第9話 何一つできやしない
夜。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
アイラに笑顔で見送られながら俺は家を出る。
月明かりが照らす暗い外。
静かな道を歩いて行く。
連絡先を昼に交換していた真白と先程連絡を取り合って、今から合流しようという話になった。
何事もなく合流地点に着いた。
学校前だ。
俺が着いてから数分ほどすると、真白がやってきた。
「待ったかな?」
「いいや。数分程度だ」
「なんだか恋人みたいなやり取りだねっ」
「そうか」
「そこは突っ込んでよっ」
「誰が恋人だー」
「うわぁ……今さらな上に棒読みでおざなり。目も当てられないよ」
「とりあえず奴を探すぞ」
「急な話題転換だね」
構わず歩き出す。
真白もついてくる。
二人の足音だけが夜道に反響する。
「そういや警察って
疑問に思っていたことを尋ねる。
「知らないよ。多分上層部の人間ぐらいしか。異別者たちの間の警察の役割は
「そうか、わかった」
なら、無力化した敵を引き渡す場合は、異別定保会か天使の組織ヘヴンズのどちらかだな。
「組織に調べてもらった事なんだけどね。分かった事があるんだ」
真白が早々に本題に進める。
「大罪戦争は過去にも事例があるみたいだったよ。60年くらい前にも一度」
「どんなものなんだ?」
逸る気持ちを抑えながら聞く。
「簡単に言えば殺し合いだね。参戦する大罪者七人がいて、他の大罪者を全員殺せばどんな望みも殺した者の魂を代償に叶えるっていう」
「…………そうか」
荒唐無稽。
何度思っただろう。
けれど、実際に見て感じてしまっている。
その荒唐無稽が在る事を実感してしまっている。
ふざけた殺し合い。
そんなものがあったのか。
この世に。
60年前といえば戦時中だが今は平和な時代だ。
少なくとも日本は。
そのはずだ。
しかし現に、こんな事が起きている。
そして俺はその当事者。
「カズくんが覚醒した魔眼は
苦々しい表情で語る真白は、ヴァイオレットの瞳を曇らせていた。
俺も拳が痛くなるほど無意識に握られた。
災厄だ。
この殺し合いは、一般人をも多く巻き込む災厄と化している。
そんなルールなら、確実に大惨事になる。
そうなるように組まれている。
本当に願いなど叶うのか。
俺は信じない。
願いとは自分の手で掴み取るものだ。
だが、俺がそう思っていようと他の者がそう思うとは限らない。
そんなものに縋るしかない人達も多くいるだろう。
残念な事に、人を殺してでも願いを叶えたい人達は存在する。
俺みたいに人を殺したくない人が参戦させられている可能性もあるが、そうでないやつが一人もいないなどありえないだろう。
一人でもいれば、殺し合いが起きる。殺したくない人も、身を護る為に戦わざるを得ない。
そもそもそんな人間は最初から参戦対象にはなっていないかもしれないが。
しかし俺は参戦してしまった。
大罪者の一人に選ばれてしまった。
なぜ人を殺したくない俺が?
戦う意志さえあればいいのか?
俺は止めようと今も夜道を歩いている。
ならばそういうことなのだろうか。
いずれにせよ、止めるしかない。
誰も死なせたくなどないのだから。
「待てよ。ということはマンイーター以外にもあと五人いるわけか。人を殺す可能性がある人間が」
「そういうことになるね」
真白は吐息を一つ。
六人もの行動を、止めなければならないのか。
それは至難だろう。
不可能かもしれない。
それでも俺がやることは変わらない。
殺させてたまるか。
「それで、大罪とかの名前の通り、この戦争を起こしたのは悪魔という存在なんだ」
「悪魔……」
まあ、そうだろうなとは思っていた。
悪魔に天使か。
いよいよファンタジーじみてきた。
最初からか。
右腕が化け物とかありえない。
事実として起こってしまっている現象だから認めるしかないがな。
俺も魔眼なんて持ってしまっているし。
「その悪魔ってのはどういうやつなんだ?」
「悪魔は、力を開放すると黒い角が生えるんだ。数は少ないけど危険な存在だよ。悪魔術を使うんだけど、それが破壊の特性を持っているのが特徴」
「破壊の特性。嫌な想像しかできないな」
破壊するってことは在るものを壊すってことだ。
それは不の事象を意味することが多いだろう。
「悪魔は歴史上でも色々と大惨事を起こしているから、増援を頼んだんだけど難しいって言われちゃった。たははは」
「笑ってる場合かよ。一人も寄越せないのか?」
「うん。そもそも元から人手が足りなくてわたしが来たからね。一応頼んではみたけどやっぱり駄目だったみたいな感じ」
「俺達だけで、なんとかするしかないっていうのか?」
「そうだね。そういうことみたい。まいったよね。こんな大役。でもやるしかないんだから前向きにいった方が良いね絶対。うん。なんとかなるよきっと」
真白は笑顔を作ってそう言う。
「確かに俺に出来ないことはない。やるからには救って見せる」
結局、俺が止めればいい話だ。
「カズくんはいつもそれだね」
含みのある表情をする真白。
「悪いか」
「ううん。悪くはないけど。無理すると大変なことになっちゃうよ。だからまずは自分の身を大事にして。そうしてくれればわたしから言うことは他に何もないよ」
「俺は死ぬつもりはないし、その上で救うつもりだ」
「そう、だったら、いいんだけどね」
夜明け色の瞳で俺の顔を見て、真白はゆっくりと言葉を発した。
俺は本当に死ぬつもりなんてない。
ただ救う為に全力を尽くしているだけだ。
それで危険が伴うならば自分の力で跳ね除けてしまえばいい。
「あ、それと大罪戦争には絶妙に都合のいい認識疎外の異別が掛けられているらしくて、夜中にドッカンバッカン大暴れしても一般人に気づかれないみたい。直接襲われない限りは、みたいだけど。全ては大罪戦争を必ず成功させるためだね」
「なんだよ、それ」
真白は苦笑しながら。
「そうだよね。なんだよそれって言いたくなるのも解るよ。でも事実なんだ。
60年前もそのせいで、終わるまで気づかれることなく大惨事になったみたい。今回は前例があったからわたし達の組織も気づけたけど」
「なら、気づいてる俺らが絶対になんとかしないとな」
「うん。そういうこと」
真白は力強く頷いた。
「なあ、話を聴いた限りだと、大罪者よりも悪魔の方を何とかした方がいいと思ったんだが」
「確かに、そうなんだけど、難しいね。なにしろ60年前も尻尾を最後まで掴ませなかったから。大罪者を何とかしつつ、悪魔についても調べる、っていう方針がいいかも」
「そうか。調べるって具体的には?」
「主にヘヴンズの非戦闘員が調べてくれると思うけど、わたし達に出来ることはあんまりないかもしれない。ここまで大掛かりなモノを仕掛けるぐらいだから、準備は万全だろうし、わたし達が数日の間少し調べたって時間の無駄になると思う」
「なら、基本大罪者を何とかした方がいいってことか」
「うん、そうなるね」
俺たちは一息吐いた。
「まあ、話しておくことはこれぐらいで終わりかな。楽しくお喋りでもしながら歩こうかっ」
能天気な事を言って笑顔を輝かせ
「真面目に敵を探せ」
「ちゃんと周りには気を配ってるよ。だから大丈夫!」
「本当にそうか?」
「ほんとほんとっ。これで嘘だったら首吊るよ!」
「そうか、じゃあ今吊れ」
「嘘だったらって言ったよね!」
「嘘でも吊るな。命を大事にしろ」
「冗談を言っただけなのに。それにその言葉はカズくんには言われたくないな」
ジト目で見つめてくる。
「俺は命を大事にしているぞ」
「そこに自分のが、本当に含まれているのかな?」
「当然だ、さっきも言っただろう?」
「それにしては無謀に突っ込み過ぎな気もするんだよね。昨夜の戦いなんてわたしが来なかったら死んじゃってたと思うんだけど」
「俺はその時にやれることを臆さずやっているだけだ。それに今、生きている。運が味方した証拠だ」
「味方したのは運じゃなくてわたしなんじゃないかな」
「どっちにしろ生きている。だから問題ない」
自信を持って言ってやる。
「だったら、無謀に突っ込むのはやめてよね」
真白はヴァイオレットの瞳を揺らして眉根を寄せている。
「無謀には突っ込まねえよ。勝算が少しでもあるから突っ込むんだ」
「もう……だったらわたしが気を付けておくよ。護りの戦法を重視して戦うから」
「あの楯か。頼りにしてるぞ」
真白の天使術、白き羽が寄り集まった楯を思い出す。
「はいはい。頼りにしてねほんと。仲間なんだから」
「仲間か」
「そう、仲間。これから命を預け合って戦うんだから」
「確かにな」
「うん。仲間仲間っ」
やけに楽しそうに笑う真白は犬か何かのよう。
俺達は、大罪者を探してくだらない事を話しながらしばらく歩いた。
だが今日の夜は、一人も見つけられなかった。
6月8日月曜日
朝。
そう、朝なんだ。
カーテンの向こうからは微かな陽光が差している。
だから起きた。
時計を見れば、午前5時。
鍛錬をしなければ。
あ。
木刀はあの時の戦いで壊されたのだったか。
いや、予備があったはずだ。
クローゼットの奥辺りに。
寝起きの酩酊が少し抜けない中、クローゼットまで歩み寄り、開け、中を漁る。
ガサゴソと、服やら読み終わって積みまくった本が存在する暗闇を探す。
こうして探してはいるが、疑問にも思う。
鍛錬に意味はあるのか。
確かに、少しは役に立った。
していたおかげで出来た動きもあった。
しかし、鍛錬をしていなくてもしていても、あの時罪科異別が覚醒しなければ俺は死んでいた。
やたらと自信を持っていた器用さも一切活用できなかった。
それにこれから連日戦う事になるかもしれない。
今から少し鍛錬したところで
体力は温存した方が良いだろう。
やるにしてもこの一連の騒動が終わってからだ。
俺は馬鹿馬鹿しくなり木刀を探すのをやめた。
再び寝る気も起きず、このまま起きたままでいる事にする。
寝巻から制服に着替え、一階に下りて洗顔と歯ブラシをした。
その後リビングのソファにどっかりと背を預け、考えに耽る。
誰も死なせずに解決する方法。
無理せず助けて終える方法。
しばらく考えた。
結局、戦って止める以外に方法はないと結論に至る。
手持無沙汰になりスマホを点けた。
適当にネット掲示板でも開く。
【宮樹市連続】マンイーターを考察するスレ・怪物58人目【怪死事件】
109:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:4:34
まだ捕まらねえのかよ。警察無能過ぎ。税金泥棒が
110:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:6:56
>>109 マンイーターは化け物なんだから当然だろ! 所詮人間でしかない警察責めてやるなよ
111:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:9:27
どっかのヒーローでも現れて退治してくれるのを待つしかないな。蜘蛛男とかww
112:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:11:33
俺の上司とクソ社長マンイーターに食われてくれねえかな
113:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:13:47
世に居るリア充食い漁られろ
114:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:15:19
不謹慎
115:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:17:04
>>114 不謹慎厨が湧いたぞ!! 捕らえろおおおおおおおおお!!!
116:喰われた人より匿名:2011/06/08 00:18:59
>>114 うおおおおおおおおおおおおおおお!(縄持ちながら
…………。
……………………。
………………………………。
155:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:30:10
飽きてきたな~。こうドバっと新情報とかないの?
156:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:32:57
>>155 そうそうあるかよ思考停止乙
157:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:35:41
マンイーターが警察組織占拠とかヒーローがマンイーターを打ち滅ぼしましたとか?wwww ねえよクソバカ
158:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:37:11
こうしてマンイーターは忘れられていくのであった
暇潰しに書き込むことにした。
スマホをタップ、タップ、タップ。
159:救う者:2011/06/08 5:39:23
マンイーターは俺が止める
160:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:40:30
>>159 ファッ!?
161:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:40:52
>>159 つまんねーことしてねえで働けニート。俺もニートだけど
162:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:42:31
>>159 で、その救世主サマがなにしてくれるって?wwww
163:救う者:2011/06/08 5:44:29
>>162 俺が救うのは世界じゃない、人だ
164:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:46:08
>>163 ファーーーーwwwwwwwwww
165:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:46:13
>>163 俺が救うのは世界じゃない、人だ(キリッ)
166:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:46:22
>>163 いたたたたたたた そのクソコテやめろハゲ
167:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:46:34
>>163 お薬出しておきますねー
「…………」
俺は中二病ではない。
こうなることは、書き込む前から一応解ってはいた。
この住人たちはノッタだけだ。
だけど、なんでだろうな。
スマホを握る手の力が強まった。
少しイラつく。
人が死んでるんだぞ。
それなのにバカ騒ぎできるのか。
いや、騒いではいないか。
ああいう輩は、適当に深く考えずに書き込んでるだけだ。
こんな掲示板を覗く俺も悪い。
しかし、イラつく。
170:喰われた人より匿名:2011/06/08 5:46:59
>>163 やってみろよ。どうせ何一つできやしないクソニート
スマホをぶん投げた。
対面のソファに当たって跳ね返る。
俺の膝上に落ちた。
何一つ、できやしない、だと……?
やってやるよクソ野郎。
無気力に適当に掲示板へ文字打つことしかできない惰弱者共めが。
今に見てろ。
絶対に死なせずに終えてやる。
と。
ガチャッという、リビングのドアが開く音。
「和希さん、おはようございます」
アイラが起きてきたのだ。
水色の可愛いパジャマ姿。
「おはようアイラ」
「あれ……? 今日は鍛錬やらないんですか?」
首を傾げると同時に黄金色の髪がサラサラと流れる。
その金髪は朝の陽光に煌めいていた。
「ああ、しばらくはやめとこうかと」
「そう、ですか…………」
眉根を寄せるアイラ。
藍の瞳を揺らす。
何故そんな残念そうな顔をする。
いつも見てたが、そんなに面白いものだったか?
俺だったら飽きて本読みだす。
「まあ、また必ずやりはすると思うぞ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「そうですかっ」
アイラの顔がほころんだ。
気分が少し弾んでくれてるのを感じる。
自分の心が、少し楽になったような気がした。
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