我が家の小さな寿司職人

秋ノ

我が家の小さな寿司職人

「おとうさん、晩ごはんの用意できたよー!」

 小学校に上がったばかりの娘の元気な声が聞こえる。


 食卓の上には大きな寿司桶が置かれ、ほのかに酢飯の甘い匂いがした。

 中華テーブルを小さくしたような回転台の上には、色とりどりの具材が並べられていた。

 見慣れない食卓の装いに少し驚いていると

「どこかで覚えてきたみたい。買い出しの時に魚売り場を見て、今日はわたしがお寿司をつくる! って妙に張り切りだしちゃって」と妻が言う。

 そんな妻の言葉に「おとうさん食べたいものがあったら言ってね! わたしがつくるから!」と娘は腕まくりまでして気合十分な様子だ。


「それじゃあ、まず今日のおすすめをいただこうかな」

 演技がかったように告げると「了解!」と調子はずれな返事が聞こえた。

 早速、小さな手で器用にしゃもじを使って海苔の上に酢飯を乗せてゆく。

 手巻き寿司にしてはどう考えても多すぎる酢飯の量に気が付きながらも、僕も妻も何も言わずにその手際を見守っていた。

 次に、回転台をくるりと回して迷いもせずにマグロの赤身に手を伸ばすと、先ほど敷いた酢飯の上に豪快に乗せてゆく。

 娘が好きなマグロを乗せると分かっていたのか、隣で見守る妻の表情もなんだかにこやかだ。思わず妻と目が合ってどちらともなく顔をほころんだ。

 最後に無理やり形にされた手巻き寿司は、寿司と呼ぶにはあまりにも不格好で今にも酢飯が零れ落ちそうだった。

「できた! めしあがれ!」

 そう言って差し出された手巻き寿司を形が崩れてしまわないうちに勢いのままひとかぶり。

「どう? 美味しい?」

 と少しだけ不安げな表情。

「今まで食べたどんなお寿司よりも美味しいよ」

 そう僕が答えると「本当に大袈裟なんだから」と妻は眩しそうに笑った。

「ほんと? じゃあお母さんは何食べたい?」

「じゃあ、わたしも同じおすすめをいただこうかな」

「了解!」

 どこか得意げな表情の我が家の小さくてかわいい寿司職人の元気な声が響いた。

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我が家の小さな寿司職人 秋ノ @aube_blanc

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