エキセントリック若葉さん

彼方ちとせ

第一章 波乱万丈の始まり

1. エキセントリックとは

 この春、俺こと多川稔夫たがわとしおは無事に高校生となった。高校生になったはいいが、高校生という概念が一体いつ、どこで、どのような生活をしているのかということを俺は知る由もない。中学の頃の先輩たちの連絡や友情は見事にとだえ、ゼロからのスタートともいえる。

 だから知る由もないのである。

 そしてこの高校に入った。彩蓮さいれん高校。俺が標的ターゲット、目標としていた新天地。


「続いて、学校長式辞」


 俺が彩蓮高校を選んだ理由として確かな点が少なくとも二つある。

 まず一つ目。前文でも言ったようにゼロからのスタートをここから出発させたかったからである。ここ彩蓮高校はなぜだかは知らないが、中学の頃、共に過ごしていた仲間は誰一人として存在していない。唯一俺のみが彩蓮高校を選んでいたのだ。

 まったく、不思議な話である。ゼロからのスタートを願っていた俺からしてみれば、幸運であったのは間違いないのだが……。


「ええ、新入生のみなさん、そして保護者の皆様、ご入学おめでとうございます。本日は――――」


 そして二つ目。それは……かわいい女の子があまりに余るほどいるからなのさー!! というのは嘘だ。

 俺がこんなキャラでないことくらい誰しもがわかっているであろうに。真剣に答えると、非常に生活しやすい環境にあるからだ。こんなにもか!? というほどに自然があちらこちらにある。無駄にうるさい騒音が出ていることもなく、鳥のさえずりのみが全生徒の耳を癒す。


「我が校は、明朗、剛健、貢献を理想像とし――――」


 ということでそんな彩蓮高校に入学した俺なのだが、いったいどのように高校生としての日常を過ごしていこうかと入学式の最中ずっと考えていた。そもそも高校生の日常というものはなんなんだ? 中学の時に過ごした日常とどう違うのだろうか。

 今の段階でわかるのは中学の時よりもはるかに一年を通じて行事が多いことだけである。

 それ以外の答えは今のところ皆無なのだ。


「最後になりますが、新入生のみなさん。これからの高校生活を――――」


 ん? まてよ? どこかでこんなことを聞いたことがある。様々な高校の生徒の中に時々、いや、まれに一風変わった 『超風変わり人』 という呼び名の生徒がいるというばかばかしい噂を耳にしたことがある。

 ちなみに風変わり、類義語として奇妙という言葉を英訳すると 『エキセントリック』 になる。少し会ってみたいなどと好奇心が出てしまったがそれも一時的なことだった。


 (そんなやつがいたら絶対面倒なことになる!)


 自信満々な発言を心の中で叫んでいる俺がそこにいた。



 そうこう考えているうちに入学式はとっくに終幕していた。俺はこれから共に一年を過ごす人たちに囲まれながら新鮮な教室に身を置いた。

 俺は一目見て感じた。このクラスは平和そうだと。

 一人一人の穏やかで癒されそうな目を目撃した俺は少し安堵の表情を浮かべたであろう。男子とも女子とも仲良くなれそうだ。

 俺たち新入生は一クラス四十人の七クラス構成で成り立っている。俺は一年三組。

 四十人分の自己紹介が終わり、終了のチャイムとともに休み時間に突入した。するとすかさず俺の後ろの席である人物が声をかけてきた。

 

「よう! トッシー」


 何を思って初対面の人、つまり俺に対していきなり渾名あだなで呼んだのだろうか。まあ確かに俺の名前の部分である 『稔夫』 は自分でも何か渋い感じがしていた。だから別にこの渾名でもいいんだけどな。

 そんなことはどうでもいい。

俺は話をつなげた。


「えっと……名前なんだっけ?」

「おいおい、自己紹介くらい耳を傾けてくれよ」

「すまんな」


 無理を言うな。その時は俺なりに考え事を頭の中で整理していてだな。

 まあいい。


「俺は戸田有也とだゆうや。トッシーの席の後ろに健在している戸田有也だ。これからよろしくな!」

「よろしくな、戸田」


 なぜ名前を二回言ったのかは置いといて、高校生になって正真正銘最初の友達となったのが戸田であった。

 コミュ障とは真逆のタイプな相手でよかった、と安心していた俺だったのだが――――


「あー、戸田! もう友達作ったの?」


 男子の声? なのだろうが、まだ声変りが到来していない状態の少し高めの声が聞こえてきた。


「そりゃそうさ! 友達作りってのはきっかけってのが肝心なんだよ」

「あはは、戸田の言いそうなことだね」


 おい待て。きっかけも何もお前が一方的に話しかけてきただけだろ! それとも席がお前の前だっただけのことがきっかけとでも!?


「トッシー、紹介するよ。中学からの仲でいる福井准ふくいじゅんだ」

「よろしく。福井って呼んでよ。この三人が同じクラスになったのも何かの縁だと思ってるん

だ」

「そうか。それはお互い様だ。俺の呼び名はトッシーで統一してくれ」


 戸田が唐突につけた渾名、 『トッシー』 だが俺なりに結構気に入っている。戸田は渾名、つまりニックネームのセンスがあるのではないかと思った俺を誰が責められようか。

 そう、俺だった。

 ただの思い込みであることは確かなのだが……まあいっか。


 不安に思っていた高校生活もまあ何とかなりそうだ。なんせ理由はどうこうあれ初日に二人だが複数人の仲間ができたのは俺としては心強い。

 とりあえず、俺からすればなかなかのスタートを切ったはずなのだが二人だけで満足するようないわば根暗な人間とは生きていきたくない。

 これからなのだ。高校生活は始まったばかり。ともに信頼し、協力し合える仲間をみつけ、有意義な生活を送ろうではないか。

 そうでないとここに来た意味がないからな……。


 などと考え込んでいると入学式本番月の初日が終了した。思ったよりも印象が良く、気分よく生活していけそうだ。

 チャイムと同時にまた後ろの席の主である戸田が声をかけてきた。


「トッシー! 一緒に帰らねえか?」


 気持ちは嬉しいのだが、


「すまん、ちょっと見学する」

「どこをだよ」

「ここに決まってるだろ」


 返事とともに目から申し訳ない光線を放った。

 戸田は察しが早かったのか、


「分かった。そのかわり明日からよろしくな」


 俺はこくりとうなずいた。その瞬間、戸田は早々と教室を後にし、それと同時に俺も教室を後にした。

 いい友達を持ったな。俺も……。



 なぜここを見学しようと思ったのか。見学なんて休憩時間の少しの間でも余裕でできたはずなのに、と俺は思う。行動と発言は真逆なのにだ。矛盾している理由は俺自身もわからない。なんつーか、無意識に見学したくなったのだ。身も知らぬ他人に誘導されているかのように。

 校舎の見学を目的に漂っていると、人の気配が全くない南館を歩いていた。こんなところまで来たのか……と淡々とした姿勢でいると――――

 

 人影か?


 確かに人影だ。ちょうどあれはコンピューター室前だ。窓際に寄り添っている人影を俺は見た。俺と一緒で見学か何かか? と帰宅中のはずの生徒がいることに疑問視していた俺だったが、違うか、とすぐ自己否定した。

 曲がり角に身をひそめながら目を凝らした。すると人影たる人物の残像がうすうす明らかになってきた。

 二年生だ。俺が入学した彩蓮高校の制服はブレザー仕様である。ネクタイがあるのだがその色に応じて学年を区別できるようになっている。

 俺が属している一年は赤、二年は緑、三年は黄となっている。その人物のネクタイは緑。

 もう少しよく見ると長い髪をたなびかせていた。女子であった。二年生で女子。これっぽっちの情報のみを把握した形で見つめていた。

 すると、目の前で信じられないようなものを目撃した。その光景はついさっきまで思い込んでいた日常という言葉をかっさらっていった。


「手から火を出している……」


 思わず声に出てしまった。そう、その女子は自身の手のひらから約十センチほどの炎を放っていたのだ。俺は思わず目をこすって二度見した。確かに出ている。俺の想像していた高校生活が崩れていく瞬間でもあった。よく見るとその女子の顔は、炎一点をみつめ、ほっこりとした表情を浮かべていた。すると、その表情は険しい顔に変わり、こちらを見つめた。

 完璧に目が合ってしまった。


「やばっ!」


 見てはいけないものを見てしまった、という気分になり思わずその場から俺は離れた。俺は次第に加速し、追ってこれないだろうというところまで逃げてきた。 

 目が合ってしまった以上、しょうがないかと思いながら安堵の表情を浮かべた――――のもつかの間、


「へ?」


 その時俺の心拍数は最大限に達した。なぜかって? 追いつけないだろうと思った刹那、目の前に炎の女子が息ひとつきらせずに立ち尽くしているからだ。不満そうな顔が俺をにらみつけてくる。身の危険を察知した俺は何か行動をとらないと、とまでは思ったが体が動かない。まるで金縛りのように固く、声も出ない。


 やられる――――


 そう感じるとその炎をあぶりだしていた女子が接近してくる。くそっ! さっきまでの気分はなんだったんだよ。せっかく高校生活のいいスタートを切ったかと思ったのに……。

 後悔し放題だった。その時は……。

 戸田と帰っておけばよかったと思った。その時は……。

 もう少し楽しい気分を味わっていたかったと後悔した。その時は……。

 その問いかけを聞くまでは。


「きみ、この炎に興味があるのね!?」


 光り輝くまなざしがこちらに呼応した。


「は!?」


これが二年生、若葉梢わかばこずえとの出会いであった。


 

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