか、カードゲーム用語のたどたどしさとか、そういうのがいつまでも初々しいのだ。

 だから、つい初心者と呼びたくなる。

 あの頃のアイラの勝率は4割くらいだったかな。

 アイラはカードを俺としかやってなかったから俺との勝率ということになる。

 あれ? 結構俺負けてね?

 

「ターンエンドです」

「俺のターン、ドロー」

 淡々と過ぎていくターン。

 陽が机を優しく照らしている。

 照り返すカードのイラスト。

 アイラの黄金色の髪も淡く綺麗で。

 穏やかな時間。

 ゆったりとして、落ち着く。

 過ぎていく。

 ターンは繰り返す。

 そして。

 

「このカードで、ダイレクトアタックです」

「なん……だと……」

 普通に負けた。

 

 ……。

 …………。

 ………………。


 夕方過ぎまでカードで遊び倒し、解散となった。

 何がめでたい訳でもないのに、騒いで騒いで騒ぎたおした。

 楽しかったのだと、思う。

 平和だ。

 あんなことがこの町でまかり通っているなど、とても信じられないくらいに。

 でも、起きているのだ。

 実際に、人が何人も死んでいるんだ。

 日常の傍らで、非日常の闇がいつも寄り添っている。

 今日のような平穏が、どこにでも在れるようにしたい。

 その為には、努力を惜しまない。

 戦う。

 いつまでも。


 ――騒ぎ倒している時、ふと津吉がいつもと違う表情をして口にしていた言葉が、なぜか印象に残っていた。

『俺はやっぱり、こんな時間が大好きだよ。この日々が、日常が』

 穏やかに目を細めて、そんなことを、言っていた。

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