10.里奈の唇

「ちょっと! チャイム鳴ったやんか! そこどいて!」


 扉を背に立ち塞がった俺を里奈がどけようとするが、俺は逆にその細い腕を掴んでやった。

 空いた手でドアのカーテンを閉める。

 そして俺は里奈を真っ直ぐに見下ろした。


「あいつは何なんや」

「はあ? いいから放してよ」

「あかん。ちゃんと質問に答えるまでは放されへん。さっきのあいつは何なんや。何で一緒におったんや」


 有無を言わさずもう一度同じ質問をすれば、里奈は俺をキッと睨み付けた。


「そんなんあんたに言う必要ある? そもそも殴っときながら、ようそんなことが聞けるわ」


 この返答に、思わず俺は里奈の腕を掴む手に力を入れた。


「何で言えへんのや。何かあるんか」

「ちょっと聡、腕痛い……」


 里奈が少し顔をしかめるが、俺は手の力を弱めなかった。

 むしろ、里奈が悪いのだからこうなっても仕方がない。あんな得体の知れない標準語ヤローと一緒に歩きやがって、それを俺から隠そうとする。

 到底許されるものではない。


 大体里奈が俺に隠し事をしようとするからいけないのだ。

 素直に俺に従えばいいんだ。


「で、何でさっきは一緒におったんや。ちゃんと言え」

「だから何でそんなん言わないかんのよ。クラスメートと一緒におるくらい普通やん」


 里奈は俺から目を逸らしてため息を吐く。

 その横顔が、ほんのり赤くなっているように見えて、俺は手に更に力を込めた。


「聡、腕痛いって……」

「お前……まさかあいつに気があるとか言わんやろな……」


 自分でも驚くほどに低い声が、腹の底から出て来た。

 質問の内容も、何でこんな聞くまでもないことを聞いているのか分からない。


 だが、里奈はふんと鼻を鳴らした。


「そうやと言ったらどうすんの?」


 悪い笑みを浮かべてこちらに向けられた挑むような視線に、俺の頭は一気に熱くなった。


「許さへん」

「え……?」


 許さない。

 許さない。

 里奈が他の男をだなんて、ありえないし、絶対に許さない。


「――お前は、俺のものや!」

「え、ちょっさと――っ!?」


 俺は里奈を引き寄せて、その唇に自分のを押し当てた。


 初めて感じる里奈の唇。

 とても柔らかくてとても甘い。


 俺の、俺だけの唇。


 くぐもった声が奥から聞こえるが、俺は更に深く重ねて、その唇を貪った。


「んーっんーっ!!」


 唇を奪われながらも里奈は必死に俺を引き剥がそうとするが、俺はそのまま里奈の身体を後ろへ押しやる。

 程なくして実験台が里奈の背中に当たり、俺はそこに里奈を押し倒した。


 そして唇を合わせたまま、俺は里奈のスカートの中に手を入れた――――。


「――――いやああっ!!」

「――――ッ!!」


 気が付いたら俺は生物室の床に尻餅をついていた。

 実験台の上では、里奈が両手を突き出して身体を震わせていた。


「あんたほんま最ッ低……。あんたこそ私の何なんよ、勝手に彼氏面せんといて。あんたがそんなんやから私も好きに出来へんのやんか……」


 里奈は声を震わせて絞り出すようにして言った。

 そして乱暴に自分の唇を拭うと、泣きそうな顔で俺を睨み付けてきた。


「あんたなんて大ッ嫌いや! 死んでまえ!!」


 里奈は実験台から降りると、生物室の鍵を開けて走り去った。去り際の里奈の泣き顔に、俺は心が締め付けられる気がした。

 

 里奈の叫びが頭の中にハウリングする。


 どうやら俺は、とんでもないことをしてしまったようだ。

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