第2話「目指す旅路の分岐点」

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 3年生が部活動から引退し、新チームが始動してしばらく。朝夕の風に遅めの秋らしさを感じられだした、去る年の仲秋の頃。龍太朗はシニアリーグで共に戦った仲間たちと、中学の野球部に入っていた小学校時代のチームメイトを放課後の空き教室に集めた。そして、集まったことへの感謝もそこそこに、少年はこう言い放った。


「俺な、皆で甲子園に行きたいんや。来年!」

 周囲の面々は、「そりゃそうだ」という顔をしてから、最後の一言に「いや、ちょっと待て」という驚きをもって返す。

「龍太朗、そりゃ随分気がはええなぁ。来年ってなると相当だぞ?」

「そうだよ、そもそも君はどこに行くつもりなのさ。全然聞けてなかったけど」

 冗談だろうという口ぶりで笑いながらツッコむ勝輝と、大きいことを言ったものだと腹に抱えつつ、はにかみながら尋ねた透に対し、龍太朗はとあるパンフレットを右手で掲げた。

「俺はここに入る。ここで、創設から史上最速の甲子園出場を目指したい!」


 それは、翌春に開校する私立高校に関するパンフレットであった。ルネサンス建築を用いた、高等学校らしくないその外観は、女子生徒から非常に高い関心を集めていた。さらに、広いグラウンドでの充実した部活動の設備、制服のデザインに関しても、注目を集める格好の材料となっていたのである。


 自らもシニアリーグから離れ、受験モードに入り出した校内の雰囲気に引き摺られ始めた折、龍太朗はこんなことを考えていた。

 高校野球の歴史が始まって、およそ100年が経つ。その中で様々な記録が生まれ、塗り替えられ、残り、語り継がれている。その伝説にも近しい記録に多くの球児が挑み、そしてその難しさに恐れ戦いた。

 自分には、誰にも負けないストレートとフォークボール。そして信頼してやまない、大切で力強い仲間たちがいる。シニアリーグでチームが好成績を残せたわけでは決してないが、個々の才能が改めて結集すれば、1年目での甲子園だって叶えられない夢ではないかもしれない。

 このメンバーで、全員で新しい時代を見せ付けてみたい。そんな好奇心が、彼の心を大きく躍らせていた。


 龍太朗の宣言は、いたって本気であった。しかし、そんな突拍子もない発言を枕か何かで受け止めるわけにもいかない面々は、一斉に言の葉を投げつける。

「いやいや龍太朗。いくらなんでもそれは言いすぎだよ」

「そ~そ~! イキってんぞそれ」

「正気かお前」

「さすがに無理だってー」

 龍太朗は、その反応に白々しく思われても仕方がないほど驚く。

「えぇ~、待ってえな。俺らもっとやれると思うんや。改めて一緒のチームでやろうやないか! 学と炎滋えんじが中軸に入って、キャッチャーつかさやろ? ライト清将きよまさセンター透。はじめと勝輝の二遊間、これでほぼ完成や! あとはレフトに誰かいいやつが入ってくれれば」

「身の程知らずにもほどがあるぞ龍太朗!」


 龍太朗の発言を遮り、ブリザードの如く冷たく突き刺すように言い放ったのは、野球部元キャプテンの早河はやかわ清将である。

 スラリとした長身ながら、肩幅が広く、鋭い目線を龍太朗に送る彼は、武人然として非常に冷徹な男ではある。しかし、実直な姿勢と走攻守の三拍子揃った選手としてチームを牽引し、左腕からレーザー砲の如きバックホームを見せる強肩は、多くの名門校のスカウトから目を付けられていた。

 彼としては、冷静に考えるまでもなく、龍太朗の発言はあまりにも無茶であると考えざるを得なかった。

「俺たちは軟式球でここまでやってきた。すぐに結果が出せると思うな。甘い!」

「う~ん、そりゃ俺だって皆と出たいで? ただ、いくらなんでもなぁ」

 清将の発言に躊躇いを持ちつつも同調したのは、同じく野球部側に所属していた赤崎あかさき炎滋。三振かホームランかという、極端だがパワフルな打棒を持つ少年である。野球以外には目もくれないほどに野球が大好きな生粋の野球バカだが、その炎滋ですら、それは無茶だとしか思えなかった。

「龍太朗の言いたいことは分かる。でも、僕らだけで何とかなるような話でもないやろ? それ分かって言ってんの?」

 強い口調で突っかかるのは、少年野球以来シニアまで龍太朗とバッテリーを組み続けていた、キャッチャーの風間かざま司だ。大柄ではないが、軽快な身のこなしとグラブ捌き、送球までの早さ、強気なリードを武器に、地元では龍太朗と共に「黄金バッテリー」と評されていた。

 野球のこととなると熱くなる少年であったが、シニアリーグから離れて以来、龍太朗に強く当たることは少なくなっていた。そんな司がこの剣幕である。

「こないに言われてまうとは、思わんかったな……」

 龍太朗の表情はあっという間に曇り、意気消沈した。


「いや、俺はそうは思わねぇ」

 背もたれを前側にして席に座っていた勝輝はおもむろに立ち上がり、ザッと龍太朗のそばまで近寄ると、彼の肩をガシリと組んだ。

「俺は龍太朗の夢、めちゃくちゃおもしれーなって思った。ロマンが半端ねえじゃねえかよ。乗るぜ、俺は! なんかめっちゃ女子にモテそうだし」

 笑いながら龍太朗に賛同した勝輝。女子のケツをいつも追っかけていると言われても仕方がないほど、女子にちょっかいをよく掛けるような小学生だった。

 中学に入って以降、さすがにその傾向は減りはしたものの、今度は八方美人と化していく。誰とでも仲良くなれるのは強みといえばそうだが、遊びの約束を抱えすぎて宿題を忘れるのは日常茶飯事な少年である。

「モテる」ということにはとかく敏感で目立ちたがりなチャラ男は、龍太朗のぶっ飛んだ宣言を聞いて、こりゃ楽しみだと話に乗った。

「またそれかよ~。そういうこと言われちゃうと、僕も勝輝についてくしかないよ。この二遊間は譲れないし」

 舅の小言のようにツッコんだ小柄な坊主頭の球児は、守神もりがみ一。シニアリーグ参加を乞われて、まだ軟式野球で研鑽を積みたいとして断った清将とは違い、打撃の面ではまるで敵わないと不安を見せながらも、シニアリーグに挑戦したガッツマンだ。

 学年の男子の中でも特に低い身長というハンディを抱えながら、守備やバントなど、小技で献身的にチームを支えた一としては、阿吽の呼吸でやってきた勝輝との二遊間解消は、自らの守備にも影響しかねないのではないかと思えてしまった。だからこそ、一は勝輝と共に、龍太朗に賛同することにした。


「面白い話だけど、もうちょっと考えたら? 僕、地元からあまり離れたくないから、普通に公立校に進学って言うなら龍太朗と進もうかなとも思ってたけど、う~ん……」

 中学の野球部に所属していた学は、大きな変化というものをあまり好まない少年だ。上背が高いとは言えないものの、ポチャッとした体格と強いリストで打線の中核を担っていた。急かされるのが苦手な性格だが、図太さにも似た、流れに揉まれない芯を持った心構えは、ここぞというときの打棒、ひいては得点圏打率やビハインド時の貢献度に現れている。

 学は住み慣れた街の中で、心の通い合った仲間たちと野球をやるという、ごく当たり前に見えた未来が、目の前で一気に揺らいでいこうとしているのを目の当たりにし、自身の思いも複雑だった。

「勝手にしろ。俺はもう行き先は決まってる」


 清将の一言に教室内が静まり返る。炎滋は寝耳に水の様子で、目を見開いていた。他のメンバーも、次の一言に集中する。

「京都の平禅へいぜんだ。名門で絶対にレギュラーを取る!」

 低い声ではあるが、はっきりと言い放った清将の表情は、ときの声を上げる武将のようであった。

「そっか、清将すげえなぁ。俺も転校できっかなぁ」

「炎滋、転校って言うよりそれ越境入学だから」

 炎滋の間違いにすかさず学が言葉を差し挟む。龍太朗は炎滋に顔を向けるが、彼も心は越境入学のようであった。

「司、お前はどうなん? 俺は司に受けてもらいたい!」

 頼みの綱だった司の表情も、難しい話である割りにはあっさりとしたものだったが、女房役は僅かに目線を落としてから、真面目な顔で相棒に目を向ける。


「このままじゃ成長できない気がする」

 その一言だけで十分なくらいに龍太朗は察した。

「龍太朗はいいピッチャーだ。誰だってそう言うだろう。でも、それがいつも通りだってなると、僕が次のステップに行けない気がしてる。僕だって、甲子園のもっとその先にも夢がある。だから」

「んなアホなぁ……」

 女房役の言葉に力なく呟いた少年の眉が、さらにハの字を描くようになっていった。


「大体だ龍太朗。俺は4校のスカウトから声が掛かった。お前に掛かってないわけがないだろ。なんでわざわざそこに行こうとする? お前には何校来た?」

 厳しさと怪訝さの狭間にいるような表情で、清将は尋ねた。

「えっ……、えーっといくつ来たっけな。近代学院付属に大阪鳳凰やろ?それから履統社、同英社どうえいしゃ寝屋川に神戸の谷上甲稜と、あと東京の早生野わせやの誰かも来てたな」

「もういい、もーういい。  で、いくつだ」

 降って湧いてきた錚々そうそうたる名門校の名前に驚きを隠しきれない清将となんともいえない司の表情を前に、龍太朗は呟くように返す。

「確か、14校。いやもっとあったかな」

 予想外の数に厳しい表情をしていた清将は目が点になった。司は「えっ!?」という言葉が腹から突き上がってくるように出てきてしまった。学は口をアングリ。炎滋も目をしばたくばかり。

「お前それだけ来てて何で断った」

 清将が、ワケが分からないという表情で語気を荒らげる前に、龍太朗はふうと一つ息を吐きながら目線を落とし、先ほどまでのざわついた雰囲気を投げ捨てた。

「俺の昔を思い出したら分からんか? 察してくれや」


 龍太朗の言葉は極めて落ち着いた口調ではあったが、必殺技が急所を貫いたが如く、清将はピタリと黙ってしまった。

 その会話をやや後方で左手を机に突きつつ、曖昧な表情で聞いていた透に、龍太朗から発言権が回ってきた。

「じゃ、透。透はどうしたいんや?」

 透は天才と持て囃されていた。誰も追いつけない俊足、難しいコースも確実にヒットゾーンへと持っていく巧打力、俊足を生かした確実性の高い守備、精度抜群の制球力に、対戦打者が戸惑うほどに切れ味抜群なスライダーと豊富な球種。龍太朗がエースになるまでは、透がその位置に来るであろうと誰もがそう考えたほどである。

 小学5年の秋、事故で右肩を負傷し、無茶をさせない姿勢の下で指導を受けた透は、龍太朗が憧れ、そして目指した快速球擁する本格派から、変化球に磨きを掛けた技巧派へと転身。シニアチームのダブルエース、打撃でも切り込み隊長として君臨していた。

 不安げな親友の問いに、謙虚な美男子の表情からは、複雑な思いが言葉にしなくても手に取るように分かった。

「まだ時間がほしいよ。僕も色々迷ってる」

「うっ……」

 目を落としながらの煮え切らない回答に、力強く甲子園宣言を放っていた龍太朗の姿は消え去った。

 透としても、龍太朗の思いに答えてやりたい気持ちはあった。ただ、入学後たった数ヶ月で甲子園に行こうとするなら、よほどの練習量を抱えなければならないのではないかと考えた。リスクが大きすぎる。

 そして、一足飛びに超えられてしまった自分自身が、龍太朗とこのままチームメイトのままでいいのだろうかという感情もぎっていた。

 胃に漬物石でも押し込まれたような感覚に陥った少年は、しかしそれでも、固い意志を改めて口に出す。

「皆の気持ちは、分かった。たぶん、散り散りになるんは避けられんかもしれん。ただ、それでも俺の気持ちは変わらん。初出場最速記録を作りたい。全力で頑張って、皆を驚かせるんや!」




―――――――――――――




「大丈夫? まだ、落ち込んでる?」

 大敗の初陣から一夜明け、街の北側の坂の上にそびえる高層マンションの方から、ショートカットの毛先を揺らしつつ降りてきた美里からの挨拶に続き、龍太朗はそんな風に尋ねられた。

「でかい目標掲げといて、ド頭でああいう試合はしちゃいかんって思ってた」

 昨日の敗戦の悔しさを未だ残る疲労感と共に引きずりつつも、龍太朗は真っ直ぐに前を見ようとしていた。

「誰だって打たれとうて打たれとらん。中学ん時はここぞって時にエラーやなんやで負けたりしたけど、それでも自信までうしのうたことはなかった。強烈な灸据えられて、たぶんよかったと思う。俺だって人の子なんやなって痛感した。自惚れてたな、ホンマに……」

「そっか……」

 角が立たないよう努めて聞いてはみたが、想像以上の落ち込みっぷりに、美里も面食らってしまった。

 彼女は、小学校4年の冬に東京から大阪へと居を移してきた少女である。父親は幼いころに亡くなっており、歯科医である母親の都子みやこが女手一つで育てたといっても過言ではない。転校当初から龍太朗に色々と世話になった過去があり、異性ではありながら現在でも非常に仲が良い。

 美里は龍太朗を強く慕っているが、彼の態度はどうも判然としない。それどころか、最近少しずつ距離を取られているように、彼女としては感じていた。


 4月も中ごろに差し掛かり、街路樹の桜が初夏の陽気を呼び込むように、花びらを散らせていた朝。続々と合流する仲間たちも、敗戦の悔しさを抱えながら駅まで向かう。ある少年を除いては。

「明日は明日の風が吹く! もっと元気出してこーぜ!」

「お前の前向き加減は天下無双やの」

 低めの声でつっこんだ龍太朗の声を掻き消すように、勝輝は「やっほやっほやっほっほ」と珍妙なダンスを踊りながら、歩を進めていくのであった。



 通学のための快速電車は、大勢の通勤客と学生たちでごった返している。車窓には、山肌に根を下ろした山桜たちが、携帯電話に目を落とす若者たちに悟られることなく、満開の彩りを披露している。

 高校への最寄り駅へと駆け抜ける列車の中で、龍太朗とその面々は、その殆どが一様に悔しそうな表情を携えていた。

 ドアの戸袋際では、チャンスでタイムリーを放ったものの、もっとなんとかできただろうと自戒している学が、ガラスに反射した自らの顔を見て、こめかみの辺りを人差し指で掻いている。

 昨日の敗戦の悔しさを完全にベッドへ置いてったらしい勝輝は、周りの鈍い空気を全く気にすることなく、座席に着いてがっつり睡眠をとっていた。


 試合序盤までショートの守備についていた澄吉すみよし清香きよかは、座席上の荷物棚を見上げながら、届かなかった打球や失点に繋がってしまったファンブルを悔いていた。

 そのそばには、フルスイングで三連続空振り三振を喫した花笠はながさ桜が、取り切れなかった疲れを寝ぼけ眼でもって引きずりつつ、ポニーテールを電車に合わせて揺らしている。

 清香は、龍太朗とは幼馴染でいつでも笑顔を絶やさない、ベリーショートの元気っ子女子だ。中学時代はソフトボール部の副キャプテンとして在籍し、主にショートを守っていた。府内の陸上部員の耳にも届いた快足と俊敏なフィールディングは、並みの男子野球部員とも一線を画す素晴らしさであり、試合でも的確に守備機会をこなしてはいた。

 だが、ソフトボールよりも広い塁間は、肩という彼女の弱点を大きく露呈させ、彼女から笑顔を連れ去った。清香は朝から不貞腐れている。

 桜も龍太朗とは古い馴染みで、まるで似ていない三つ子の長女としても近所で有名な、長身の女子選手である。清香と共に三遊間のコンビを組み、地区大会では長打を連発する打棒を見せていた。彼女の引き締まった肉体はモデル体型にも見えるが、その体躯に秘められたパワーは計り知れぬものである。

 練習では大きく打球を飛ばしてはいたものの、初陣では力みが出すぎてしまった。ソフトボール部のキャプテンを務めた桜の、女子としての飾らない懐の深さが、その日ばかりは見受けられなかった。


「龍太朗」

 届かない吊り革を諦め、足を進行方向の斜めにして踏ん張っている一が、真一文字に口を結ぶキャプテンに声をかける。

「僕らに足りないもの、何だと思う?」

「能力以上のなにか、やな」

 僅かに体を屈め、車窓に流れていく風景を眺める龍太朗の目は、自分の意思でそれを眺めてはいるものの、景色に心を奪われる隙を見せてはいられないような厳しさであった。一の問いに間髪を入れず答えた少年は続ける。

「自覚と覚悟や。自分らが今やれることをどこまで把握してられるかやな」

「現状把握ってこと?」

「その中で足掻くにはどうしたらええんか、考えなあかんと思う、これからは」

 屈ませた体を戻した彼はしかし、目線を落とし、厳しい表情を崩せなかった。

 長いトンネルを高速で抜けてしばらく、田園地帯を抜けて市街地に入り、国道をアンダーパスすれば、市役所のそばにある大きな駅へのアプローチとなる。街中に入ると、線路際の桜並木が早々にやってくるシーズンオフへ向けて、派手なファンサービスとばかりに、自らの花びらを風に散らしている。

 かつて貨物扱いが存在した名残である、線路一本分の中線なかせん跡を除けば、乗降客数は多いとはいえホーム自体は2本しかない。後から特急も控えているため、快速が滑り込んで扉が開くと、乗客の乗り降りもそこそこに、チャイムを鳴らしながら手早く戸を閉め、高級セダンの多気筒エンジンの如き滑らかさでもって、モーターのインバータを響かせて列車がホームを出て行く。

 左手に新庁舎が建設されている市役所を見ながら、7両編成の快速電車は翔聖学園の最寄り駅へ向けて、右へのカーブを加速しながら抜けていく。龍太朗は、今日の部活は何をどう進めていくのだろうかと、列車に揺られながら物思いに耽るのであった。


 龍太朗たちが学校に着くと、校舎に向かうまでの大階段の手前で、隣のクラスに在籍する進一郎の後ろ姿が見えた。龍太朗が「おはようさん」と声をかけたが、その声に振り返った少年は声も出せずに、神妙な顔で手を上げるだけの返事しかしなかった。 

 進一郎は元々、小学4年の3月まで龍太朗たちの小学校に通っていた同級生であったが、新居へ引っ越すために小学校を移ることになる。以来、シニアリーグの龍太朗や透と、中学の野球部に入った彼はなかなか交流をするまでに至らず、翔聖学園への進学を知った両者は驚きと共に喜び合った仲だ。


「ススム、そない気落ちしとるか」

「そりゃそうだよ。ろくに打ててないし、ピッチングもさっぱりだったし。色々言われるのかなぁ、今日は」

 昨日の不甲斐なさを大きなものと捉え、進一郎は不安を先行させていた。

「心配しすぎや。監督も『とにかくまずは自分たちの野球を見せてくれ』言うてたやろ。結果にとやかくは言われんはずや」

 龍太朗は、不安がる少年の左肩を2度軽く叩いて追い抜いていく。駆けながら彼は、頬を撫でる暖かな風に、季節の進み具合を再確認するのであった。



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