第6話 初戦


 コンビニでアイラはうひゃい棒、俺はチレルチョコを購入後、公園へと来た。

 宮樹市自然公園。

 宮樹市でも結構広い部類に入るんじゃないかと思う公園だ。

 名前の通り自然が前面に押し出されていて、子供が喜びそうな遊具はなく、原っぱが続いている。

 中央には噴水。所々にベンチが乱立する。

 

 俺たちは噴水近くのベンチに並んで座った。

 アイラはうひゃい棒の包装を丁寧に解き、モキュモキュとハムスターかリスのように棒状の菓子を頬張っていく。

 俺はチレルチョコを口に放り込んだ。

 舐めていると舌に甘さが浸透して脳が落ち着いていく。

 

「なあ、アイラ」

「ふぁい?」

 うひゃい棒を口にくわえたまま小首を傾げるアイラ。

「とりあえずそれ食ってからにしよう」

 アイラはモキュモキュしながら頷いた。

 やがてすぐに食べ終わる。


「なんですか?」

 数秒俺は沈黙し、頭の中を整理する。

 終了の後、言葉を発した。

「やっぱり、悲しいことって、嫌だよな」

「……? そうですね」

 アイラは不思議そうに首を傾げながらも答えた。

「誰だって、嫌だよな」

「はい。みんな、嫌だと思います。私だって、和希さんもそうでしょう?」

「ああ、そうだな」


 まだ陽は高めだ。

 青空が、澄んでいる。

 まるで、何事もない平和のように。

 でも、違うのだ。

 平和になんか、この世界が一度としてなったことがあるだろうか?

 多分、ない。

 いつでも、争いや悲しみは絶えない。

 いつまでもいつまでも。

 救われない。平穏が一時、存在したとしても。


 こんな青空が、下の世界まで浸食してくればいいのに。

 そうすれば、澄んだ純粋な世界になるだろうか。

 そんな妄想さえ、抱いてしまう。

 妄想。

 俺の信念も、似たようなものなのだろうか。

 だが、やり通せば、そんなことはなくなる。

 いつの時代だって、そうだったではないか。

 飛行機を開発したどこかの誰かだって、そうだったはずだ。


「なんでそんなこと聞くんですか……?」

 理想の青空を眺めていると、アイラが言葉を発した。

 どこか不安そうな声色。

「俺は、諦めないって、再確認したかった。ただそれだけだ」

 結局俺も、不安なのかもしれない。

 心配させたくないなんて思っておきながら、不安を煽るようなことを訊いてしまったのだから。

 バレなければいいなんて思ってもいたのに、自分からバラすようなことしてどうする。

「諦めないって、何をですか?」

「いいたくない」

「…………」

 きっぱりと即答すると、アイラは黙って俯いた。

 俺はアイラに、笑っていてほしかったはずなのに。

 本当に、何をやっているんだ。

 

 数十秒ほどの、間が空く。

 俺は何かを言おうか迷った。

 アイラの心配を和らげる事の出来る言葉を。

 何を言えばそんな事が出来るのか、思いつけはしなかったが。


 俺がもたついている内に、ポツリと、アイラは言葉を零してきた。

「具体的には何もわからないんですけど、すごく、嫌な予感がするんです……」

「…………」


 ああ、その予感は、恐らく当たっているよアイラ。

 マンイーターなんて化け物、普通ではない。

 異常の産物だ。

 でも、人間らしい。

 人間なんだ。

 そう聞かされた。


「何もかも変わってしまいそうで、終わってしまいそうで、怖いんです。もし何か変なことに関わっているのなら、もうやめてほしいです……」

 アイラの金髪が風になびく。藍色の瞳は寂しさで彩られていた。

 小さな体がより小さくなってしまったかのような、錯覚。


 今すぐ安心できる言葉を掛けてあげたい。

 俺が一言、何にも関わらないと言えばそれは可能だろう。

 そうすれば、アイラとの平穏な生活が続いていく。

 ずっと。

 …………。

 本当に?

 本当にずっと続くと言い切れるのか?

 ずっとなんてこの世には無い。

 寧ろ俺が何かしないことで、悪い結果になってしまうのではないか?

 平穏が、突然終わってしまうのではないか?

 こっちから行かなくても、向こうから潰しに掛かってくるかもしれない。


 どっちにしろ、アイラに何を言われようと、俺はやめるつもりなど毛頭ないが。

 もしやめてしまったら、今までの俺はなんだったんだ?

 鍛錬も何も、意味が無くなってしまう。

 そんなこととは関係なく、俺はただ救いたいだけだけれど。

 人の命を、救いたい。

 それは、悪いことなのか?

 違う。断じて違う。

 それが間違っているのなら、俺はそんな論理絶対に認めない。

 やる。やり通す。

 救いたい。その思いを、曲げたくない。


「俺は、絶対にやめないよ」

「和希さん…………」

 俯いたまま、落胆したような吐息。

「でも――」

「……?」

 アイラが顔を上げる。

「必ず、帰ってくる」

 藍色の瞳をしっかりと見て、俺は言葉をぶつけた。

「これだけは、約束する」

 アイラの瞳が、揺れる。

 迷う。惑う。

 沈黙が、しばらく続き。

 俺はその間、ずっとアイラの、澄んだ藍の瞳を見つめていた。 

 やがて。

「……信じて、いいんですか?」

「ああ」

「絶対に、戻って来て下さいよ?」

「ああ」

「帰ってこない時があったら、泣いちゃいますからね?」

「ああ」

「毎日、何も言ってくれない石の前で、泣いちゃいますからね……」

「ああ」

「もう一度、言ってください……帰ってくるって」

「絶対に帰ってくる。いつも、必ず、何時いつだって、アイラの元に」

「…………はい」

 アイラは、頷いてくれた。

 俺はその頭に手をポンと乗せ、撫でる。

 頬を染め、目を細めて気持ちよさそうなアイラ。

 まるで猫か何かのよう。

 

「さて、俺、アイラの淹れてくれる紅茶が飲みてえな」

 なんだか今は、無性に飲みたい。

「なら、家に帰りましょうか」

 アイラはそう言って、微笑みを見せてくれた。

 そうして、二人してベンチから立ち上がり、俺たちの家へと歩き出す。

 

 陽は、もうすぐオレンジ色へと変わるだろう。

 そう、あのマンイーターの右眼と、同じ色彩に。 




 すっかり外が暗くなった夜。20時頃。

 夕方前に家に帰って紅茶を飲んでからは、リビングでアイラとのんびりしていた。

 俺はソファから立ち上がる。

「それじゃあアイラ、俺ちょっと出かけてくるわ」

 アイラはこちらに笑みを向けて、言った。

「はい。あまり無理しないでくださいね。何をしに行くかは詳しくは聞きません。でも、約束は絶対に守ってくださいね」

「ああ、わかってる」

 俺は頷き、足を踏み出す。

 リビングを出、二階に寄って木の短刀を懐に忍ばせる。

 これだけで、準備は完了する。

 あとは、心意気次第。

 一階に下り、玄関から出る。

 

 今日も暗い夜を白い丸が照らしている。

 そこに白い粒が点々と在って、もう明るくていいのではないかと思う。

 けれど暗い夜道はそれを拒絶し、静かな街路を築いている。

 俺はその道を歩き出す。

 何時いつ会えるかも分からない、救うべき敵を止める為に。

 ただただ愚直に、思いを全うするために。

 

 

 歩き、歩き、歩いた。

 だが一向にマンイーターの姿は見かけない。

 よく考えなくても分かることだ。この町は別に狭い訳ではない。

 遭遇率はどれくらいかは知れないが、会おうと思ってどこにいるかも分からない他人にすぐ会えるほど人が少なくもない。

 その上、外にいるかどうかも判っていない。

 20時に出たのは、二日前にマンイーターを見つけた時の時間帯だったからだが、安直過ぎただろうか。

 こんなのでよく自信満々に出かけられたものだとは自分でも思うが、探さなければ出会う可能性すらも消えてしまう。

 あの時偶然にも見つけ出す事が出来たんだ。だから次も必ず見つけ出せるとまでは言わないが、どこかで会える確率はそう低くない筈。

 俺はただ目的を胸に、前に進めばいいだけだ。

 今日会えなくても、明日。明日会えなくとも、そのまた明日。

 歩き、探し続ければいい話だ。

 何度も、何度でも。

 俺は、救う者なのだから。


 

 さらに歩いた。

 路地裏も何度も通った。

 今日も見つからないか?

 そう都合よくはいってくれないか?

 今日はもう、帰るべきだろうか。

 睡眠を十分に取り明日に備えることも重要だ。

 しかし、全ての場所を探せたわけではない。

 まだ行ってないところはある。

 少し遠いが、足を延ばすべきだろうか。

 どうするべきか。

 夜の空を見る。

 まだまだ夜は長く、町を覆っている暗闇。

 周りは静寂のみが支配し、葉擦れの音さえ聞こえそうだ。


 ドクンッ――――二日前の夜と同じ、得体の知れない脈動が襲った。

 

 そんなにも静かだったからなのか。

 ただ大きな音だったからなのか。

 なにか、この夜に相応しくない音が、

 いや、これ以上ないくらいに相応しい音が、聞こえた気がした。

 

 ――石が砕けるような音。

 ――悲鳴。

 ――狂気じみた踊り狂うような足音。

 

 明らかな、異常。

 常時なら聞かないだろう旋律。

 断続的に鳴り響いている。


 俺は即座に決断し、走り出す。

 この音が聞こえる先に行けば、もう戻れない。

 踏み越えた先は、何が在るのかも分からない。

 それでも、俺は行く。

 後悔するかもしれないなど、考えない。

 どちらにしろ、後悔はするかもしれないのだから。

 結局何を選んだって、後悔するときはするのだ。

 だったら俺は、やりたいようにやる。


 道の先。

 街灯が寂しく照らす道を走り抜いて。

 角を曲がった。

 

 瞬間。視界に入る光景。

 真っ先に捉えるは、必死の形相で此方こちらへと走ってくるスーツを着た会社員だろう男性。

 そして、その後方。

 右眼を煌々こうこうとオレンジ色に輝かせ、自身の右腕を大口の化け物へと変貌させた男。

 マンイーター。

 俺が止めるべき相手。

 殺さず、救うべき敵。

 だが今は。


「助けてくれえええええ!」

 角から飛び出してきた俺を見て、助けを求めた人を救うのが最優先だ。

 懐から木の短刀を抜き出す。

 

「『喰ラエ』」

 マンイーターが何かを呟いたように見えた。

 直後。

 右のオレンジ色の眼が、輝きを強めた。

 刹那。

 マンイーターの右腕、四肢も貌も無い獣。

 急速に、蠢動しゅんどう

 後、伸びた。

 勢いに乗り、加速し伸びる黒き獣。

 走る男の背に迫る。

 

 だが、俺とその男の人は走りながら擦れ違う。

 すぐに迫り来る獣の大口。

 木の短刀で迎え撃つ。

 大口の横に叩き付けた。

 

 重い。

 木刀程度で正面から受けるのは不可能。

 だから逸らそうと思い横に叩き付けた。

 だというのに、凄まじい重さ。     

 剣道場で竹刀を打ち合わせたことはある。

 されど、この重みは体験したことのない別格。

 容易く人の命を奪うことを可能とする一撃。

 一歩たがえば死という精神負荷の重み。

 

 完全には逸らせなかった。

 化け物の下顎が左肩に激突する。

 吹き飛ばされた。

 転がる。勢いに乗って即座に立ち上がった。

 長年の鍛錬の成果だ。だが、『本物』とやり合うのはこれが初。

 

 間髪入れず、さらに伸びた右腕の獣が俺ごと逃げていた男性に打ち付けられた。

 二人して硬いコンクリートの塀に叩き付けられる。

 その拍子に肺から息が吐き出された。

 左肩も背中も酷く痛む。

 そのままずり落ちるように倒れる。


「クワ……セロ……」

 マンイーターが、言葉を発した。

 しゃがれた、老人のような声音。

 しかし奴は、どう見たところで十代止まりの容姿。

 衰弱しているような、深淵に足を引っ掛けた声音。

 こちらの方が正しいだろう。

 どう受け取ったところで、発した言葉の内容は終わっているが。

 

 再び右腕の獣が蠢動。加速。

 俺と同じく倒れていた男の人に向かって、飛び掛かった。

「待て!」

 俺の言葉は、空しく響いた。

 無理矢理身体を起こして立ち上がるが、遅い。

 遅すぎる。

 何もかも、緩慢だ。

 

 黒き獣の大口は、男性の上半身に喰らい付き、引っ張った。

 伸びていた右腕が、巻き尺を収納するように短くなっていく。

 その勢いでさらに加速し、マンイーターの前に男性は為す術なく引き寄せられた。

 

「イタダキマス」

 決定的な言葉と共に、黒き獣の牙が合わせられた。

 肉が潰れる音。くぐもった悲鳴。

 もがく下半身。

 溢れる鮮血。

 命が、零れていく。


「やめろおぉっ!」

 走り出す。

 殺すな!

 殺すな!

 誰も殺すな! 死なせるな!

 

 おぞましい咀嚼音。

 骨が砕ける音。

 悲鳴はもう聞こえない。

 下半身は力無く弛緩している。

 大量の赤は、終わってしまっていることを如実に知らせてくる。

 

 ――くそ。

 くそ! くそ! くそっ!

 こんなにも簡単に、死ぬ。

 あっさりと、人は死ぬ。

 ふざけた世界。

 理不尽なこの世。

 俺は最初から、躓いてしまった。

 救えなかった。

 すべてを救う者は、最初の一人さえ救えなかった。

 

 …………認めない。

 認めない。認めない。認めない。

 俺はすべてを救う者だ。

 まだ誰も救えない訳じゃない。

 まだ救える。

 救える人を救え。

 今、救える人を。

 なにも、終わってなどいない。

 俺は、救いを為す。

 それだけだ。


 マンイーターに肉薄する。

 右腕の獣が振るわれた。

 上から振り下ろされる黒き重量。

 咄嗟に木の短刀を楯にする。

 木が割れる音が響き、罅割れは瞬時に全体に広がる。

 一瞬で木刀は砕けた。

 破片が顔に降り注ぐ。

 勢いは殺せず地に叩き付けられる。 

「がっ……」

 背中が地面のコンクリートに叩き付けられ、呻きが漏れた。

「ちょっと邪魔しないでくれないかな。あとで食ベテアゲルカラサア!」

 右腕の獣は咀嚼し続ける。

 絶命した男性の肉片を味わい尽くしている。

 なぜ、人を食う。

 マンイーターも人間の筈だろう。

 真白はそう言っていたのに。

 人が人を食うなど、あってはならない。

 食人嗜好? ナンセンスだ。 


 あの右腕が悪いのか。

 あの化け物がこの人をオカシクしたのか?

 狂わせた?

 違う?

 分からない。

 なにが悪いのか、分からない。

 とにかく、救う。


「生憎だが俺はまずいぞ」

 立ち上がる。

 もう武器はない。

「それは食べてから決めるさ」

「トライアンドエラーは大事だが場合によるぜ」

「僕は食べるだけさ」

「食われてやるかよ」

 

 男性の死体が獣の口から放り出される。鈍い音を立てながら無造作に転がった。

「お前! 人をなんだと!」

 人には、尊厳ってもんがあんだろうが!

 人として、可笑しく思わないのかよ!

 なぜ、傷付けるんだ。


 全身を食べ尽す気すらないらしい。

 そういえば今までの犠牲者も死体が残ったまま発見されている。

 まるで鼠だ。

 

「『喰ラエ』」

 言の葉が紡がれた。

 マンイーターのオレンジ色に輝く右眼が、さらに輝きを増す。

 右腕の獣が蠢動。加速。

 此方こちらへ向かって、撃ち出されるように伸びた。

 

 横に跳ぶ。

 一瞬後。狂った獣が真横を通過し、風圧が襲う。

 着地し、体勢をすぐに整える。

 そのまま走り、マンイーターに接近する。

 武器など無くとも、人間を無効化する手段ぐらいある。

 首を絞め落とすなり、顎を殴って脳震盪のうしんとうを起こさせるなり色々と。

 諦める訳にはいかない。まだ勝てない事はない。

 いや、勝てる。

 この俺が勝てない筈がない。

 だって俺だぞ?

 俺様だ。

 死んでやるかよこの野郎。

 俺はすべてを救う者。

 アイラに、絶対帰ると、約束したんだ。


 拳を固めた。

 マンイーターに肉薄した。

 オレンジの右眼と、俺の平凡な黒の目が合う。

 禍々しい光。

 オレンジ色なのに、そんな印象を持った。

 だが。

 マンイーターの左眼は、虚ろな黒瞳に見える。

 この目は、ただの殺人鬼とは違う何かが在るような気がした。

 拳を振りかぶる。

 

 瞬間。

 怖気が奔った。

 悪寒が襲う。

 予感は焦燥。

 警鐘は痛いほど。

 

 即座に素早く、後ろを振り返った。

 迫る狂獣。

 右腕の獣は鋭角に曲がり、背に襲い来る。

 機動力が予想以上。

 蛇と見紛う軟体。

 

 回避するため、身体を強引に捻った。

 狂獣が身体に掠り、弾き飛ばされる。

「ぐぅっ……」

 地面に受け身も取れずに叩き付けられ、転がる。

 

 間髪入れず振りかぶられる異形の右腕。

 開かれた獣の口腔は、絶対の捕食者。

 口内は何の色も存在し得ない深淵の闇。されどエストックの様な白き牙は、鮮血の赤に彩られている。

 俺を食い殺す為に、放たれた。


 おいおい。

 瞬時に悟った。

 避けられない。

 マジか。

 マジじゃない。

 こんなもの認めるかよ。

 俺はこんなところで死ねないんだよ。

 死んでやる訳にはいかないんだ。

 俺は死なない。

 為せる。

 為せないなんてありえない。


 すべてを救う者は、初めての化け物人間との戦いで死にました。


 そんなの、滑稽すぎるだろ。

 嘲笑すら貰う。

 俺はそんなものいらない。

 救うんだ。

 この目の前の、どうしようもなく終わってる人さえ、救うんだ。


 確かにやれないときはやれない。

 どんなに強い者も、死ぬときはあっけなく死ぬ。

 それはわかっている。

 だけど、俺はやるんだ。やれるんだ。

 初めから諦めてて、後ろ向きな思考で、何がやれるっていうんだ。

 だから俺は生きるぞ。

 ここを切り抜けて、絶対に為すんだ。

 アイラの元に、帰るんだ。

 成し遂げた後の、凱旋だ。

 それまで、死ぬわけにはいかないんだ。


 避けろ。

 動け。

 跳べ。

 この程度の攻撃、対処しろ。

 俺に出来ないことはないんだろ。だったらやれよ。

 動けよ身体。

 なんでだよ。

 思考だけが無意味に流転する。

 走馬灯のように一瞬で思考が流れて行くだけ。

 それだけで、何もやれない。

 避けれない。

 この一撃を、耐えるしかないのか。

 耐えれるのか。

 喰い殺されて終わりなのでは。

 俺の体は鋼鉄ではない。

 柔らかい人間の肉だ。

 あの牙に捉えられたら最後、終わりだ。

 助からない。

 助かるわけがない。

 ならば避けろ。

 無理だ。


 ……………………。

 詰み。

 人生の終着点。

 そんなわけないだろ。

 ふざけるのも対外にしろ。

 俺はここを切り抜けて、帰る。

 そして、アイラに笑顔で迎えてもらう。

 それが必然。

 それが当たり前。

 それ以外ありえない。

 ありえてはいけない。

 

 されど、想いなど関係なく。

 捕食の牙は、俺へ突き立てられようとしていた。

 あと一秒もしない内に、俺は完全に致命的な一撃を貰う。

 それが抗い得ない現実だった。



『護り為す白き羽』ティアティス!」



 声。

 叫ぶ声。

 聞こえた。

 誰の声?

 聞いたことがある気がする。

 いや、確実に聞いたことがある。

 

 羽だ。

 純白の羽が、視界に割り込んできた。

 俺の目の前に。

 どこからともなく、飛来したんだ。

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