かさなりあう

藤村 綾

かさなりあう

 男にあいに行ってしまった。

『しばらく間をあけよう』

 そうメールが来て1週間しか経ってはいない。ひどく長い1週間だった。間。間の感覚がわからないでいた。1週間は早いだろなんて突っ込みながら、男は助手席にいるあたしに一瞥をくれ、目を丸めた。

『だって、1週間も我慢したのよ』

 あたしは、頬をほんのり膨らませ、やや強めの口調で男の方に目を向ける。1週間ぶりに会う男の横顔はなんだか別人に見えた。あたしは重ねるように付け足した。

『じゃあ、なおちゃんの、間。は、どのくらいだったのかしら?教えて』

 男はやれやれというように、ため息をつく。故意的なため息。なにそれ、あたしは心の中で毒づく。

 男の家に1番近い駅に迎えに来てもらった。この駅はわりと有名な駅なわりには人が全くいない。TOICAをピッとあて、改札を出たら男がひょろっと立っていた。痩せっぽちなシルエット。けれど、ひどく容貌だけはいい。

 1週間しか、だけれど、あたしは1週間も、我慢したとあえて豪語したのだった。『普通、間をあけるって言ったらさ、』

 いちいちそこで言葉を切る。なによ?あたしは下から覗き込み先をうながす。

 『3ヶ月をめどにしていたよ』

 えっ!素っ頓狂な声が出た。

 『3ヶ月って。3ヶ月連絡をしなかったつもりだったの?なおちゃんは?』

 本当に驚嘆しあたしはまくしたてた。男は、うん、普通そうだろ。あたりまえのように、言葉を発した。

 【かれーうどんひとつおねがいします】みたいな感じに聞こえた。

 『3ヶ月も連絡なかったらあたしのことなんて忘れてしまうんじゃないの?なおちゃんはそれで我慢できるの?』

 さらに詰め寄った。我慢できるの?自分が言った台詞だったけれど、我慢ってなにを我慢なのだろう?言い放ったわりに自分で言った言葉に責任が持てないでいた。

 『あ、いや、3ヶ月ってのは大袈裟だった。香奈がきちんとするまでたぶん3ヶ月はかかるかと思って多く見積もってみただけ』

 見積もっただけ。企画書などをエクセルで作っている男は恋愛も仕事用語を使うのだと、頭の中ではそんななことが横切る。

 あたしは確かに男を振り回した。約束を反故にし、平気で待ち合わせ時間などを守らなかった。香奈がきちんとしたら会おう。決めたのは男だった。正直なところたかが1週間で人は変わるわけがない。あたしは閻魔様に舌を抜かれる覚悟で男に嘘をついた。

『見積もり外れたね』

 あたしは舌を出す。

『うーん。なんだかな。んー』

 男は口ごもりながらあたしの髪の毛をそっと撫ぜた。温かくて大きな手。ぐっと胸が締め付けらる。

『香奈』

 名前を呼ばれ、ん?あたしは男の手を取り握った。

『我慢出来なかった。あっちのほう……』

『あっちのほう?』

 男が急に黙り込んだ。あたしはわかっていたけれど、わからないふりをした。重なり合ってばかりいたあたしと男は1週間以上性行為をあけたことがないのだ。

 あまり冗談めいたことを口にしない男が、あっちのほうと肩をすくめ言ったのがひどくかわいく思えた。

『なおちゃん、うちについたらすぐに重なって』

 あたしは、素直な気持ちを口にした。

  部屋に入り、如才なさげに温風ヒーターの前にちょこんと座った。男の家は無駄に広く、無駄に寒い。

『ヒーターのボタン押して』

 男があたしの後ろを通り過ぎながら、いい、男はテーブルの上にある、リモコンを握り暖房をつけた。

 温風ヒーターと暖房をダブルで暖をとるもなかなか部屋は温まらず、部屋の隅に万年床に敷いてある布団にあたしだけ潜った。

『風呂入れてくるわ』

足音が聞こえ、部屋の扉が閉まる音がした。

 あたしの枕と男の枕が並んで置いてある。香奈に。と買ってくれた子どもようの枕ではなぜかうまく寝られないので、男の枕とすり替えておいた。男の匂いがする。あたしは丸まりながら、即物的に男の気配を堪能した。

なかなか、男が戻ってこないなと思っていたら、風呂洗いなら風呂入ってきた。と、言いながら、冷蔵庫を開け、ノンアルコールビールをゴクゴクと喉を鳴らし飲んでいる。

 あたしも布団から出て、お風呂入ってくる。と、一声かけ、寒い、寒いとつぶやきながら、浴室に行った。毎週、毎週、泊まっているので、あたしの洗顔や化粧品、乳液、ボディークリームまで全て置いてある。終電で帰る予定なので、洗顔はやめておいた。男の前てはすでにすっぴんは披露しているし、すっぴんでもお化粧をしていても男はなにも言ったことはない。

 カサカサの踵だけボディークリームを塗り、布団の中にいる男の隣に滑り込んだ。

『裸で出てくるなよ。寒いだろ』

 あたしは、バスタオルなど巻いては出てこない。挙句寒いのに裸でないと寝れないからたちが悪い。

『いいじゃない。すぐに布団に入れば』

 男が冷んやりしたあたしの身体を抱き寄せた。

『待って、電気消して』

 男の横にある、電気のリモコンでおやすみモードに切り替えた。目がまだ慣れていないので、暗闇があたしと男を包み込む。温風ヒーターと暖房とのダブルの暖たちは、互いの音を出し合い、あたしと男の悦の声とうまく絡み旋律を奏でる。愛しい身体を貪りあい、あたしの体内はおとこの体液でひどく満たされた。 

 好きな人に抱かれることの悦びは決して快楽だけではない。精神的な悦びの方が勝っている。大きな掌があたしの上から下まで隈なく触れて行く。

 必死にしがみつき必死に抱きしめた。好き。何度も声に出そうと喉の奥でひかかっていたけれど、キスで塞がれその言葉は憚れてしまった。好き。男の口からは、好きにまつわる言葉を一度も聞いたことがない。


言葉をせがむのは女の性だ。


言葉などなくてもわかっている。雄々しい男性器がそれを物語っている。

あたしは、男の痩けている頬を持ち、何度も何度もキスをした。

『ねえ、なおちゃん、』

 男はハアハアと肩で息をしている。なに、なんとか声を絞り出し、なんなの?話を促す。

『あたし、なおちゃんが好き。なおちゃん病』

 男は、なにそれ。天井を見上げながら短く返事をした。

『来週も来るね』

 あたりまえのように、今までのように口にした。

 少し間をあけ短く、

『うん』と、だけ呼応した。

 男はただ、頷き相変わらず天井を見上げている。

 何を考えているのだろうか。

 目が慣れてきて、時計を確認すると、22時35分を指していた。終電は22時37分。あたしと男は時間も忘れ2時間近く抱き合っていた。

『なおちゃん、』

 終電行っちゃったよ。そう、告げようとしたけれど、

『今日泊まるから。始発で帰るね』

 男は、えっ?と、いう感じて、時計を見上げた。

『わ、こんな時間。タイマーしてなかったから』

『タイマーって、なによ?』

 あたしはクスリと失笑した。男もまた、口の端をあげニタリと笑う。

 部屋がダブルの暖によりかなり暖かい。あたしは寝そべっている男の胸に抱きつき、もう一回しよ。小さな声で囁く。

 あたしの方に目を向け、髪の毛を撫ぜる。大きな手がひどく優しく、あたしは胸の中で目を伏せた。

窓が曇っている。

外の寒さが濃い夜をさらに深く染めてゆく。

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かさなりあう 藤村 綾 @aya1228

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