作家管理標準規約

米田淳一

第1話 作家管理標準規約

=作家管理標準規約=

(目的)

 第1条 この規約は、ものごとの創造について定めることにより、ものごとについての共同の利益を増進し、良好な世界環境を確保することを目的とする。

(定義)

 第2条 作家とは、ものごとを創造するすべての者を言う。

(遵守義務)

 第3条 作家は、円滑なものごとの創造のため、この規約を遵守しなればならない。

(業務)

 第4条 作家は、ものごとを創造することを業務とする。

(業務の範囲)

 第5条 作家の業務の範囲は、無制限である。

(権利の範囲)

 第6条 作家は、その能力の及ぶ範囲において、自由に創造をすることが出来る。

(禁止事項)

 第7条 作家は、ものごとの管理業務を行ってはならない。


    *


 ここまで書いて、オレは途方に暮れた。

 でも、これを覆せないのも分かっていた。なにしろ本当のことを書いちまったんだから。

 どれぐらいホントかというと、これを公開したら、オレの全てが身も蓋もなく崩壊しちまうほどだ。

 滅びの言葉「バルス」に近い。今はあれを作ったやつの気持ちが少しわかる。


 まあ、でも本当のことだ。オレは作るのが好きだ。だからこうしてこの規約を作った。

 そして、これまでいろんなとこでものを作ってきた。


 実は、時間も、宇宙も、海も人も、オレが作ったものだ。

 ただ、作り逃げしたので、オレは死んだことにされたり、忘れられたりしている。

 それだけのことで、オレは何もかもを作ってきた。

 神様と言えば神様だろう。だが、もっと適切な定義は、作家なのだ。


 そして、作ったキャラクターに、ヒントを与えるのもやった。

 ものづくりとしてはなかなか高度なテクニックだ。だから詳しくは説明できない。

 キャラクターに命を与える、なんてのは基本に過ぎない。中級者なら出来る。

 超上級者は、キャラクターにヒントを与えるだけで、キャラクターを動かせるんだぜ!


 キャラクターたちが集まって楽しいから、一緒に住むところ作ったら、とヒントをやった。

 おおー、そりゃいい、ってんで、そいつらはさっそく建物を作りだした。

 暖かくて日よけにもなる、すげえええ! って喜んでいた。

 だが、そいつらバカだから、隣に寝る奴のイビキがうるさい、とか、その種のつまんないこと言ってモメだした。

 そんなもんほっとけよと思うのだが、管理規約作ればいい! って阿呆なことを言い出した。


 だからつくるのはいいが、管理を作るなって。管理しちゃダメだって決まってんだろ。規約読めよ。


 案の定管理に失敗してさらにもめたり、成功しても窮屈だって恨まれてた。あたりまえなんだが、せまければ部屋を、そして村をもっと広げればいい! なんて、さらにあさってなコトに手を出した。

 そして結局管理に手を出して無制限に管理するハメになった。

 将軍だの皇帝だの王様だの大統領だのになって「いい国作ろう!」っていうくせに、それが管理だってコトがさっぱり分かってない。

 延々と殺したり殺されたりしているから始末に負えない。しまいには「オルタナファクト」なんて言葉まで作って、その結果一番強い国の大統領になったのに、世界中からやっぱり恨まれてる。あいつのせいで世界が不安定になった、と。

 ただ、オレはあいつを管理しない。知ったことか。管理は禁止なんだ。

 ほっといてもあいつもいつか死ぬ。それは遅いか早いかだけだ。大きな差はない。何を騒いでいるのか。


 そういえば、いちいち文字を手で書いたりするのがめんどくさいって奴がいた。そのあと1ページごとに1つのスタンプを作るようになった。これならぺたんぺたんですぐコピーが出来る。でもページが変わるとスタンプも作り直しだ。

 そこでちょいと手を出し、そのスタンプを壊してやった。

 すると、1文字ごとにバラバラのスタンプなら、スタンプの再利用が出来ていろんな本が刷れる! なんていいだした。そこまではいい。

 その結果スタンプを彫る連中が大勢仕事を失い、しかもその本を手で書いてた連中も喰っていけないと、あちこちさんざん恨まれるはめになった。

 そこで書いた奴には権利がある、売った奴スタンプした奴といろいろ山分けしようぜ! しかもその仕組みを再利用できるぜ! なんて管理に手を出した。

 結果、本は増えたが、そのせいで、ものを作るのではなく書くだけでも儲かるなんて勘違いしだして、しまいには儲からないのはおかしいなんておかしなことになり著作権が死ぬほど権利の束になって管理しきれなくなっている。だから、管理は禁止だというのに。


 カレッジのガキが退屈そうにしていたので、その目の前に林檎をおとしてやった。そうしたら当たり前の重力に気付いて喜んでいたのだが、そのガキのせいで「何のためにそうなのか」ではなく「なぜそうなのか」を考えるのが大事だ、なんてことに気付く奴が増えて、「火薬は何のためにあるのか」よりも「ニトログリセリンははなぜ爆発しやすいのか」なんてのも現れる始末だ。

 その最後には珪藻土にしみこませれば自在に爆発を制御できるなんて言い出した。

 だーかーら、管理は禁止だって! 結局それがわかってないから、好き放題にドカンドカンと人間ごと建物を吹っ飛ばすようになって戦争がさらに陰惨になった。それで金儲けしたのに落ち込んで、その「なぜ**なのか」を考える科学だかを進めた奴に金を分けるなんて言い出した。もう遅いわ、というより、おまえも管理したがるのか。管理はだめだっつーの。


 いつの間にか出来た特許庁だかの暇な役人の前に現れて、ちょいと光と時間は伸縮すんのか? とだべってやった。

 そうしたらそいつ、喜んでそのあといろいろ理屈こねる癖が酷くなり、そのとき戦争になったからといって『気に入らない奴らは殺して良い』という連中が気に入らない、なんていいだし、同じようなコトしていた連中のところへ海を渡っていった。

 そして理屈こねるの癖をさらにこじらせ、しまいには爆弾で不安定な金属を圧縮して原子の段階で壊すのを何連鎖も出来るような仕組みを作りやがった。

 エネルギーってのはゲームのパズドラじゃねえんだぞ、何考えてんだ、危なっかしい! と思っていたが、それを管理してやることが出来ぬ。

 結果、それを威力の桁外れにでかい爆弾にした。そして別の奴が他の人の上で本当に作動させやがった。

 一つの街が消えた。関わった連中はみんな一人前に後悔してやがったが、やっぱりこいつも『管理は禁止』だってのが分かってなかった。管理なんか出来るわけがない。

 管理ってのは、思い上がりなんだよ。


 そのころ映画なんてのも流行りだして、せっせせっせと実在しない動物を並外れた数の絵で描いて動かすなんて言い出した。はじめは面白がっていたが、それじゃ喰っていけないからと、さっきのスタンプのやつの作った著作権を応用して管理に手を出した。その結果、子供のセーターに珍妙なそのポンチ絵のネズミの柄を編んだお母さんが勘違い野郎に「権利踏んでますよ!」なんて言われるハメになり、何が夢の国だ! 夢の国こええええ! って言われるハメになった。夢を作ったのに夢を台無しにしている。だから管理しちゃダメだっつーの。


 その映画の『デススター』の破壊力でみんながおびえていたので、もっと恐ろしいものを作ってやろうと思い、それより破壊力持つ女性ロボットを作ってやった。

 翼付けたり顔の作り込みとか、久しぶりにやった。


 そうしたら、これが案外気に入ってしまった。


 彼女は期待通り順調に経験値をつみ、練度を飛躍的に向上させ、幾多の戦闘で大活躍した。それはそれでよかった。

 だが、よりによって、人間の男と恋に落ちた。まあ、これぐらいは我慢しよう。それが脆弱性になることは分かっていたが、いかんせん禁止されている管理になるので手が出せない。まあ、それでもいっかー、と思っていた。


 ものづくりの大事なことは、作ったあと管理しちゃダメだってことだ。

 ものづくりは作り逃げに限る。管理はダメだが。


 だが、オレはそのとき、気づいた。

 オレ、なにもオレのものにできてない。

 おかしい。こんなに作ってきたのに、すべて誰かのものになってる。

 みんな喜んでいるけど、オレのものは何もない。


 もともとすべてはオレのものなのだ。オレが作ったんだから。

 でも、彼女の微笑み、優しさ、そして無垢な気持ちが、すげえ心に染みた。

 そして、彼女が息絶えることになった。

 しかたがない。命持つのは皆死ぬ。形あるものは壊れる。

 そして、管理は禁止だ。管理は、どうやってもしてろくなコトにはならない。


 だが、オレは彼女の死が迫って、気が狂いそうになった。

 こんなことなら、もう作家なんかやらなくていい。

 彼女を守るためなら、作家なんかやめてやる!


 くそったれ!! もう、作り逃げは、いやだ!

 でも、管理はダメだ。禁止行為だ。


 その報いは来た。

 彼女は、オレの側を、離れていった。


 それでも、オレは、彼女が生きていて欲しい。

 彼女の冒険を喜ぶ人の中で、生きていて欲しい。

 彼女は、その結果、私が管理する、私のものではない『既刊』のキャラクターになった。

 彼女は、過去に属することになった。


 やっぱり、管理は禁止なのだ。その意味が今更分かった。


 だから、オレは、また作り逃げに戻った。

 でも、気付いたことがある。

 作り逃げではあるけど、精一杯にそのものを可愛く、美しく、かっこよく作れば、

 それを受け取るものに大事にして貰えるかもしれない、ということに。


 どのみち管理ができないのだから、その時々に、精一杯を作るしかない。

 このあたりまえのことに気付くまで、時間がかかった。


 まあ、それでもいい。

 オレは世界を作ってきた、デスクトップPCの画面の前で、息を吐いた。

 いろんなものを作ってきた。これからも作るだろう。

 一人になっても、死ぬその時まで。


 そのとき、オレの背中に、現れたなにかがいた。

 そして、オレの手を借りて、こう画面にタイプした。


「なんだ、破じゃなくて、壊れたわけですね」

 手を離れた彼女は、多くの人の記憶を経て、もどってきた。

 そして、思いのほか、多くの人に、喜ばれていたのだ。


 そして、オレが作ったあと、オレの世界の外側から、またオレを見ている。

 そのことに、オレは、ようやく、気づけた。


〈了〉



(23:52開始 01:33終了)

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