暁のキール!~アヴアイロスの召喚術師~

@mataka

我が名を刻め――操り人形《モルモット》

プロローグ

「タス――ケテ――」


 部屋の中、声にならない声が聞こえた。


 その部屋は白く、四方八方が塞がれていた。目を引くものといえば、子供が遊ぶような玩具、小さな滑り台、箱。それらは法則性もなく散らばっていた。


 その中央で、声は震えている。


 外に出る扉はない。小さな、針の穴程度の小さな穴が天井付近に複数、空気を取り入れる穴として開いているだけだ。それも三メートル近い天井のため届きはしない。届いてもその声の主のような子供では到底どうにかできるようなものではない。


 呻き声を上げている十五歳程の子供はうつ伏せのまま、顔を横に向けていた。黒く手入れがされていないボサボサの髪は白い床に広がり、黒い眼は虚ろに壁を見つめていた。いや、厳密には壁ではない。その壁は透明なガラスであり向こうが見えている。


 しかしガラスの向こう側には何もない。そのガラスも厚手のもので子供にはどうしようもない。

 壁のどこにも扉はなく、出入りは出来ない造りになっていた。


 声を絞り上げる。中性的な顔はやつれ、痩せ細り、性別が分からないほどだ。声は掠れ、誰にも届かない。


「ク――ァー―」


 手をガラスへ伸ばす。力なく床へ落ちた。骨と皮だけのような手。爪は伸びっぱなしになっていて黒く染まりかけている。


 ズリ――ズッ――。足を動かす。服として着させられている白い、膝まで届く大きめのシャツが揺れるだけで、進むことは出来ない。着ているのはそれだけで下には何も履いておらず、足は赤黒く変色していた。


 ガラスの向こうには誰もいない。しかし、子供は誰かに語り掛けるように言葉を紡ごうとしていた。


「タ――ァ――テ――」


 涙が出ない。とうに枯れている。


 その手を掴む者はいない。子供は孤独。


 子供に手を差し伸べる者はいない。子供は独り、掠れた声をひたすらに出そうとする。


 いつからそうしているのか。いつまでそうしていればいいのか。答える者はいない。そしてそれは子供自身にもわからない。ただ、声にならない声が自分の耳の中でだけ響いている。


「ァ――ァ」


「助けてほしいの?」


 そんな静かな部屋に、声が響き渡った。ガラスの向こうからではない。完全に塞がれたその部屋の中から、少女のような凛とした声が聞こえた。


 部屋の中に姿はない。横たわる子供だけ。


 その声は自分に対して言っているのだと子供が理解した時、続いて少女の声は紡がれる。


「――助けて、ほしいの?」


 先ほどと同じ問い。しかし声のトーンが若干変わっている。ただ疑問に思っているわけではない、迫るような声。この少女の声は自分の答えを求めている。


 死にゆく者の望みを聞こうとしている。その言葉は神のお告げのように、子供の心の中に染み入った。


 子供は、声が出せない代わりに首を動かす。数ミリ、顎を引いた。


「そう。じゃあ助けてあげる。私とケイヤクしましょう?」


 契約。見返りは何なのか。子供は聞くことはない。疑問にも思わない。


 その子供はもう息をすることはなく、何かを考える意思ももうないのだから――。

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